PandoraPartyProject

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君と書いて恋と読む

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために

 ギルド・ローレットからレオン・ドナーツ・バルトロメイが姿を消したという一報を聞いて飛呂は直ぐにユリーカの元に駆け付けた。
「飛呂さん」
 と何時も通りににこやかに笑う彼女を見てから唇をぐ、と噛み締めたのだ。何時ものように明るい顔をして笑うから、つい、苦しくなってしまった。
 ユリーカさん、と。その名を紡いだが舌が絡んで上手く呼ぶ事は出来まい。あれだけ彼女にとってのレオンがどれ程に大事な存在であるかを聞いていたのに。
 初恋の人だという話はもう遠い過去のことなのだそうだ。幼い少女が身内に抱いた曖昧な恋心だ。ユリーカは「黒歴史なのですよ」と頬を膨らますようなそんな話よりも、もっと大事なことがある。ユリーカは両親を亡くしている。そして、レオンが兄として、そして父として、彼女とローレットを育ててきたのだ。
 ユリーカにとってのローレットは家で、レオンは家族だ。ユリーカが「いい歳して飛び出す家出『親父』は悪いのですよ」と拗ねたように行ってみせるがその眸が不安に満ち溢れていたことを飛呂は知っている。
「ユリーカさん、その……」
「どうかしたのですか? あ、ごめんなさいなのです。パン屋さんに行く日でしたっけ?
 少し忙しくって……余裕が無かったのです! ちょっとまた今度で良いですか? 色んな人との打ち合わせでボクも大忙しなのですよ」
 目が回るとは正にこのことだと言ってのけるユリーカを見て飛呂は唇を噛み締めた。これから先も一緒に過ごそう。楽しい事は共有しよう。そんな約束事を此処に持ち出すことはしたくは無かった。
 ユリーカに余裕がないのは確かだろう。世界が平和になったら何をするかなんて言う約束も必要は無いのだ。
 ――それでも、これはあんまりだ。
「ユリーカさん」
「はいです」
「……レオンさん、居なくなったんだって?」
「はいです。だからボクがオーナー代理として頑張っているのです! もう大忙しでてんてこまいなのです!
 レオンが帰ってきたら包丁でざくざくっとしてやるのですよ。全く面倒ばっかりかけてくる男なのですよ」
「ユリーカさん!」
 びくりとユリーカの肩が跳ねた。飛呂はやってしまったと口を掌で覆う。目を見開いたユリーカが「飛呂さん」と名を呼んだだけで耐えきれる者は無かった。
 走り出さなかっただけ褒めてやって欲しい。ただ、飛び出したのは大きすぎるほどの声だったのだから――続く言葉には迷ってしまったのだ。
「あ、の――」
「ど、どうしたのです? びっくりしたのです。パン屋さんはそんなに怒らないで欲しいのですよ!
 パン屋さんなら今度は一緒に行けますし、ボクが奢ったって良いのですよ。だから……だから……」
 どうしたってパン屋の話だけで全てを終わりにしようとするユリーカに怒りを覚えたのは確かだった。飛呂は唇を噛む。
 分からず屋、と叫び出したくなったのは仕方が無い事だっただろうか。これは屹度、彼女が自分に弱い部分を出してくれなかったことに対しての怒りなのだ。
 彼女に対してではない。彼女が弱さを曝け出してくれるような存在になれなかった自分に憤っている。
「怒ってゴメン。パン屋のことじゃない。
 ……ユリーカさん、根詰めて働いてるだろ。何かご飯買ってくるよ。何でも良い?」
「あ、はい」
 俯いたユリーカに「待ってて」と手を振ってから飛呂はローレットから飛び出した。

 ――ああ、本当に情け無くなった。
 最初は姿を見るだけでも幸せな恋だった。それから、言葉を交わせるだけでも心が躍ったのだ。
 彼女の唇が名を呼んでくれる。それは幸せと称するしか無かった。彼女と共に出掛ける機会が増えてきて、彼女の事を知った。
 例えば、お転婆に見えるがそれなりにシッカリしているところがある事。
 例えば、家族を早くに亡くしていること。ローレットを大切に思っていること。ギルドオーナーのレオンのことも家族として認識していること。
 例えば、彼女は敗北することなんてないと考えて居る。先の約束を大事に大事に抱いていてくれるのだ。
 そんな彼女の事を知れば知るほどに好きになった。これは飛呂にとっての恋だった。
 叶わなくっても、気付かなくても良いと思っていたのに。日が経つにつれてその恋とはどんどんと膨れ上がった。
 自分に弱さを曝け出して欲しかったのだ。自分に対してだけでも甘えたり、時には不安を吐露してくれたってよかった。泣いているならば抱き締めてやれたはずなのに。
 何時ものようにカウンターに座って、何時ものようににこにこと笑うから。
(くそ――)
 自分が彼女の中の何者でも無いような気がして、苦しくなった。
 飛呂さん、と呼ばれる度に。それが時折『飛呂くん』と少しだけ距離を詰めたように優しく呼んでくれる変化を感じる度に。
 彼女との距離が縮まったと思っていたのに。
(こういう時に思い知らされるんだ)
 レオンと、己の差。兄であり、父であるその人とユリーカの間には立ち入れない絆がある。
 恋情を持った自分がそれと同等の存在になるにはまだまだ遠い気がして、悔しさと情けなさが勝ってしまったのだ。
 そう思った事だって、きっと、彼女に対しての恋心が大きく膨れ上がったからだ。
 ユリーカさんが好きだ、と告げれば彼女は何も気付かなかったように「ボクもですよ! 結構好きです!」なんて茶化して笑うのだ。
(それじゃ満足できなくなったんだ。
 俺はユリーカさんが好きで、ユリーカさんにとっての一番になれたら良い……なんて思ってしまったんだ)
 恋とは独占欲だという。愛に転じ、余裕を持てるほど飛呂は大人ではない。ただ、友達でも良いから傍に居たいなんて想っていた気持ちは今は変化していったのだろう。
 さっき、声を荒げたときに気付いてしまった。自分は随分と欲深くなってしまったのだと。
 そう気付いてから「あああ」と飛呂は呟いてから座り込んだ。彼女が自分を他人のように拒絶したことが、どれ程に心苦しかったのか。
 そんなの、此方の勝手だった。それでも、恋をした方が負けだというのだから、ユリーカには負け続きなのだ。
(いや、そろそろ……行かないと)
 何か買って彼女の元に返らなくてはならない。
 こんな余裕のない状況じゃ、きっと彼女にも心配を掛けてしまうはずだ。飛呂は深く息を吐いてから頬をぱしんと叩いた。
「よしっ」
 彼女に信頼されるような男になれば良い。その不安を払拭するようにローレットの仕事だって熟して、彼女の困り事を解消してやれば良い。
 その意気込みを胸にしてパン屋でいくつかのパンを買った。彼女の好みそうな飲み物やスープも追加で購入して行く。
『ほら、パン屋の約束だったからテイクアウトしてきたぜ』と笑ってやって、不安を隠すように饒舌な彼女に耳を傾ければそれでいいではないか。
 ――今はそれで良い。ただ、レオンには物を申してやらなくてはならないだろうか。いや、その必要も無いか。
 帰ってきたならば、ユリーカさんの隣は貰ってなんて行って揶揄ってやるのも悪くはない。
 そんなことを思い浮かべながらパンの詰った紙袋を手に飛呂はローレットへと戻った。
「ただいま」と声を掛ければ、彼女は作り物めいた微笑みで「お帰りなさいです!」と声を弾ませるのだ。
 もしも、彼女が不安に押しつぶされてしまいそうになった時に、躊躇わずに最初に名を呼んでくれるような存在になれるようにと。
 そう願いながら。


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