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桜酒に春嵐
登場人物一覧
「星穹さんてお酒も飲むんだね~」
「ええと。飲んでいい数はみっつだけ、と」
「あはは、3杯までね。りょーかい。あ、タバコも吸う感じ?」
「はい。ですので煙草のお伺いをさせていただきました。煙、大丈夫でしょうか」
「だいじょーぶだいじょーぶ。なんたって俺も吸う口だからね」
「あら、そうでしたのね。あまり吸いすぎてはいけませんよ」
「え~、星穹さんがそれ言っちゃう?」
アプリ上でのいくつかのやりとりを交わした後。日付と店を決め、飲みに行くことになった星穹と眞田の二人はちょっぴり大人な店にいた。
年齢で言えば眞田の方が年上。慣れたように店の扉を開き、星穹をエスコートして見せる動きには流石に照れざるを得ないというものである。
「どーかな、気に入ってもらえそう?」
「ええ、とても。穴場ですね」
誤魔化すように桜を眺めた。実際、そう思っていたのは本心だったからだ。
「でしょ。きっと時期をずらせば本物の桜だって見れるんじゃないかな」
店内には席に沿って生木が生えているようだった。けれどまだ2月ともなれば桜の時期には程遠い。そこで練達の叡智を生かしたプロジェクションマッピングで疑似的に桜を映しているというわけだった。
桜は確かに目の前に散っているのに、手を伸ばそうとも触れられない。ぼんやりと指先に残る残像はまるで口から消えないコーヒーの苦みのようにくっきりと。
以前とは違ってしまった星穹。依然として変わらないように見える眞田。
口ごもる。依頼だとかそういった言葉で線引きするのも簡単だけれど。友という関係であるならばあまりにも疎遠で、ならば顔見知りと笑い飛ばした方がいいのだろうかなんてネガティブ思考だけが過ってしまう。
「そうですね。折角ですから……よろしければ、お話でも。家族のことでも、未来のことでも。今でも、……許されるのなら、過去だって」
「へぇ。聞いちゃう? 星穹さんが思ってるみたいな、優しいだけの男じゃないけど」
「ひとには話せないことのひとつやふたつあるものですわ?」
「案外酷かったりして」
「なら友達として止めませんとね」
「あ、ずり~」
「お互い様、ということで」
いくつか注文した品と、桜を浮かべたカクテルが二つ。卓上に並んだそれを掲げて、かちんとグラスを鳴らした。
所謂「現代っ子」な眞田からすると、星穹は「ファンタジーの住人」であるという印象は今も変わりなかった。
(なんつったって、第一印象・忍者だし。今もイメージはいいとこのお嬢さんって感じだから、あんま変わんないか?)
天義での動乱は聞き及んでいる。曰く、彼女の過去を深く知る機会であったということも。ローレットの報告書を読み知ったところでは、彼女は天義のとある貴族令嬢であったらしい。
(……ま、盗み聞きより質悪いよな)
報告書から知ったのと彼女の口からきいたのとでは随分と中身が違うだろう。他人の過去すら淡々と報告し閲覧できる状態にある、という点では眞田は「報告書」をあまり快く受け入れることはできなかった。
(このコに何があったのかとか1ミリも知らない。寂しいもんだな、友達なのにさ)
案外、甘いようなしょっぱいような。
そんなお酒を、赤らんだ頬で楽しんでいる星穹がいた。
(……お互い様か? そうだ、俺は人に興味なんかなかったんだった。友達ってきっとそんなもんだ)
ぐぃ、と飲み込めば。案外辛い。喉がちょっぴり熱くなるようだった。
「どうか、なさいましたか」
「ン? いやいや、思ったよりこれ強ぇなって! 桜リキュールのカクテルなんて珍しいし、今の時期にぴったりじゃん」
「ふふ、そうですね。もうすぐ桜だって咲いてしまいますから。その次は、つつじのお酒でもあるのでしょうか」
「あるかも。また来てみないとわかんないけど。てか、なんかいつもと星穹さん雰囲気違うね?
……あ、いやいやナンパとかの意味じゃなくてさ。俺ほんとそんな気一切ないよマジで」
「ふふ、色男にナンパされるだなんて、女としては喜ぶべきでしょうか」
「ちょーっとぉ、否定したんだからさ、もー……あ、ねぇもしかして酔ってるの?」
「酔ってません」
「そっかぁ……星穹さんてさぁ、ほんと、どんな人なんだよ……」
お冷2つ、急ぎで。店員に頼んだ眞田は小さくため息をついた。真横で頬を緩めている彼女は、普段浮かべている涼やかな表情とはあまりにも別人で。
知らない貴方。教えてくれない貴方。だからこそ知りたいと思ったのだったっけ。
(お酒、弱いんだな)
年下なのだな、と思った。子ども扱いがしたいわけではない。単純に大人びているところばかりを見ていたから、年が近いような錯覚を覚えていたのだろう。
けれどこうしてみれば彼女とて、後輩たちのそれと何ら変わりないのかもしれない。少なくともお酒を取り上げられて、頬を膨らましている姿を見る限りは。
「私はこの世界を生きていますが、ある意味では疎外感があります。その点では、貴方と一緒でしょうか。
もしも貴方が無意識に引いている線があるなら、飛び越えて差し上げましょうか。だってまだ、貴方を知りたい」
酒の香りが仄かに鼻を擽ったけれど。その声は酒交じりでなどなくて、本心なのだろうと知覚した。
いつもの青い瞳が、眞田を見据えていたからだ。
「ん。俺もだよ。だからさ、飛び越えてきてね。俺だって星穹さんを知りたいんだから」
動乱のさなか。消えては瞬いて、まるで星みたいだなんて思ったのだっけ。
酔いが引く気配はなくて、頭がふらついて。わらってしまう。
(ああ。ああ。おかしいの。だって貴方は。こんなに近くにいたかしら)
隣で笑っていてくれるほど、親しくなれたのかしら。
瞬いた。ふ、と首をかしげて見せれば、おかしそうに笑うものだから。
「ねーぇ、星穹さん」
「はい、なんですか」
「飛び越えるならまずは、敬語。なしにしよ」
「それは、どうして」
「んー、そうだなぁ」
その方が、面白そうだから。
眞田が吐いたたばこの煙は、どこか甘くて苦いにおいがした。
「次は、どこへ行ってみましょ……んん。行ってみる?」
「星穹さんの子供にも会ってみたいな。俺、子供って好きなんだよね」
「子供たちの良き遊び相手になってくれればもちろんうれしい、の、だけれど。うちの子たちはみんな癖が強いので……あはは」
「いーや、任せてよ。若さにモノを言わせちゃうね」
「ふふ。遊びたい盛りの相手ですから、無理はせず」
「あ、敬語。戻ってるよ」
「酔っ払いには、少し厳しいのでは?」
「こういうのはトライアンドエラーでしょ。ほら、頑張って!」
ひらひらり。桜が落ちて。声が上がる。濃紺の星空は、まだ月が沈むのを許さない。頬を撫でる風はどこか冷たいのに温くて、きっと春が近いのだと予感させた。
この春風が吹き抜けるころには、きっと新しい一面を知れているような予感さえした。
春の陽気と桜の酔気は日陰者の足を日向に誘い出してくれて、ほんの少し気持ちが前に歩きだしていく。朝が来るのも悪くないな、なんて。
それは新しい季節に移るような、ゆるやかなものではあるけれど。きっとここから、また歯車が動き出す。
その日が来るまでは、また煙で濁してしまえばいいから。悪いふたりのまま、今日を生きていればいいのだ。
二人の語らいは、煙とアルコールの香りが包んでしまって。二人以外の誰も、知らない。
おまけSS『煙の中』
●アルコールは秒針を進めない
「……誰だって、一度は。後悔だってするけれど、どうしようもないこともあります」
「あはは。それじゃ俺達、大人になんてなれないね」
「別に、TPOさえわきまえていれば。子供とか大人も関係ないような気はするけれど」
「そう? じゃあ俺達悪ガキだね」
「ふふ、それはそれでいい気もしますね」
「じゃあ悪ガキの星穹さんは、俺とどんなことをしてくれる?」
「うーん、そうですね。次の約束に深夜のラーメンでも添えてみようかしら」
「あはは、すっげー悪いじゃん!」