PandoraPartyProject

SS詳細

微睡むアメトリン

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

「此処に来たという事は、君の杖のことかな」
 椅子に深く腰掛けていたのは『イルドゼギア』と呼ばれていた青年だった。眼鏡を掛け、資料を眺めている彼はアトリエ・コンフィーで作業を行なっているらしい。
 現在はロックと名乗った彼はアトリエ・コンフィーを拠点としながらプーレルジールの人々との交流を続けて居るらしい。ギャルリ・ド・プリエの創始者としての日々を送っている。
 そんな彼にニルは聞きたいことがあったのだ。それは、プーレルジールを窮地より救った際に、ロックに問うた事である。

 ――この杖の宝石は、ニルとおんなじ秘宝種のコアなのだそうです。
   どこの誰のものか、ニルはわからなくて、でも、いつもニルに力を貸してくれる杖、ニルのだいじなもの……。

 解析をしてみると告げたロックはニルに座るようにと促してから「結論から言えば、これは君の姉だろう」と静かに告げた。
「あ、姉……それは、ニルの家族、ですか」
「そうだ。聞き覚えはあるかな。名前はミラベル」
 ロックの言葉にニルはぱちぱちと幾度も瞬いてから首を捻った。姉が居るとは聞いた事が無いような気がする。ミニミスの事は知っている。
『彼』はニルの家族だ。けれど、ミラベル。杖の名前。それが誰であるかは分からない。遠い記憶に存在するのだろうか。けれど、『今の記憶』に彼女は居ない。
「……おねえちゃん、と呼ぶと良いだろうね」
「おねえちゃん」
「そう。このコアはニル、君を大切に思う姉の力を借り受けているのだろう。だからこそ、君によく馴染むのだろう」
 ロックは何があってそうなったのかは分からないと告げる。ただ、現状のコアの様子を見る限りにはしっかりとした管理を為されていたのだろうと考えた。
 秘宝種のコアともなれば、それは命だ。ミラベルはこの中で生きているのだろうか、それとも。ニルは唇をぱくぱくと動かしてから「おねえちゃんは、どうしていますか」と辿々しく問うた。
「生きているとは言い難いね。これを人間だと言ってしまうことは非人道的だ。
 僕はゼロ・クールのクリエイターとして、様々な人間となりうるべき存在人形達を作ってきた。彼女達は皆、伽藍堂の心を持っているが人間と同じような形をベースにしている。
 それはどうしてか、分かるかな?」
「わかりません」
「人らしい外見にしていれば、何れは人間のように心が目覚めると考えたからなんだ。クレカのように、ギーコのように、そして、ニル、君のようにね。
 僕は君を作ったわけではないけれど、君のように精巧な人間らしさは、君を人間そのものにたらしめるだろうから。
 ……うん、君を作ったクリエイターはもしかすれば、君達を人間らしくしたかったのだろうか。そして、混沌はそんな君達を人として迎え入れた」
「それは、どう言うことでしょう」
「……すまない。これは僕達にとっての常識での話になってしまうのだけれど。ゼロ・クールと呼ばれる者達と秘宝種は違うんだ」
「ちがう……?」
「そう。プーレルジールでは、秘宝種という存在はそもそも産まれていない。それは混沌世界がパンドラを与えた事で人として認識されただけなんだ。
 ……気を悪くしないで欲しい。ただ、事実を並べてしまえば、君のことを馬鹿にしていることになるかもしれない」
「いえ……聞いて良いですか」
 ニルは居住いを正した。ロックは小さく頷く。
 彼はクリエイターだ。つまりは『ゼロ・クール』を作る人である。その上で、彼が作ったのはクレカ達そのものだ。
 世界が変われば存在も変わる。ニルもこの世界で生み出されていたならば人間というカテゴライズは当てはまらず、作り上げられた人形となるのだろう。
「例えば、ゼロ・クールは人では無い。作り物だよ。
 勿論、混沌世界に渡りその存在が認められたクレカは人間だ。……クレカはヒトとしてこの世界に渡ってきた。だからこそ、人間だけれど、元々は人間としてのカテゴリには当てはまってなかった。
 ……混沌は秘宝種にパンドラという命を与えた。それで、君達は人として受け入れられているという訳だろう?」
「はい」
「この場合、ミラベルが人間として死んでしまったのか、はたまた人形として死んでしまったのかは分からない――けれど、少なくともミラベルという少女に継ぎ接ぎで存在して居ただろう命はこの中に込められているはずだ」
「……そう、ですか……?」
「そうとも。だからこそ僕はミラベルを見付けられた」
 ロックはどこか嬉しそうにはにかんだ。どうしてロックが楽しそうに微笑んでいるのかをニルは訳を知らぬ儘、ぱちくりと瞬いた。
「だから、何かがあれば君の姉はしっかりと君を守ってくれると思う。
 ……もし、このコアを手放し杖から切り離し、彼女を取り戻したいと願うのであれば……。
 僕は君のおねえさんの肉体を作ることを約束するよ。コアが損傷しては、完全にはできないだろうけれど」
 ニルはじいと、杖を見た。光を帯びたアメトリン。まるで瞬き、微笑むようにニルに寄り添うアメトリン――それが、姉だと言われては驚いてしまう。
 いや、ミニミスの事も。忘れてしまっていた幸福な記憶を思い出せたのだから、もしかすると彼女の記憶だって取り戻す事が出来るのかも知れない。
「それは……」
 ゆっくりと顔を上げたニルにロックは頷いた。
「そうだね。ニル、君次第だ。
 僕は君が望むならば手を貸すし、万全でなくてもこのコアに刻まれた記憶からを取り戻せるようにと尽力するよ。
 その為には、君にも手を貸して貰わねばならないかもしれない。コアを埋め込んだからと言って直ぐに復活が出来るわけではないんだよ。
 ……僕は魔法使いだ。クリエイターとも呼ばれている。だから、ゼロ・クールという存在に命を注ぎ込むことには一番に長けている。
 繊細な作業になる……絶対に成功させるとは言えないけれど、その為に出来る限りを尽くす事は約束するよ」
「どうしてですか? どうして、ニルに手を貸してくださるのですか?」
「君が、秘宝種だからかな」
 ロックは優しく笑った。己はクリエイターだ。そして、秘宝種はクリエイターであるロックの思い描いたを体現している。
 ロックからすればニルや、そして実の娘として呼ぶクレカは希望の星だ。それ故に、コアとして存在するゼロ・クールを取り出す力になってやりたかったのだ。
 勿論、ニルが望めばだ。その選択を行えるという事は人として成長している証でもある。ゼロ・クール達は主人に忠実だ。
 もしも、ギーコに聞いたならば「ご主人様のなさりたいように。どうぞ、宜しくお願いします」と応えただろうか。彼女は忠実にあるようにと用意されたゼロ・クールだ。
(君が望むなら――それをゼロ・クールに告げる事が出来るとは思わなかったな。
 ……長い年月を掛けてきた。ここにいるゼロ・クールも混沌へと導かれたならば、ヒトとして新しい道を辿ることが出来るのかも知れない。
 もしも、ミラベルを作り上げたとしたら、新しい存在として彼女は歩き出すのだろうか)
 ロックはニルをじっと見てから「今は選択を急ぐ必要は無いよ」と微笑んだ。勿論、イエスと答えなくても良いとも告げる。
 ニルが為したいようにする。それが一番に大事なことだからだ。
「また待っているから。いつでも声を掛けておくれ。君の選択を、僕は心から待ち望んでいるからね」


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