PandoraPartyProject

SS詳細

あなたの傍に居たくて

登場人物一覧

珱・琉珂(p3n000246)
里長
劉・紫琳(p3p010462)
未来を背負う者

 里長として自らが進む為に。琉珂という少女はベルゼーとの一戦を経てから、成長したと紫琳は感じている。
 彼女にとっては父代わりであった冠位魔種は、最終的には良き別れになった筈だろう。それでも、両親を喪い、父代わりとして慕っていた相手を打ち倒す事はどれ程の精神的な負担になったかも計り知れない。
 それからだろうか。外へと飛び出して子供のように笑っていた彼女も、随分と里長らしくなったものだ。
 フリアノンに滞在する時間が長くなり、領域クニの為にと意見を交すことも多くなった。里長代行から見てもと呼んでいた彼女は女王の風格になったとの評判もある。
 此れからのフリアノンは大きな変化を迎えるだろう。幼くして里長になった琉珂の里長を代行する者達がその座を降りる事になる。
 そして真に里長となって行く事になるのだ。当たり前の話ではあるが、それは喜ばしい変化である筈だ。そう、当たり前に喜ぶべき事なのである。
 フリアノンで共に過ごす紫琳にとって里長の琉珂が成長することは心の底から喜ばしい事であり――同時に、自らの焦りにも繋がっていた。
 変わることを怖れていた。里長として立派になって行く彼女は変化しているのに、自らは停滞を選んでいる。何も変わらないままで過ごしているのだ。
 自らが抱いた気持ちを彼女が察してしまわぬようにと蓋をした。それは友情とは違った、淡い恋情のようなものだった。
 気持ちを押し殺し、ただの友人の振りをして笑っている。紫琳は琉珂の後ろを付いていくだけの自分であるような気がしてならなかったのだ。
(……私は、琉珂様の傍に居るのには相応しくないのでないでしょうか……)
 思い悩んで、頭を抱えた。何も解決することはないのに――
 それでも悩んでしまうのは自らの中に芽生えた感情だった。あの人が大切で、それ以上に愛おしくて。
 その思いに踏込んで言葉を重ねてしまえば、彼女はどんな顔をするだろうか。そう思えば、ひた隠したまま。
 紫琳は『自分から琉珂との距離をとっていた』。余りに近すぎる光は自らの身を焼いてしまうから。
 そう思いながらも、目を伏せて歩いてきたのだ。そんなこと、してしまえばいつかは身を滅ぼすような事があろうに。
 隠しきれば何も変わらずに居られると、身を焦がす焔さえも飲み干してきたのだ。
「――ん」
 紫琳は嘆息する。重苦しい気を吐き出して、首を振る。
「ずーりん!」
 はっと顔を上げれば、勢い良く頬を何かに挟まれた。ひんやりとした掌だと気付いてから紫琳は「琉珂様」と慌てた様に名を呼んだ。
「えへへ、ずーりん! 今って暇?」
「え、ええ……」
 紫琳の悩みを知ってか知らずか、何時ものようにやってきた琉珂は「この問題を解きたいんだけど」と問題集を指し示す。
「分かりました、ではあちらで」
 琉珂を連れて、里の中で自由に使用可能なテーブルへと向かった。しんと静まり返ったそこには今日は琉珂と紫琳の二人だけだったのだろう。
 立派な里長になるべく様々な勉学に手を伸ばし始めた彼女は得手不得手がはっきりしているようだった。感激屋で猪突猛進型。思い立ったが吉日と言わんばかりの姿勢は民を導く者としてはデメリットもあるのだろう。
 それは、熟考できないからだ。彼女自身が道行く先の決定権を持っている限り、立ち止まらねばならない。思い立ったが儘に行動すれば民草に何らかの被害が及ぶ可能性もある。
 故に、彼女は学び始めた。それまで手に付けていなかった様々な雑学をも知識として蓄える事を望んだのだ。その姿勢を皆が褒めていることは知っている。
(けれど、琉珂様らしくない……)
 友人達と共に覇竜領域をより素晴らしい場所にすると駆けずり回っていた彼女も今は覇竜領域を第一に考えて領域に留まっている。
 本来ならば「興味があるの!」と飛び出していくだろう彼女は周辺の警戒にばかり気を揉んでいるようだった。覇竜観測所を始め、クォ・ヴァディスなどへの出張も多い。
 だが、それもあくまでも里長としてのことなのだ。琉珂自身が「楽しそうだから行ってくるわね!」と飛び出したわけではあるまい。
(何時もなら、琉珂様は『里は皆に任せるわ。信頼してるから。だから私は此処で皆を守る為に闘おうと思う!』なんて行ったのだろうか)
 ――そんな自由奔放な彼女が好きだった。だからこそ、彼女の後を追いかけていた。けれど、それを云う事が無いままにずっと過ごしてきたのだ。
「ずーりん?」
「ああ、いえ」
 首を振ってから紫琳はじい、とその手許を覗き込んでからとん、とん、と叩いた。
「あ、ここ、間違えてますよ、琉珂」
「へ?」
 ぱちくりと瞬いてから顔を上げた琉珂に紫琳はかあと頬を赤くした。
「す、すみません、今のは無しで! 忘れてください……!」
 彼女の周りの友人達のように気軽に呼んでみたかったのだ。他人行儀ではなく、『琉珂』と、そう呼んでその手を握ってどこへだって走って行きたかったのだ。
 その気持ちを外に出したとき、琉珂がぱちくりと瞬いた顔を見て顔から火が出たのだ。ああ――彼女達のようには振る舞えない。
「ほ、本当にすみません。間違えで――」
「間違ったの?」
「えっ、琉珂様、はい、そ、それは」
「琉珂でしょ?」
 琉珂はきょとんとしながら紫琳を見上げた。「ずーりん」と呼び掛けられる。何時も通りの、楽しげな声音。
 彼女が友人に向ける軽やかな響き。憧れる、彼女との関係性がそこにあるのだ。
「琉珂様なんて、他人みたいじゃない。私だって、ずーりんって呼んでるんだもの。お友達同士だったら……琉珂って呼んで」
「琉珂」
「そう。琉珂よ。ちゃーんと、覚えてね。だって、ずーりんったら、私を呼ぶのに戸惑っちゃうんだもの。
 いやよ、すっごい仲良しで、ずっと一緒なのに。琉珂様何て言われたら寂しいもの」
 膨れ面を見せた琉珂に紫琳は「ですけれど」と呟いた。
 彼女は自由気ままな人だから。軽やかに走って行って何処へだって飛んで行ってしまいそうな人だから。
 紫琳はそんな彼女が好きだから――彼女の翅を手折ってしまうような事なんて、したくはなかったのだ。
「で、ですが……」
「え、呼びたくない?」
「いえっ!」
 勢い良く首を振れば紫琳を見ていた琉珂がふにゃりと嬉しそうに笑った。
「それなら、呼んで。私、その方がとってもとっても嬉しいわ」
「そうですか?」
「そうよ。だって、ずーりんは私にとっても大切な人だもの。ずーりんとももっと仲良くしたいのよ。
 いっつも、ずーりんって『琉珂様』っていうから、本当に寂しかったんだからね。ほら、反省!」
 両手を広げた琉珂に紫燐は戸惑った様子でそろそろと近付いた。
「えいっ!」
 勢い良く紫琳に飛び付いてから琉珂はにんまりと笑う。
「うふふ、仲良し記念ね!」
「は、はいっ」
 ぎゅうと抱き締められながら紫琳は目を白黒させて彼女の背を撫でた。
「ねえ、ずーりんは私に遠慮しなくっていいのよ。なんだって、私は受け止めるし向き合える。
 ずーりんが、私に何かを隠しているなら寂しいわ。……でも、言いたくなったらで良いからね!」
 にこりと笑う琉珂に紫琳は小さく頷いた。ちりちりと、燻ったその思いをまだ口にはしないけれど。
「ええ、お約束します。琉珂」
 ひとつ、近付いた距離が心地良い。あなたの傍に居られることを、感謝して紫琳は柔らかに微笑んだ。
「では、勉強の続きです」
「ひえ――」


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