PandoraPartyProject

SS詳細

祭司長の穏やかなる朝

たそかれ。

登場人物一覧

ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
カタラァナ=コン=モスカの関係者
→ イラスト

 ネオ・フロンティア海洋王国。絶望の青に隣接する諸島を領土とする海洋国家の中でも絶望の青に隣接する辺境伯コン=モスカ。貴族としても、そして独特の宗教観を有する事での『旅人』への祈祷などでも大忙しのクレマァダ=コン=モスカ祭司祭の朝は早い。
 それは祭司長としてでもあり、海洋貴族としてでもある。
 いわば中間管理職であるクレマァダの立場は、胃を痛め続けるようなものでもあり、多忙に多忙を重ね、暇をも感じさせぬほどに激動と激務に満ち溢れ、多忙という言葉を極めている状況なのだ。
 さて、穏やかな朝日を受け止め、朝食が終わったならば積み重なったスケジュールを端から片していかねばならないクレマァダが侍女の淹れた紅茶から口を離したとき、ばたんと大きな音がした。
「お待ちください」と慌てる侍女の声がしてクレマァダは嫌な気配がした。
 気のせいだとそれを『なかったこと』にすることは容易でなく背筋に何らかの嫌な気配まで感じる。ぶるりと悪寒が走ったのは決して今から起こることを想像してのことではない。体調が悪いのだ。そうだ、きっと、そう――「祭司長は本日もご多忙です!」「お待ちください!」
 聞こえるその声に、体調不良だとかなんだとか言う言い訳では決して退けられない脅威が差し迫っていることを感じた。
 ああ、そうだ。アポなしでクレマァダの予定を変化させ割り込んでこれる人間はこの世界に三人しかいないのだ。
 それは、海洋の女王、モスカの家長、そして――「お待ちください」なんて言葉を侍女に告げられる『彼女』だけだ。
 クレマァダの予想通り『自分と同じ顔をした彼女』が快活な笑みを浮かべて手にはしっかりと本を握りしめている。
「おはよう」
「……お早う」
 朝の挨拶をされてしまえば「どうしてここに」「何をしに来た」と問う前に反射で返すのは育ちの良さとでもいう所だろうか。クレマァダはこの時点でバツが悪い表情を見せた。挨拶を返してしまってはすっかりとカタラァナのペースに飲まれてしまっていると言えるのではないだろうか。
「で、お話があるんだけど」
 ずい、と距離を詰めたカタラァナ。その表情はいつもと同じ笑顔である。そう、いつもと同じなのである。
 相変わらずの調子のかたわれは本を手にしている。それがコン=モスカの秘術を示した魔術書や帝王学を学ぶものであれば、クレマァダも視たことはあるが、どうにもコミックタッチの表紙のその本はクレマァダには見慣れないものだ。
「それは――?」
「あ、そうそう。ねえねえ、お姉ちゃんこないだこんな本見せてもらったんだけどこれどう思う?」
 それを見てからギョッとした。カタラァナは普段の通りなのではあるが、クレマァダは思わず視線をあっちらこっちらさせてから――「知らん」とだけ返して足早に食堂を後にする。
 それを許すカタラァナではないのだ。足早に去ろうとする彼女を追いかける。その足がどこに向かっているかを知っているというのもあるのだろう。流石はかたわれ、言葉なくとも何となく考えている事は分かるのだ。
 コン=モスカの聖堂に滑り込んで、クレマァダはここに来たならばかたわれもふざけたことを――あんな、イルカやシャチの様な特徴を持った姉妹(クレマァダにはそう見えた。目が曇っている? うるさい、そういうものを出したやつが悪いのじゃ!)の、『禁断』のらぶらぶでいちゃいちゃで名状しがたき本を――見せてくることはないと思ったのだ。
 だが――カタラァナは「どう?」と何時もの如く首を傾げている。クレマァダは頭痛がした。『くれぐれも実在の人物とは関係ありません』と書かれているその本にクレマァダは唇をひくりとさせた。
「あっちなみに著者はこちらの子だよ僕の友達でねハナちゃんってゆーんだけども」
「……何?」
 クレマァダがぐぐぐ、と顔を動かす。その傍らにはいい笑顔(名状しがたい!)を浮かべたヨハナが立っている。
「へろーっ! じゅてーむっ! はじめましてごきげんようございますっ!
 未来人の傍らカタラァナさんのお友達をやらせていただいていますっ! 著者のヨハナ・ゲールマン・ハラタですっ!」
「……クレマァダ=コン=モスカじゃ」
 挨拶は挨拶を返してしまうのだ。こう言ってしまうと『アホ』なのは双子揃ってなのかもしれないのだが……。クレマァダは挨拶されたらきちんと丁寧にあいさつを返してしまう己を呪いながらふい、と視線を逸らしたのだ。
「ハナちゃんもいろいろと考えて作ってくれててね、すごいと思わない?」
「そうっ! そうなんですっ!
 いやー、印刷所に行かなくちゃいけないというのも中々骨が折れますねっ! 締め切りに追われるっていのは恐ろしいものでっ! しかし、新刊を用意できたのもカタラァナさんの助力(ネタだし)のおかげっ! お礼を兼ねて伺うといえばこの未来人も黙っていられませんからねっ!」
「そ、そうなんじゃな。うむ、聞いたぞ。帰るが良い」
 ひらりと手を払ったクレマァダに「カエル? ああ、ケロケロって鳴くあいつですね!」とヨハナがからからと笑う。
「カエル、うん。歌があるね。カエルの歌声は素晴らしいと思う。
 あれ? ハナちゃん。そういう話、既刊の中になかったっけ? あれ、折角だから僕(クレマァダ)にも見せてあげたいな。うん」
「ああ、ありましたねっ! えーとっ! 未来人のアーカイブ的にはっ!
 持ってこれますよっ! ちょっと待ってくださいねっ! うんうん、これかなっ!」
 待て、という言葉は飲み込まれた。クレマァダがそう言う前にカタラァナとヨハナの中では話が進んで行っているのだ。
「それで、一緒に読む? うん、僕(クレマァダ)と一緒に本を読むなんていつ振りだったかな。寝る時は『しんじゅひめ』って絵本を読んでほしいっていつも言ってたよね」
「記憶にないのじゃ」
 ぷい、と顔を逸らしたクレマァダにカタラァナは「絵本の内容憶えてないの?」と首を傾ぐ。そういう意味ではと噛み付きかけてからクレマァダが小さく咳払い。
「おやおやおやっ? おーやおやおやっ! なぁるほどっ! 照れてますかっ!
 うんうん、このヨハナの目はごまかせませんーっ! 照れてですね!っ」
「て、照れてなど――!」
「照れてないっていうんですかっ!? それでっ!?」
 ぐぬぬ、と言った。あからさまな程に悔しげであったクレマァダにカタラァナもヨハナも構う事無くマイペースに話を続けて言っている。
「そ、それは兎も角……そう言った本を読む趣味は持ち合わせておらんのじゃ。
 妾は儀式に忙しい。そろそろ帰ってはくれんか。皆も困っておるじゃろう?」
「……そっか」
 やけに聞き分けの良いカタラァナにクレマァダはぎょっとした。彼女のことだからヨハナと帰らないと返してくると思ったのに――予想と違えてしまえば具合が悪い。思わず息を呑んだクレマァダは「ちょ、ちょっとなら読んでも」としどろもどろに吐き出した。
「ややーっ! そういってくれると思っていましたっ! ささ、どれから読みますかっ!?
 未来人としてこの未来は読めてましたのでっ! いろんな本を取り揃えてますよっ!」
「……」
 クレマァダは絶句した。どうして『ちょっとならいい』などといってしまったのだろうと後悔したが後悔先に立たずなのである。一度言った言葉を取り下げるのもクレマァダのプライドに障る。ぐぬぬと唸った後、とりあえず来客用のスペースへと移動するようにヨハナたちを促した。
「適当な紅茶で良いかの」
「うん。僕(クレマァダ)が好きな物はきっと僕も好きだよ」
 謳うように幸福そうにそう言ったカタラァナのその表情にクレマァダはふんと視線を逸らす。
 そんな事は分かっているのだ。元より二人は双子であり、ひとつの命を分けたという認識でクレマァダは居た。役割を与えられた自分たち――その理より、カタラァナを出したのは神の悪戯とも言える『召喚』であり、可能性を帯びたそれがこの閉じた世界から逃げ出すきっかけになっている……筈だったのだ。
 そう思えば、尚更に『彼女がコン=モスカに戻ってきた』ことが面白くなく、『彼女がこれから絶望の青に挑むこと』も面白くなく、『彼女が危険の只中に存在すること』も面白くないのだ。どちらかと言えば、その理よりはなれて『コン=モスカでは得ることが無かったであろう友人』に恵まれていることはクレマァダにとっては喜ばしい。……それが未来人であり、自身らをオマージュしたような同人誌を手にしていたとしても、だ。
「僕(クレマァダ)?」
「いや。紅茶を用意しよう。ご友人殿も?」
「いやだなぁっ! 僭越ながらカタラァナさんの友人ということはっ! 未来人であるヨハナはクレマァダさんの友人であるのではっ!?
 だから、気軽にヨハナとお呼びください! 何なら、ハナちゃんでもオッケーですっ!」
 にんまりと微笑んだ未来人のペースに飲まれそうになってぐぬぬとクレマァダは唸った。ここで、ハナちゃんと呼べば祭司長の威厳(今はもはやあるかわからない)に響く。再度、「ご友人殿」と呼びかけてから、「紅茶にする」と勝手な決定を下せば「ヨハナのことを分かってくれてますねーっ!」と楽しげな返答が帰ってきた。
 全く、疲れるのだ。
 全く……それでも、嫌な気がしないのは、きっと『かたわれが生き生きとしている』と思ってしまったからかもしれない。
「それで、お姉ちゃんと本を読んでくれるのかな。流石に読みもせずに評価を下すなんて酷いことはしないよね。
 折角、著者のハナちゃんも来てるんだし次回作に役立てるためにも何か感想があるとうれしいと思う」
「……その。幸せな話ないのかの」
 クレマァダがぽつりと呟いた言葉にカタラァナとヨハナは顔を見合わせた。
 具体的には、とヨハナが問うたのは単純に次回作の為の参考にしたいという意味だけではない。何か、クレマァダなりに話そうとしてくれているのだろう。
「絶望の青に挑むこととなった『姉』を『妹』が見送る話じゃ。『姉』は無事に青海より帰還してその英雄譚を語り聞かせるのじゃ。案外、海の底には神様なんぞ居らんのかも知れぬし、我等が信ずる神々との対話をしたと語り聞かせてくれるかも知れんぞ」
 ジョークを交えて、少しばかり声を潜めて――ヨハナにだけ聞こえるように声を潜めた場所はきっと、カタラァナは『さあ、どうだろうね。見てなんか居ない。見なければ何も分からないさ』と謳い聴いたか聞こえぬか分からぬ反応をすることだろう――クレマァダはそう言った。ヨハナは「いい話ですねっ!」と楽しげに笑う。
「それってクレマァダさんのお願いってことですかっ? いやー、未来人もがんばらなくっちゃいけませんねっ!」
「ふん。そういうのが書けてこその作家であろう。それとも、そんなものも書けないほどに腐った魚なのかの? それなら、海鳥にも喰われず肥料にでもなるしかあるまいに」
 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いたクレマァダにヨハナは大仰に笑った。「腐った魚ですっ!」とカタラァナを振り向いた。
「そうなの? ハナちゃんって腐ったんだね。ああ、でも其れでいえば僕も『腐って』しまったんだろうか」
 カタラァナのジョークにクレマァダは首を傾げて、もうそろそろ帰れと静かに促した。そろそろ、職務に差し障る。クレマァダのその気持ちを察してか、カタラァナは「うん」と小さく頷いた。
「それじゃ、次回作をお楽しみにね。その時はきっと、読みたくなるよ。僕(クレマァダ)」
 柔らかに、何時もと変わらぬそのかんばせに『常の通りの』表情を乗せたカタラァナにクレマァダは「読むとは限らんぞ」とそっぽを向いた。その様子がどこか嬉しくて――きっと、彼女は読んでくれると、そうカタラァナは感じ取っている――「そうだね、そうだ。読みたくなるだけだもの」と朗々と言った。
 しん、と静まり返った聖堂の中、クレマァダはカタラァナとヨハナが去っていったその場所を見詰めてから目を伏せる。
「……読みたくなれば、よいがの」
「祭司長?」
「あ、ああ……予定を狂わせてすまない。祈祷の時間じゃな」
 ぐったりとした様子で聖堂の椅子に腰かけたクレマァダを気遣うコン=モスカ領の娘たちは彼女がぶつぶつと「何なんじゃ」や「早く帰れと申したろうに」と漏らすその言葉と違い、どこか楽し気な空気――本人に言うととても怒るだろうことだ。秘密にしてほしいが、嬉しそうなのだ――を纏っていることに小さく笑った。
「その前にお茶でも飲んで一息つかれては?」
「……ん。そうしよう。姉(かたわれ)は『ローレット』で息災にやっているのは良き事か悪い事なのか……少なくともあのような本、教育に悪かろうに」
 拗ねたようにそう言ったクレマァダの厳しい言葉の中にはかたわれを気遣うものが潜んでいることに気づいてコン=モスカ領の娘たちはくすくすと笑った。
 そして――穏やかな時が過ぎていく。聖堂の中に煌めく柘榴の様なそれに祈りを捧げる前に、クレマァダは「さて」と立ち上がった。
「干乾びた昆布よりはましなんじゃろうが、まだまだタワケであることには違いあるまい。
 しっかりと祈ってやっておくかの。それも――『コン=モスカ』の務めじゃろう」

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