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瑞香にはまだ遠く

登場人物一覧

黄泉津瑞神(p3n000198)
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

「香木を購入し行きたいのです。賀澄にいえば、神使を護衛に連れれば自ら出て言っても構わぬとのことでした。
 良ければ、メイメイさま、いいえ、メイメイに供をして欲しいのです。無論、恋仲の相手と供にというならば邪魔立ては致しませんよ」
 にこりと微笑んだ瑞神を見た時にメイメイはついつい可笑しくなった。
 目の前に居るのは柔らかな白髪の少年だ。年の頃は10才位だろうか。少し伸びた背丈に、犬の耳と尾、変わりないふわふわとした雪色の髪と空色の瞳は優しげな色を灯している。
「瑞さま」
「はい」
「ひとつだけ、お聞きしてもよろしい、ですか?」
「はい」
 瑞神はちら、と奥を見た。執務机に向かい筆を執る中務卿は幼少期から付き合いのある神霊の考え得ることに見当が付いているのだろう。どこか困った顔をして居た彼に瑞神は勝ち誇った顔をして居た。
「お誘い下さった、のには、何か理由が、あるのでしょうか」
「ええ、勿論です。あの子はよく理解しているようですけれど、幼い頃からわたしは斯うしたことにはとても敏感だったのですよ」
「はあ……」
 メイメイはぴるぴると羊の耳を揺れ動かした。じっと見詰めてくる瑞神の瞳は拗ねた気配が宿されている。そうしていても可愛らしいものだと感じてしまうのが困ったものである。
 幼い少年の姿をとった神霊は「でぇと、を致しましょう」と晴れやかに言った。予想は当たっていた。だから晴明は困った顔をして口を噤んでいたのだ。
「ええと、デート、ですか?」
「はい。わたしは神霊なのです」
「はい」
「ですから……メイメイはわたしのものでしょう」
 メイメイははた、と瑞神を見た。彼女は神様だ。故にその在り方自体がそもそも人智を超えるのだ。だからこそ、所有物を横取りされた気持ちになったとでも言うところだろうか。
 晴明との事は認めるが其れは其れとして己の所有物友人を盗られたと認識したが故に、本日は独り占めがしたいと云う事なのだろう。
「だめ、ですか?」
「だめ、ではないです、よ」
 腕にぎゅっと抱き着いて困った顔をしてみせた瑞神にその状況で否定など出来るものかとメイメイは頭を抱えてしまったのであった。

 何故少年の姿をしていたのかと問えば晴明への意地悪なのだと瑞神は言った。向かう場所は近しい場所であるが、そこまで行くだけならば少し勿体ないのだと団子を食べにやってきたのだ。
 脚をぶらぶらと揺らしながら椅子に腰掛ける瑞神は団子を頬張ってから「そもそも、あの子は油断をしているのですよ」と唇を尖らせる。
「油断、ですか?」
「ええ。獄人である以上、他者から向けられる感情に対して疑りを持つのは当たり前のことです。
 あの子にはそうあるようにと躾を施していますし、メイメイを疑っていたのではないのです。ただ、わたしたちが身を守る術としてあの子に与えただけなのですよ」
「……はい。獄人は……いえ、鬼人種であれば、仕方が無い、事かと」
「分かって下さるのならば良いのです。だからこそ、あの子が受け入れることを、怖れたのです。
 ですけれど、何時までもメイメイが此方を見て居てくれること何てないやもしれませんでしょう? 他の誰かを愛するかも知れない。
 臆病なままではなりませんよ、とわたしが身を持って示したのですよ」
「……はい」
「というのが半分程度の理由なのです。あと少し、先程の理由の通り。
 わたくしは神様ですから、所有物と認識したものを誰ぞに盗られるのはこのまぬのです。賀澄も晴明も、勿論、あなたも」
 大人びた笑みを向ける瑞神にメイメイは「はい」と応えながらも視線を逸らした。どこか、浮世離れした微笑みを持った神霊に心がざわついたのだ。
 その瞳に宿された気配は異様な空気があった。それが神霊だからだと言われれば納得も出来る。
 在り方が人と違うからこそ、自らのテリトリーに何者かを入れる事を拒む者もいるとされているのだ。瑞神の場合は加護を与える事が自らの所有物と認識する独占欲のようなものなのだろう。
 神にしては緩い縛りであり、当人が拗ねる程度で済むからこそ長らくこの地の守護者として降臨しているのだろうが――
「だから、いじわるに男の子なのです。メイメイは、わたしが少年の姿だと、お好きでしょう?」
「えっ」
「みすずのことは、お嫌いですか?」
「い、いえ」
 首を振ったメイメイにそうしょうとも、と瑞神――は満足げに頷いた。
「晴明が油断をしたらみすずが奪いにまいりましょうとも。安心なさってくださいね」
「そ、それは……安心、できる、のでしょうか……?」
「あら。大丈夫ですよ。晴明は石橋を叩き続けるタイプですけれど、愛情は本物です。
 そうでなくては、賀澄にだってとっとと愛想を尽かして中務卿など止めているでしょうから。あの子は本当に愛情深くて、臆病ですもの」
「はい……」
「敵に塩を送った感じですね。困ったものです。あの子もわたしにとっては愛おしい子供なのですから」
 みすずは脚をぶらぶらとさせてまたも団子を食べた。健啖な様子の神霊は「これは包んで持ち帰りましょう、賀澄が喜びます」と頷く。
 嬉しそうな瑞神の背中にメイメイは「みすずさま」と呼び掛けた。
「どうかなさいましたか? メイメイ」
「その……香木について、お聞きしても、よろしいですか?」
「ふふ、お見通しですね。ぐらおくろーね、というものにちよこれいとを贈るのでしょう?
 ですが、わたしには馴染みも余りありません。自らが知らぬものを贈るのも気が引けてしまいます。
 ですから……賀澄という無茶をしがちなあの子に、わたしの香りを授けたいのです。あの子はね、このような国に収まる子ではないのですよ」
 店主に団子を包んで貰ってからみすずは行く。その背について行きながらメイメイは相づちだけを打っていた。
「もしも、この国にやってこなかったなら、あの子はメイメイと同じように冒険したでしょう。
 異世界を楽しむだけの度量があるのです。帝にまでなってしまうだけの器量もあったのですから。ですから……わたしは、すこし心苦しいのです」
「心苦しい、……ですか?」
「ええ。わたしが加護を与えず、あの子を自由にしていれば帝にならず、メイメイ達が訪れた時に広い世界に行くことがあったのではないか、と。
 ですからね、広い世界にあの子が飛び出して、援軍としてその命を削りながら闘うというならばわたしは許容するのですよ」
「で、ですが、賀澄さまは、……この国の……」
「ええ。普通はそうでしょう? だから、わたしの気負う理由でもあった。
 ……だから、約束を。せめて、わたしの心を傍に置いておきたいのです。
 この話がしたかったのもお出かけの理由なのですよ。晴明に言えば『ならば、賀澄殿を止める理由などありますまい』とか言い出すでしょう。真面目な子ですものね。
 あの子はお守りをして貰わねばなりませんもの。ふふ、いじわるの続行です。みすずは、メイメイとはお友達ですからこっそりと伝えたのですよ」
 悪戯めいて、そうやって笑ったみすずにメイメイは「なら、一番に、素敵な香りを選びましょう、ね」と微笑んだ。
 みすずが香り袋を作り、それも賀澄に持たせるのだと告げれば、メイメイは「まるで、お母様、です」とぱちくりと瞬くのだ。
 きっと、そうあらんとして居るのだろう。その香りを伴って、遠い地を少年のように駆けて行く彼をこの神霊は愛しているのだから。


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