PandoraPartyProject

SS詳細

輝きをひとつ

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘

 二月二日。依頼の帰りに街を歩いていると、ひと際通りすがりの人の視線を集めている店があった。皆興味深そうにのぞき込みはするが、その中に入るわけではない。ただ関心を持つだけである。何がそこまで人の興味を引き立て、失わせていくのだろうかと気になってランドウェラが店を覗き込むと、テラスに見覚えのある銀髪がいた。
 見覚えがあると言っても、知り合いではない。初対面である。ただ、「何となく知っている」と思う相手であれば大抵はイレギュラーズだ。話しかけても良いだろうかと思ったとき、ちょうど青年が顔を上げた。彼もこちらと同じことを考えているようで、紅と蒼のオッドアイがしばらく迷うように揺らいで、それからこちらに向かって微笑んだ。

「えっと、イレギュラーズの人、で合ってるよね」
「うん。僕はランドウェラ=ロード=ロウス。好きに呼んでおくれ」
「じゃあランドウェラで。僕はアレン、よろしくね」

 同席して良いかと尋ねると、アレンは快諾してくれた。四人席の斜め向かいに座ると、彼は側のメニュー表を差し出してくる。

「サンドイッチが美味しいらしい」
「らしい? まだ食べてないんだね」
「まだ何も注文していないんだ。決められなくて」

 随分きれいな容姿の青年だと思う。だけどその「きれい」は氷を削って作ったような美しさだ。整ってはいるが、どこか冷たく怖い。だけど彼が優しい表情を浮かべようとしていることが伝わるから、側にいたらきっと楽しいことが起こるのだろうと、何となく思う。

「今日これからどこかに行くの?」
「美容室。髪切ろうと思って」

 アレンが自身の長髪を指でつまむ。縛っていた痕の残る髪は今日は降ろされていて、彼が梳けばその通りに動いた。

「長いと手入れ大変だもんね」
「君も長いよね」
「うん。でも僕は切っちゃう予定はないなぁ、長いとさ、アレンジしたりされたりで楽しいし」

 貴族らしい格好のために結ばずにきた髪だが、研究者の恰好をするときは結い上げるのだと伝えると、アレンは懐かしそうに目を細めた。それから色の違う双眸が静かに潤んでいって、水滴をそこに貯めていく。

「どうしたの? 僕変なこと言った? こんぺいとう食べる? キラキラもあるぞ」

 慌てて金平糖とビー玉を差し出すと、アレンは「ごめん」と言って微笑んだ。赤色の瞳から、一粒の硝子が零れ落ちる。

「ああ、その。ねえさ……、いや。大切な人とお別れしたんだ」

 その人に髪を結ってもらったことがあるんだよ。アレンはそう言って、再び銀色の髪を摘まむ。

「大切にされていたんだね」
「うん。愛されていた」

 アレンは淀みなく答えた。

「それって素敵なことだと思う。だって愛されたから大切にしていたんだろう」
「そうだね。僕が大切にしてもらいたいと願って、叶えてくれたから。だから僕は好きになったのかもしれない」
「give and takeってやつ? あれ、これだと愛じゃなくなる?」

 悩むランドウェラに、アレンはくすくすと笑ってくれた。

「愛って献身の約束か報酬みたいなものだし。ギブアンドテイクも間違ってはないよ」

 難しいことを言う人だ。そう思いはしたが、「紅茶くらい奢るよ」というアレンの声に、ぼんやりとした考えが弾ける。

「それじゃお言葉に甘えて」
「あとはケーキにしようかな」
「アレン、お昼ご飯ケーキにしちゃうの?」
「実はこれ朝ご飯」
「食べようよ、サンドイッチ」

 アレンは渋っていたが「身体がもたないよ」というと、ケーキを諦めてサンドイッチを注文していた。ケーキは美容室の帰りに買うことにしたようだ。
 しばらくして、ホットサンドと紅茶が二人分運ばれてくる。

 紅茶に入れようと取り出した琥珀糖に、アレンがほんの少し表情輝かせる。氷のような冷たさに、ほんの少し柔らかさが滲む。

「綺麗だね」
「折角だし琥珀糖入れてみる? 紅茶に」
「ん。じゃあお言葉に甘えて」

 ことん、からん。カップに琥珀糖が落とされる。表面が溶けだして、紅茶に穏やかな線を描くのを、彼はじっと見つめていた。

「透明なグラスにしてもらえば良かったかも」

 笑いながら、アレンは紅茶に口をつける。すると赤薔薇がそこに一輪咲いて、机にふわりと落ちた。

「ギフト?」
「そう。何となく披露したくなった」

 もう一度カップに口をつけると、今度は青薔薇が花開く。赤と青のそれは重なり合うように机の上で咲いていて、ランドウェラはそれをまじまじと見つめた。

「アレンの瞳と同じ色だ。ここに自分がいるって証明しているみたいでいいね。素敵だ」

 そうランドウェラが呟くと、彼は少しの間驚いたように目を見開いていた。それから再び泣き出しそうな表情で笑って、「ありがとう」と呟いた。
 ランドウェラの言葉が彼にとってどれほど価値があったのかは分からない。だけど何か響いたものがあったのだと分かるから、こうして素直に伝えられたことや、同席できたことを嬉しく思った。

おまけSS『初めての出会いに』

 食事も紅茶も終わり、店を出る。先ほどもテラスにいたはずなのに、立ち上がってみると空の青さが違うような気がして、アレンは目を細めた。

「今日君と話せて良かった」

 リリア――双子の姉――が幻覚だったと理解してから、まださほど時間は経っていない。あのやりとりをしたのは今日の日付が変わった頃だったはずだから、ちょうど半日くらいだろうか。
 いくらリリアが背中を押してくれたとはいえ、最愛の人との別れだ。そう明るくはいられない。家に籠っていれば寂しさや悲しさに負けてしまうと思って、美容室に行く前にカフェに寄ってみたのだが、イレギュラーズの仲間とお茶することになるとは思っていなかった。

 リリアは幻ではあったけれど、リリアと共に過ごしたことも、愛を与えられたことも、自分の中では全て本当のことだったのだ。ギフトだってアレンとリリアの瞳の色と同じ。ただの幻ではなかったのだ。ランドウェラと話しているうちに、そう確信することができた。

「ありがとうね。また話そう」
「これから美容室だよね。気に入る髪型になるといいね」
「多分、どうなっても気に入ると思う」

 それじゃあ、またね。ランドウェラと手を振り合って、美容室に向かって歩いていく。

 僕は真っすぐに生きていけそうだよ。まだ時間はかかるけれど、きっといつか、姉さんの望み通りに。

 呟く言葉に返す人はいないけれど、届いているような気がして、少しの寂しさと愛おしさが胸を満たした。


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