PandoraPartyProject

SS詳細

どうか、叱らないで

登場人物一覧

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
セレナ・夜月(p3p010688)
夜守の魔女

 ――一晩で良いから、一緒に寝て欲しいの。

 あなたは少しだけ驚いたような顔をして、それから困ったようにはにかむのだ。いつだって、本心を見せない、わたしのことを受け入れた振りをしているのだ。
「セレナ」と呼んだその人は「それじゃあ、今日は部屋に来ますか?」と言うのだ。当たり前の様に誘ってくれるのは、だからだ。
 妹という立場に甘んじていたのはわたしを受け入れてくれるあなたに甘えているからだ。それでも、これが最後になるかもしれない。
 甘えていられることだって今のうち。世界は終わりを迎えようとしている。目を閉じればひたひたと、足音が聞こえる。夜は、簡単に崩れ去るから。
「良いの?」
「ええ。勿論。夕飯は?」
「……一緒に作ろう」
「そうしましょう」
 あなたは「買い出しをしなくちゃ」とそう言った。一緒に買い物をすることも楽しみだったけれど、そればっかりでは時間が勿体なくて。
 お使いくらいなら出来る事を誇らしげに告げれば「ならお任せしましょう」とあなたは言うのだ。これでいい、これが姉妹なのだから。
 買い物袋には幾つかの野菜を入れて、ローレットにマリエッタが借り受けた一室に向かう事にした。家とは言うけれど、ほぼ簡易宿泊施設のような扱いだ。
 ローレットにはよく訪れるから、迷うこともない。ただ、仕事の一環のようにその中を進んで、ノックする。
「はい」と顔を出したあなたが何時も通りで、嬉しくなるのだ。わたしにとって、これが日常であればと考えてしまうのは少しだけの狡い心。
 食事を作るのだって慣れているあなたを支える事がわたしの仕事だったから、うっかりするあなたに「マリエッタってば、うっかりやさん」と揶揄って笑う。
 ぱちくりと瞬いて「ありがとう」と笑う顔が大好きだった。気恥ずかしそうなはにかむ笑顔は随分とあなたらしいものだと思えるようになった。
 ――思えば、あなたは随分と変わってしまったから。わたしから見たは『わるいまじょ』らしくなった。
 初めて会ったときの、穏やかさなんて鳴りを潜めて魔女の精神性によく似たのだろうなと思っている。悪辣で、悪意を手繰り寄せる魔女。それがあなたの殻だから。
(けど、あなたはそれでも善意に溢れてる。姉妹として甘えれば、こうやって私を家に招き入れてくれる。そこは変わることがないのだから、あなたはあなただって思える)
 わたしがおねだりをすれば、あなたは当たり前の様な日常を過ごしてくれる。一緒に食事を作ることも、一緒に食事を食べることも、一般的な姉妹らしい事なら喜んでしてくれる。
 本当の姉妹では無いから、こうして繋がりを求めるわたしのことを『困った子』なんて笑いながら、あなたは否定する事も拒絶することもしないのだ。
(うれしい、けれど――)
 酷く、心がざわついてしまう。あなたの妹である事が、あなたの傍に居ることが、出来なくなってしまうのではないかと、臆病になってしまうから。
「セレナ?」
「あ、ううん。お風呂の時間だっけ」
「ええ。入って来て下さい。私は皿を片付けておきますから」
 マリエッタが席を立った背中を見送って、湯に浸かって考えた。だって、これが家族の在り方だというならどれ程に良いだろう。
 家族は羨ましい。繋がりがある。血の繋がりは、失われない鎖のようなもので――決して消えないものとなる。
(わたしも、ほしいなあ)
 ゆっくりと湯を浴びてから部屋に戻ればマリエッタが待っていた。交代交代ので風呂を終えて、肌の手入れを教えて欲しいとお強請りすれば彼女は教えてくれるのだ。
 魔女は如何しているの、と問えば魔女は当たり前の様に「生気を吸えば良いのよ」なんて何処か揶揄うような響きで言うのだ。
 ほら、彼女とだって一緒に過ごしていける。何も変わらないで生きていける。髪を乾かしてくれるマリエッタの手が心地良い。
「セレナ、眠ってはダメですよ」
「だって、マリエッタが髪を乾かしてくれるのが心地良いんだもの」
「……ふふ、でもだめ。ここはベッドではないから」
「はあい」
 ああ、それでも眠たい。此の儘眠ってしまえたならばどれ程に良いだろう――マリエッタの指先は優しくて、きっと幸せな気分のままで眠れるから。
 舟を漕いだ、瞬間に頭に勢い良くタオルが被さった。視界が覆い隠されて「わあ」と声を上げれば彼女は楽しそうに笑うのだ。
「もう、マリエッタ!」
「ほら、眠らない」
「だ、だって……気持ちいいんだもの。優しくって、髪を梳いて貰うとうとうとしちゃうじゃない」
「さあ、どうなんでしょう」
「じゃ、じゃあ、マリエッタにもするわ。座って?」
 マリエッタは「はいはい」と肩を竦めてから座ってくれた。けれど、あなたって、全然眠ってくれそうにないのだもの。
 少し狡い。あなたに安心感を覚えているのがわたしだけのような気がしてしまう。わたしの事をもっと頼って、安心できる『場所』にしてくれたっていいのに。
「セレナ、手が止まっていますよ」
「だって、マリエッタの髪、ちゃんと乾いているもの」
「乾かしてきましたから」
「……もう」
 マリエッタが立ち上がってから「ほら、こっちに」と呼んでくれた。そう、だって、今日は一緒に眠るのだから。
 ふかふかとしたベッドに腰掛けて、マリエッタは「奥側?」と聞いてくれた。「寝相はそんなに悪くないと思うけど」と零したら「どうでしょう」と意地悪に言う。
 あなたは知っているだろうに。わたしは「悪くないわよ」とついつい声を弾ませるのだ。可笑しそうに笑う顔が好きだけれど、いじわるばかりでは拗ねてしまうのだから。
「ねえ、マリエッタ。ありがとう?」
「いいえ。妹の我儘を聞いてこそですから」
 布団に潜り込んでから、背中を向けたマリエッタをじっと見た。わたしの視線の先にはコロンと転がったあなたしか居ないのだけれど、あなたは何を見ているのだろう。
 ベッドサイドのランタンが炎をゆらゆらとさせて影を作っている。その灯りは心地良くって、眠れと言って居るようで。
 こんなにも閑かな夜なのに、わたしの心だけがざわざわとしていた。
「マリエッタは変わらないね」
「……そうですか?」
「そうだよ。わたしにとって、マリエッタはいつまでもマリエッタなんだよ」
「変な子」
 肩を竦めるマリエッタは「でも、セレナも変わりませんよ。最初からずっと、セレナはセレナでした」とそう言ってから此方を向いた。
 あなたの眸の優しい色彩が好き。その眸にわたしが映っていることが嬉しくて。
 けれど、ひたひたと。終わりが迫ってきているの。息をするたびに、鼓動を叩く度に、分かって仕舞う。もうすぐ終わりがやってくる。夜は全てを奪い去ってしまうから。

 ああ――マリエッタ。
 どうか、どうか、叱らないでね。
「マリエッタ」
「はい」
 繋がりが欲しいの。別れが恐いの。あなたの傍に居たいの。わたしとあなたは他人だけれど、だからこそ、互いに断てない繋がりを頂戴。
 証明する何かを頂戴。そのやりかたを、あなたは知っているでしょう。あなたは、持っているでしょう――?」
「マリエッタ。血を交わして欲しい」
「――……何を言って居るのか、分かって居るのですか」
「分かってる。我儘でごめんね」
 叱らないで、マリエッタ。その表情で少しは分かるのよ。あなたにとってこれはきっと酷く恐ろしい事で、酷く厭うべき事なのだと分かって居る。
 あなたの心の柔らかい所を私は土足で踏み荒らして、蔑ろにしているのかも知れない。それでも、どうしようもないのだ。
「わたしとマリエッタに確かな繋がりが欲しいの」
「それ以外では?」
「だめ」
「……そうですか」
 ほら、やっぱり。優しいあなたは妹に弱いのだ。駄目なんて言わないでしょう。嫌だとも言わないでしょう。少しだけ、ほんの少しだけ顔色が変わって、それだけで分かるの。
 あなたは優しいから、妹を大切にしてくれるから、わがままを叶えてくれるのだ。
「手を出して下さい」
 ゆっくりと伸ばされる。掌にぴりりと痛みが走った。マリエッタの魔力が小さな傷を作ったのだと気付いた時、掌が重なった。
 マリエッタの掌の傷と、わたしの傷。その二つが重なり合って、ぴったりと離れない。
 血と、命と、魔力がゆっくりと混ざっていく。光を帯びたあなたの瞳は綺麗で、目が離せない。


「大丈夫ですか」
「うん、大丈夫」
「無理はしないように」
「……ありがとう」
 こういう時まで、あなたはお姉ちゃんなのだ。魔力が交わり、光を帯びていく。あなたの血潮がこの肉体に流れ込む。
 きっと、これが消えない証になるのだ。ずるずると体の中を這いずるような感覚が、愛おしい。
 どうか、どうか、叱らないでねマリエッタ。嫌わないでね、マリエッタ。
 この証だけでわたしは強くなっていけると思うから。
「おしまい」
 そう囁く声にゆっくりと顔を上げれば、あなたは困ったように笑っていた。
「疲れたでしょう、もう寝なさい」
 掌が離されて、そのまま頭を撫でる。眠ってしまえなんて、小さな子供に言い聞かせるようなその仕草がこそばゆい。
 駄目なの、マリエッタ。あなたにとって安心できるわたしでありたいから。あなたと今は離れたくはないの。
「……ねえ、手を握っていて?」
 抱き締めて、なんて言えやしなかった。あなただって、きっと分かって居るでしょう。
 けれど――いいの。
 あなたと一緒に眠る幸せが此処にある。ただ、それだけで生きていける気までしてしまうのだ。
 ゆっくりと手が握り締められた。あなたの体温が、わたしの直ぐ傍にある。
「また明日ね、マリエッタ」
「ええ、おやすみなさい。また、明日」

 ――小さな寝息を聞きながら、マリエッタは嘆息した。
 セレナ、可愛い妹。貴女の眠る顔を見て私はその温もりだけの傍に居る。
 そうでなくては、この約束が愛しさを歪んだものに変えてしまいそうだから。どうか、貴女だけは幸せに眠っていて。


PAGETOPPAGEBOTTOM