PandoraPartyProject

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欠片の終わり、お伽話の途中

登場人物一覧

カルウェット コーラス(p3p008549)
旅の果てに、銀の盾
カルウェット コーラスの関係者
→ イラスト

 優しさか、それとも疚しさか。空の色が見えないほどに生い茂り、沈黙する木々。柔らかな風は遮られ、鮮やかな花は芽吹かない。豊かな自然の中にあって鳥や獣達も微かな気配のみで、土の湿った臭いばかりが感覚を刺激する。ひやりとした肌触りは歓迎とは程遠く、奥へ進むごとに方角どころか時間さえ曖昧にしていく。まともな大人ならば、まだ陽射しのある入り口付近だけで引き返すだろうに。いつしか犠牲となった数も、全容も、その腹の中へと呑み込まれたまま。地元民は噂し、近づく者へ警告する——あれは『迷い子の森』だ、と。


 他の誰もいない森の中。片割れを探す、人の形をした宝石がふたつ。
 ——唯一無二ノクターナルを悲しませないように。
 ——唯一無二カルウェットを再び取り戻すために。
 光から闇へ。闇から光へ。相手を想いながら進む足は真逆を向いて。
 それでも、互いに求めるならば最後に辿り着く場所はひとつだった。

「探す、したぞ。ルナ」
「会いに来たよ、ルウィー」
 似通った色で不揃いな声。ノクターナルをここまで導いた角から伝わる、温度のズレ。一瞬、翳りかけた顔はルナと呼ばれたことで持ち直す。
「ぼくのこと、思い出してくれた?」
 問いに込めた期待は、小さく揺れた頭が否定する。
「ボクが失くしたもの、全部はわかる、しない……でもあったかくて、さびしくなる夢なら、たくさん、たくさん、見るした。君がボクにとって大切な人なら、」
「一緒に来てくれる?」
 精一杯連ねた言葉の端を踏み付け、木陰から現れるノクターナル。その後ろで、ぞろり、と闇が蠢いた。否、それは彼が身に纏う禍々しい何かだとカルウェット特異運命座標には瞬時に理解できてしまった。
「……どう、して?」
 反転。魔種。世界の敵。後悔。懺悔。忘却。喪失。罪。ターフェアイトからぼろぼろと絶望が零れ落ちれば、雨に綻ぶ花のように対の瞳が笑みに染まる。
「旅をしたんだ、同じ苦しみを抱えた人と。たったひとりのきみを迎えに来るために」
 カルウェットの中を駆け巡る痛みを、ノクターナルは角越しで愛おしげに味わう。だってそれは、ぼくのためのものだから。ぼくだけに向けられた。ぼくだけを見ている。ぼくだけのために傷ついた。たったひとり、ぼくのためだけの幸福が、ぼくだけのことを想ってくれている証。きっと舐めたら甘くて、温かい、ぼくのための宝石カルウェット
「ねぇ、ルウィー。きみがいればぼくは幸せだから……」
 うっとりとした顔で手を差し伸べるノクターナルから発せられる、体の芯まで冒す蜜のような誘惑呼び声。それはどんな悪夢よりも質が悪い、頬を抓っても決して覚めてはくれない現実だった。

 目覚めたあの日の孤独が焼きついていた。
 初めから終わりまで共にあるはずだった片割れ。
 欲しいのはたったひとつの幸せ。
 選んだのは繋ぎ止めるための鎖。
 置き去りにされた過去が全てで、ひとりでは抱えきれない程の思いで苦しんできた。
 先の見えない不安で、未だ心は昏い森の奥にあった。
 ノクターナルにとっての世界は——

 ひとりで目覚めたあの日を忘れない。
 森で出会ったはじまりの少年ともだち
 たくさんの人の中で知ったしあわせ。
 それを守るために握った盾。
 失くしてしまった過去の空白に、ひとりでは抱えきれない程の思い出を詰め込んだ。
 その先にある未だ見ぬ冒険が、心に光を灯してくれた。
 カルウェットにとっての世界は——

「……それは、何?」
 不協和音。不純物。重ならない。噛み合わない。気に食わない。それはぼくのための涙じゃない。誰のために。どうして。なんで。許さない。
「ルウィーの唯一はぼくでしょう? ねぇ!」
 ——ぼくにとっての『地獄』は、きみにとっての『楽園』だなんて。もう全部が同じじゃないなんて。そんなもの知りたくもなかった。だから、教えてあげなきゃ。
 ガキンッ! 絡め取ろうと繰り出された幾本もの鎖が、白銀の盾に弾かれる。
「ルナは、ボクの、唯一無二。ボクは、ルナの唯一無二。でも、だって……」
 ふたりだけなんて。全部が同じじゃなきゃいけないなんて。そんな寂しいことを言わないで。ちゃんと、教えてあげるから。
「まだ知る、するのは、これから! ボクら、もっと幸せ、なれる、するぞ……ルナ!!」
 流れる涙もそのままに。身の丈ほどもある大楯よりも力強く、声を張り上げる。心には心で。伝えたいことがあるなら、怯んではいられない。守るためには、逃げちゃいけない。
「ぼくの幸せは、ルウィーだけだよ!」
「ルナは、まだ見る、してない!」
 鎖が走り、盾が防ぐ。
「嫌、見たくない……きみにも見て欲しくない……」
 盾が押し進み、鎖が薙ぎ払う。
「はやく目を覚ます、して! 楽しいこと、綺麗なもの、いっぱい知る、しよう!」
 鎖が叩きつけ、盾が踏み止まる。
「取り戻すんだ……取り戻さなきゃ、ぼくは!」
 地面が削れ、幹が抉られ、悲惨な傷跡を作りながらもふたりの想いは平行線だ。

 ノクターナルカルウェットカルウェットノクターナルの大切な存在だ。
 君にも幸せになってほしいきみだけがいれば幸せだった
 だから、一緒にいろいろな世界を見てほしいふたりだけの世界で微睡んでいたい

 優しさと、執着と。それぞれの思う幸せのために交わされる応酬が、重い金属の音が、深い森の底で響く。
 分岐点から先、異なる経験をしたが故の相違なのか。元から存在した僅かな差異が顕在化しただけなのか。それは初めての兄弟喧嘩と呼べる程、可愛らしいものではなかったけれど。もしも観測者がいたならば、この衝突を何と見るだろう。
 次第に鈍り、泥に塗れ、もう動かせない盾も鎖も放り投げて伸ばしたふたりの手が掴んだ結末は——


 わぁん。わぁん。反響する声。どれだけ泣き喚いても誰にも届かないような錯覚。いつからこうして蹲っているのかもわからない。どこを見ても木ばかりで、空どころか帰る道もわからない。光がないから、自分まで灰色がかった森の一部になってしまったようで恐ろしい。
「ッ!?……あなたは、だぁれ?」
 泣き濡れたまんまるの瞳に映った薄紫に驚いたのは、一瞬だけ。鎖を鳴らして茂みから現れた自分以外の誰か。大きな角に、ふわふわの髪。羊に似通った特徴を持つそれが、小さな子供には救いに見えた。にっこり笑って差し出された手に、まるで躊躇わなかったくらいには。そう、少なくともお伽話に聞く『化け物』よりもずっと人間らしい仕種だったから。



 これは混沌のどこか、小さな村から生まれた噂話。
『山の麓の森には入ってはいけない』
『一度踏み入れば大人でも無事では済まない』
『迷ったら最後、悪い化け物に喰われてしまう』
 聞けばどうということもない、よくあるお伽話の類いだ。『化け物』については『友達になれる者を探している』という友好的な説もあるが、『己が聖域を侵す者を殺すための擬態だ』とする説が強い。森への立入を禁忌として語るには、その方が都合が良いからだろう。
 村の者は『迷い子の森』と呼ぶそうだ。人が迷い込むから。或いは、迷い込んだ子がいたから。由来はもう定かではない。そこにあるのは、ぽっかりと開いた昏い昏い口ひとつ。呑み込んだ物語を語ることは、ない。

 ——にゃあ、と茶虎の猫がないた。帰らぬ家族を呼ぶように。

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