甘いのは誰？

登場人物一覧

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「メイメイ様は練達の地理はお詳しかったりしますの？」
　ある日、いつものようにアラーイス・アル・ニール（p3n000321）の店で店主自らが淹れてくれた温かなチャイを口にしていると、そう首を傾げられた。
「練達です、か？」
　メイメイ・ルー（p3p004460）は眼前の彼女と同じ方向へ首を傾げて考えた。幾度も足を運んでいるから、割とそうかもしれない（自身の名声も二番目に高い）。
「はい、それなりに。……アラーイスさま、練達にご用事が？」
「ええ、商談がありますの」
　気になったことを問えばすぐに答えが返ってきて、メイメイは成る程と得心した。アラーイスはイレギュラーズではない（ヴァンピーアだ）。そのため空中庭園を経由して各国のローレットへのポータルを開くことが叶わない。イレギュラーズ以外はどうしたって移動に時間を要してしまうから、今日だってラサへとメイメイが足を運んでいるし、アラーイスが他国に行くことは滅多とない。
（つ、つまりこれは……）
　柔らかな毛に覆われた耳がピルルと思わず震えた。
　瞳を伏した落ち着いた表情で湯気の立つカップに花唇を落とすアラーイスの顔を凝視する。
　――これは、異国デートのお誘いでは！？
「メイメイ様、どうされました？」
「め、めぇ。何でも、ありません……」
「……？　それで、ですね、メイメイ様」
「はいっ」
「もし、その、日程が合いましたら」
「はいっ」
「……ふふ。メイメイ様はわたくしの気持ちを察するのに長けておりますので、もう言いたいことは伝わっているようですわね？」
「み、身を乗り出しすぎてしまいました、ね」
　恥ずかしくて耳は忙しなく動いてしまうし、頬に熱も集ってしまう。けれどもくすくすと楽しげに咲う友人の表情は満ち足りたもので、メイメイの心もふわりと花弁のように軽くなる。
「メイメイ様、わたくしのエスコートをお願いできますか？」
　甘そうな蜂蜜色を蕩かせるように微笑むアラーイスへ、メイメイは大きく頷いた。
　勿論！　全力で！　エスコートします！　お任せ下さい！

　……とは言ったものの。
「めぇ……」
　これは重大任務な気がしてきたメイメイは練達で仕入れてきた雑誌を幾つも広げて悩んでいた。
　アラーイスが好みそうなものは、解る。それくらいの時をともにしてきたから。
　でも、それはラサでのことだ。
「アラーイスさま、わたし、がんばります……！」
　沢山の雑誌に付箋をつけ、メイメイは来る日に備えて情報集めに勤しんだのだった。

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「アラーイスさま、どれにしましょう？」
　メイメイは見やすいようにとテーブルの上にメニューを広げた。そうですわねと小さく呟きながら覗き込んだアラーイスはすぐに心を決めたようだったから、メイメイは店員を呼び寄せた。
「こちらに記載されているチョコレートのお菓子を全部いただけます？」
「ぜっ！？」
　ひとつかふたつ選ぶと思っていたメイメイは驚いた。だがアラーイスはそんなメイメイに微笑む。
「美味しい菓子を食むメイメイ様のお顔を拝見したいのですもの」
「ですが」
「……もしかしてメイメイ様は、エスコートのお礼をわたくしにさせてくださらないの？」
　瞳をうるませ、見上げられる。正直メイメイはこの表情に弱い。
　それに今日は、先刻エスコート先のおすすめショップで一緒に選びあった『練達ファッション』をしているのもまたメイメイの胸を騒がせる。可愛らしく少女らしい姿のアラーイスの姿は、髪の結び方から全部メイメイセレクトなのだ。
「が、がんばります……っ」
「分けて食べればすぐになくなりますわ」
　ああ今日も押し切られてしまった。
　けれどもにっこりと微笑むその姿はとても嬉しそうで、メイメイも眉が下がる。この店を選んで正解だった。

「美味ですわね、メイメイ様」
　眼前にずらりと並ぶスイーツたちはどれもチョコレート色。早速一口食べて頬に手をあてたアラーイスの瞳は輝いていて、「ラサのお菓子とはまた違いますわ」なんて興味深げにスイーツチェックに忙しい。
「アラーイスさま、こちらもおいしいですよ。どうぞ」
　一見ドーム型のムース。けれど中身は甘いチョコシロップと酸味のあるクランベリーソースをたっぷり吸い込んだスポンジと、ベリージャム。一口口にして美味しさにぴぴぴと耳を震わせたメイメイはすぐにアラーイスへと勧める。この味は彼女が好むという確信があった。早くこの美味しさを共有したい！
「あーん」
　差し出されたスプーンへアラーイスが素直に開口し、メイメイと美味しさを共有する。

「ん！」
　思わず口元を押さえたアラーイスの瞳は星が散るようにキラキラと輝いて、メイメイは何故だか誇らしげな気持ちとなった。作ったのはメイメイではないし、全部くださいをしたからメニューから選んだわけでもない。けれどもこの眼前に並ぶ黒い宝石のようなスイーツの中からアラーイスが好みそうな味を見つけ出した事が誇らしい。
「つ、次はわたくしがメイメイ様の大好きを見つけてみせますわ」
　逆にアラーイスは少しだけ悔しそうで、メイメイは幸せそうに「はい」と小さく笑った。

　アラーイスが言った通り、ふたりで分ければあんなに沢山あったスイーツはふたりのお腹の中に消えていく。時間は沢山あるからと楽しく話を弾ませて、チョコレートに合う紅茶で味覚のリセットをしたら――ほら、もう、綺麗さっぱりと。
「メイメイ様」
「はい、アラーイスさま」
　食後の紅茶を口にしながら、ホッと息つく穏やかな時間。
「また……エスコートしてくださいますか？」
　少し言いよどむのは、メイメイがとても悩んでいたであろうことを感じているからだろう。
　けれどその悩みはメイメイにとって楽しい悩みであり、気兼ねしてほしいものではない。
「勿論です、アラーイスさま」
　お約束しますと小指を差し出す。だが、すぐに小指は絡められない。どうやらまだ他にもアラーイスには気がかりがある様子で、ジッと見上げてくる。
「わたくし、行きたい場所が沢山ありますの。……それでも？」
　太陽を克服したアラーイスは時間さえかければ何処へでも行ける。世界一周旅行だって出来てしまうのだ。
　アラーイスにとって世界は広く、珍しい。けれどメイメイ（イレギュラーズ）にとっては各国の首都に行くくらいはどうということもないこと。そんな場所に付き合わせるだなんてという気持ちと、付き合わせてしまうことを申し訳ないと思う気持ちをアラーイスは持ち合わせている。
（アラーイスさまは……）
　故郷を出た頃のメイメイに近いのだろう。彼女はホーム（ラサ）のことはよく知っているが、他の国ではただの少女なのだ。
「アラーイスさまの行きたい場所でしたら、どこへでもご一緒します、よ」
　絡められない指。
　だからもう少し手を伸ばしてアラーイスの指を迎えに行く。
　そっと絡めて「ね？」と微笑めば、一瞬だけ瞳孔が開いた瞳がいつものように甘く蕩けた。
「メイメイ様はわたくしのことが好き、ですものね」
「はい。大好きです」
　すぐに返される真っ直ぐな言葉と、眩しい笑顔。
　――あの日、アラーイスはふたつの『太陽』を得た。調香師の彼から齎された克服と、そして眼前の明るい笑顔。今この時にそのことへ気がついたアラーイスは小さく息を飲んだ。
「……わたくしも、大好きですわ」
　ああ、愛おしい。指先に力を籠め、微笑む。
　未来への小さな約束を幾つも重ね、ともに歩いていける日々が愛おしいのだ。