PandoraPartyProject

SS詳細

今だけは

登場人物一覧

アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀
ジェラルド・ヴォルタ(p3p010356)
戦乙女の守護者

「ジェラルドさんお誕生日おめでとう!」
 パンパンとクラッカーが鳴らされ、アルエットの声がカフェの店内に響き渡る。
 他の客が何事かと首を傾げ、テーブルの上に置かれたケーキにお祝いなのだと納得した。
 微笑ましい二人を見守ったあと、客は自分達の談笑へ戻る。
「お、おう。ありがとう」
 頬を掻きながらジェラルドはアルエットに返した。
 他の客からの温かい視線は何だか落ち着かない。恥ずかしいといってもいい。
 けれど、目の前のアルエットは楽しげで。其れだけで、他のことはどうでもよくなってくる。
 何時だかのクリスマスは怯えられ、距離を取られたように見えたけれど。
 その頃よりはアルエットの心も変化しているのかもしれない。
 自分に恋愛感情を向けてくれているとは思わないけれど、友達としてはみてくれているようだ。

 恋を自覚して分かった事がある。
 アルエットは、彼女の親友をとても大切にしているということ。
 自分がアルエットに向ける恋愛感情に近いものを親友に向けているのかもしれない。
 本人から聞いたわけではないが、いつも一緒にくっついているのは見ていて分かる。
 然りとて、この恋の行方はまだ決まっているわけではないと自分を奮い立たせる。
 そもそもジェラルドには女同士の恋愛感情がよく分からない。
 自分がそれを知覚できるわけではないし、分からないものは分からないのだ。
 かといってそれを否定するというわけではない。人に恋をする気持ちはきっと同じだろうから。
 アルエットの気持ちが自分に向いていないなど元から分かっている。
 だから、ジェラルドの行動は今まで通りであるのだ。

 それに。こうして、誕生日を祝ってくれるぐらいにはアルエットの中では特別な存在であるのだろう。
「本当に嬉しいぜ」
「ふふ、ジェラルドさんが喜んでくれると私も嬉しいのよ」
 緑色の瞳を細め、本当に嬉しそうに笑うから。勘違いしてしまいそうになるのだ。
 アルエットも自分の事を恋愛的に想ってくれているのではないかと。
 手首にキスしようとすれば、顔を赤く染めて戸惑ったような表情を見せる。
 誕生日はこうして楽しそうに祝ってくれる。
 端から見れば恋する男女のそれなのに――恋とはこうも難しいものなのか。

「どうしたの? ジェラルドさん?」
 ジェラルドの不安を察知したアルエットは眉を下げて心配そうに見つめる。
 自分の恋する気持ちの行き先、その不安をアルエットに打つけるのは違うとジェラルドは首を振った。
「いや、何でもない」
「そう? ケーキ好きじゃなかったのかなって心配になちゃった」
「大丈夫だ。そういう訳じゃ無い」
 蝋燭のついたケーキを見つめ、ふぅと息を吹きかける。
 二本の蝋燭の火は掻き消えて、僅かに白い煙を揺らし霧散した。
 アルエットは蝋燭を取り外しケーキナイフで四つに切り分ける。直径の小さいものだから一つずつの大きさは掌に載るぐらいのサイズになった。
「ふふ、何だか可愛いサイズね。ジェラルドさんは三つ食べる?」
「そんなに食えねえよ。半分ずつでいい」
 二つずつ取り分けたお皿をジェラルドに手渡すアルエット。
 金色のデザートフォークでクリームとスポンジを一掬いして口に含む。
 すぐに解けて行くクリームの甘さの奥に、しっとりとしたスポンジの柔らかさが口の中に広がった。
 柔らかいスポンジを噛めば、練り込まれたアールグレイの味が染み出す。
「わわ、とっても美味しいの!」
 甘い生クリームとアールグレイの風味が合わさり、華やかな味わいのケーキだった。
 嬉しそうに微笑むアルエットを見つめていたジェラルドも、一口ケーキを食べる。
「ん、上手いな。アルエットの言った通りだ」
 思ったよりもケーキが美味しくて、二つともぺろりと平らげてしまった。

 ケーキを食べ終えた二人は店を出て幻想の街を歩く。
 ルミネル広場から伸びるラドクリフ通りは広くていつも賑やかだった。
「わぁ! 見て見てジェラルドさん! 可愛い子猫がいるわ」
「おお、本当だな」
 店先の看板猫の傍でじゃれ合う子猫へ駆け寄るアルエット。
 看板猫は慣れたもので、無邪気なアルエットにうちの子は可愛いだろうと「にゃーお」と鳴いてみせる。
「触らせてもらってもいいかな?」
「にゃーお」
 まるで返事をするみたいに鳴いた猫にアルエットは目を細めた。
 ゆっくりと怖がらせないように指先を子猫へ近づけるアルエット。
 ふわふわの毛が指先を擽る。子猫は何にでも興味を示す月齢なのだろう。
 アルエットの指先が身体の上を駆け巡るのを擽ったそうに身を捩った。
「ふふ、可愛いの。ほら、ジェラルドさんも触ってみて?」
「俺だと怖がられねーか? 母猫すごい警戒してるように見えるんだが」
 母猫とジェラルドを交互に見遣るアルエット。
 確かに母猫をじっと見つめるジェラルドは怖いのかもしれない。
「ジェラルドさんしゃがんで、しゃがんで! ほら、もうちょっとこっち!」
 アルエットに引っ張られて子猫たちの前にしゃがみこむジェラルド。
 出来るだけ身体を低くして警戒されないように指先を子猫へと近づける。
 子猫は不思議そうな顔でジェラルドの指先をかぷりと噛んだ。
「え、普通に痛いけど」
「子猫の歯って鋭いのよね。爪もすごく細いの」
 よく見ればアルエットの指先もぼろぼろである。けれど、少女の横顔はどこか楽しそうで。
 考えてみればアルエットはノルダインの戦士の元でそだった戦乙女である。
 子猫のじゃれ合いの痛みなど、可愛さを加速させるものという認識なのかもしれない。
「でも、可愛いでしょう? ジェラルドさんもそう思わない?」
 子猫を抱き上げてにっこりと微笑んだアルエットの笑顔が可愛くてジェラルドは頷くしか出来なかった。
 ジェラルドとて覇竜の村で育ったのだ。荒事は日常茶飯事で、子猫の爪ぐらいどうということはない。
「あ、痛い。ちょっと痛い」
「ふふ、大丈夫よジェラルドさん! あとで回復してあげるの!」
 こういう所は意外と大らかなのだと、ジェラルドは改めて思う。
 繊細でか弱いイメージのアルエットは、もしかしたらジェラルドの理想なのかもしれない。
 守ってあげなければならないお姫様。それをアルエットに見ている自分がいるのではないか。
 自分が格好よくありたいと願うばかりに、少女に『儚さ』を押しつけているのではないか。
 そんな悪い考えが頭を過る。
「ジェラルドさん、そんなに痛かった? 大丈夫?」
 指を噛まれながら微動だにしないジェラルドを心配そうに見つめるアルエット。
 誕生日だというのに、難しいことばかりを考えてしまう。
 これではアルエットに心配を掛けさせるばかりだ。
 ジェラルドは首を横に振ってアルエットに微笑みかける。
「大丈夫。痛いけど。子猫は可愛いし、アンタの笑顔も見れるしな。誕生日としては最高なんじゃねーか」
「ふふ、ジェラルドさんが喜んでくれると私も嬉しいわ!」
 子猫を撫で回したあと、母猫に手を振って通りに戻る二人。

 まだオレンジ色にはならないけれど、陽は少し傾きかけている。
「今日はありがとな。楽しかったぜ」
「どういたしまして! 来年もお祝いしましょうね!」
 飾らない言葉、柔らかな笑顔。
 きっとそんなアルエットだからこそジェラルドは恋をした。
 叶う事の無い恋と、諦め切れないから。もう少し傍に居たいと願うのだ。


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