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光差す君を見ていた
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拝啓――
その文字列から始まる手紙を交換したのは、気紛れであったのかもしれない。明星領に存在する花畑アステール、その地は深い森に囲われた秘密の花園であった。
星の精霊アステールが棲まうと噂されたことからその名が付けられたその場所はシュテルンにとっての憩いの地でもある。誰も訪れない花畑は、一人になりたいときにはうってつけだった。
特に、領地に帰ってきてからというものの塞ぎ込みがちであったシュテルンに気を配った様子で領民達はこのアステールの花園にはやってこなかったのだ。
そんな折に手紙が届いた。領主様と呼び掛けた執政官の申し訳なさそうな顔は今でも思い返す事が出来る。お手紙です、と届けられたそれに目を通してからシュテルンは何気なく返事をした。
それからだろう。ファニーと名乗る
だが、シュテルンは天義という国への憎しみを胸に、その思いに取り憑かれた様に仕事を承けていた。あの時期の記憶は曖昧でいまいち姿さえも思い出せないのだ。
それでも構わないと彼は行った。彼、と行ったのはその文字列や話される言葉から男性であると言う自覚があったからである。
シュテルンが花畑でのんびりと過ごして居る間は手紙が届いた事にも気付かない。幾日か日が開いてしまったとしても戯れ事のように手紙のやりとりは続いていた。
手紙を受け取る度にシュテルンは疑問に思うのだ。何故、この手紙の主はこの様に気を賭けてくれるのだろう、と。
手紙には時折贈り物が添えてあった。それだけではない、手紙には何気なく気遣う様な言葉が並んでいたりとするのだ。
(誰だろう……)
その人が誰なのかも分からないまま、シュテルンは続く手紙に己でも昇華しきれぬ想いを書き連ねた。
嫌われてしまえば良い。誰も彼もが居ない方が良い。ヤケになったのだと思う。己なんて、誰にも必要ともされず、朽ちていく華なのだと自暴自棄に書いたその手紙に返事などないと思って居たのに。
――その返事が届いたのだ。理解すると行った旨に、否定もない優しさ。
シュテルンは一人花畑に転がって青空を見ていた。会おうという約束の文言。その言葉を見て「ああ」と呟いた。
両拳を目の上に乗せて溢れ落ちそうになった涙を堪える。手紙の中の彼は嬉しそうにして居た。その言葉を聞いてから自分は彼には何もしてやれていないと思ったのだ。
彼の誕生日の日に細やかではあるが嬉しい事があったのだという。世間話の一環だ。大した意味は無い。だが、恨みを胸に抱いて生きてきたシュテルンであっても、誕生日とは大切な日であるのだと、そう教えられてきたのだ。
(私は祝ってあげることさえもできなかったのに――)
彼はシュテルンの心身を心配し、出来れば顔を合せたいと願ってくれているのだ。光差す場所に居るのだろうか、彼は。そんなことだけを考えて居た。
人の姿をとれるようになったのは混沌という世界の贈り物であった。それは彼自身の
スケルトンとして産まれたことを失敗作だと蔑まれてきた。家族は受け入れてくれたが、後ろ指を指されることは家族さえさえも小馬鹿にされているように感じられたのだ。
ファニーにとって、それは深い傷であった。己が失敗作である以上、どう足掻いたって何も変わらない。その傷は混沌に来ても癒える事も無い。生まれ持った姿は大きく変容する事など無かったからだ。
どうせ自分なんて。失敗作が何をしたって。
そんなことばかりを考え、自暴自棄になった。自害を行ないたいと我武者羅に働いてきたこともあったが、それら全ては叶わず潰えた。
だからだろうか。依頼で見た彼女が気になったのは。だからだろうか。そのシュテルンという名前に興味を惹かれたのは。
星という天蓋の存在をファニーは好ましく思って居る。シリウスやステラに対して抱く深い愛情を、彼女に対しても慈愛や友愛として顕れただけなのかもしれない。
其れでも良かった。過去の自分を見ているようでどうしようもなく気に掛かって仕方が無かったのだ。
手紙を交す内に彼女は半ば自暴自棄な書き殴りを送ってきた事がある。
それは此方と二度と関わらないための半ば絶縁状のような意味合いを持っていたのだろう。
臆病な気持ちに、醜い感情。其れ等全てをぶつければ彼女の周りの人並みは直ぐに退いて、一人だけ残されてしまったのだろうか。
それでも、ファニーは約束を認めて返した。
――オレはシュテルンを嫌わない。離れたりしない。
それは一方的な約束で構わなかった。シュテルンからどう思われようとファニーは彼女の心を支えてやりたいと考えたのだ。
エゴだ。元の世界で裏切られ、見限られ、そうして苦しんだ過去を彼女には背負って欲しくない。あの絶望を彼女には感じ取って欲しくはないのだ。
その為ならば己が彼女の唯一無二の味方になっても構わなかった。
――オレだってまだ自分に自信が持てない。
そう零せば、彼女は屹度「そんなことはない」とでも言うだろう。「私の方がダメだ」と膝を抱えて心を閉ざしてしまうだろうか。
ファニーはそう応えるだろうと認識していた。己は失敗作だと呼ばれていた。心に刻まれた傷は屹度、似たようなものなのだ。弱音を吐き、臆病になり、醜い感情を吐露したとて、その傷は癒えやしないのだから。
だから、会おうと手紙を書いた。一方的な約束を果たし、もう一つの願い事を添えた。
いつかシュテルンの歌を聴かせて欲しい、と。一緒に星空が見たい、と。その願い事を認めた。
シュテルンから帰ってきたのは予想外の了承だった。選ばれたのは人気無い彼女の領地。そう、アステールの花園であった。
その日がやってきた――
ファニーは黄色いラナンキュラスの花束を手にしてその地に訪れた。ステールという精霊の棲まう場所と聞くだけで興味はそそられた。
精霊に是非会ってみたいと手紙を書けば「私も会ったことは無い。噂話です」とシンプルな返事が寄越されたのだ。
「……シュテルン?」
花畑に埋もれていた金髪の娘に声を掛ければ、彼女はゆっくりと体を起こした。長く伸びた金の髪には咲き誇った花弁が纏わり付いている。
まるで華のシャワーを浴びた後のようで美しい。虚ろな瞳でじいと彼を見詰めたシュテルンは「こんにちは」と掠れた声音を発した。
ざらざらと乾いた唇を擦れ合わせる。彼は手紙で書いていたとおりのスケルトンの姿だった。怯えることもない、否定することもない。彼の存在を肯定した上で彼には「産まれたままでいい」と告げて居たのだ。
「体は? ……心も、大丈夫か?」
「大丈夫。心配は……しないで……」
「まずは、そうだ。会ってくれてありがとう。急な申し出なのに受け入れてくれて嬉しい」
「……いいえ」
首を振ったシュテルンは未だ世界に色彩を取り戻せてやいないとでも言った様子だった。草臥れ、何も考えることが出来ないとでも言いたげに苦しげな表情をした彼女と対面してからファニーは常に笑みを絶やさなかった。
「失望、したでしょう?」
「何に?」
「……こんなに、世界に絶望したような顔をして」
「いや? 寧ろ、元気で良かったと思ってる」
言葉は敢て平坦で柔らかいものを選んだ。ファニーはシュテルンに説教をするつもりでやってきたのではないのだ。
彼女の心を理解し、出来るだけ汲み取ってやりながら、華を受け取って貰えたならばそれでいいと考えて居た。それは友達というには異質な関わり方だっただろう。
ファニーが抱くのは友愛というよりも、親愛に近い。手の掛かる妹を慈しむように、優しく声を掛けてやるのだ。
それが似た傷を負う者の役目であるとでもいうように。
「この花、良ければ受け取って欲しい。良いかい?」
「……綺麗ね」
「黄色のラナンキュラス。シュテルンに似合うと思ったんでな」
「……私に? どうかしら……お花なんて、似合わないわ。だって、……こんなに……」
「似合うよ」
ファニーは首を振った。シュテルンは俯く。
ああ、顔を合せて幻滅されて、そのまま全てが終わってしまえば良かったのに――
そんなことをもう自分にシュテルンはどうしようもなく暗い気持ちを抱いた。自分は何処まで行ったって平行線なのだ。心の疵は癒え辛く、それを癒しきるには時間が足りやしない。
鬱ぎ込んだ彼女を見詰めてからファニーは「何か食べるか?」と問うた。
曇ってしまったこの星は、何時の日かもう一度輝けるだろうか。光を帯びて輝く日を待ち望むようにファミーは優しい言葉をかけ続ける。
伽藍堂の、ただの洞。己のことをそう認識していたシュテルンは俯いた。
花畑に咲いた花を一輪手折る。
「……もう、だめなの。……何も解らないの……。私は……愚か者だから……」
「どうして?」
「もう、華は咲かない。枯れ落ちた……手折られてしまったら、もう二度とは蕾を付ける事は無い」
シュテルンの芽にはファニーの
「……それでも、いいだろう」
「どうして……」
「それでも、シュテルンはここにいる。何か食べよう、それから、日が落ちるまで話をしよう。
草臥れて眠ってしまうまででも良い。この地の精霊が羨ましがって出てくるような話をしたって構わない」
「そんなこと出来っこない」
「なら出来るようになればいい」
ファニーはゆっくりと腰を下ろしてから、先程のシュテルンのようにごろりと転がって見せた。
少し途惑いながら、シュテルンは転がった。モノクロの世界に顕れたこの人は、眩い光の下に居るのだろうと、そう思った。
この心の疵は癒えやしない。
乾いた唇は歌を紡ぐこともない。
けれど、少しだけ――
- 光差す君を見ていた完了
- GM名夏あかね
- 種別SS
- 納品日2024年02月25日
- テーマ『それは愛しく、あたたかな』
・シュテルン(p3p006791)
・ファニー(p3p010255)