PandoraPartyProject

SS詳細

幼き日に光を帯びて

登場人物一覧

エルス・ティーネの関係者
→ イラスト

 よう子雨ずーゆうは本を抱えて走り抜けていく。齢7才。まだ幼く、善悪の区別も付かぬ無垢な娘だ。
 子雨が探していたのは幼馴染みで兄のように慕う少年だった。何時もふてくされて傷だらけになって居る2才上の幼馴染みは、更にその兄に当たる少年二人と比べられることに飽き飽きしていたらしい。
「どこー? あーそん」
 こう有存あそんは子雨の声に気付いてから「んだよぉ」と鬱陶しそうに眉を顰めた。
有梛ゆーなママが呼んでたよぉ」
 有梛は有存の母親である。上の兄の有心あしん有末ゆうすえの勉学への付き添いが終ったのだろう。次は有存が学ぶ時間だと言ったか。
 康家は代々は介護や医療を担当する家系である。長兄の有心は秀才であり、介護の心得を胸に薬剤師となることを目指すのだと言った。二男にあたる有末は天才だ。薬学の知識に優れていた兄は見る見るうちに全てを吸収した。
「じん兄とすえ兄はお勉強終ったって」
 唇をつんと尖らせた有存は「知らない」とごろりと原っぱに転がった。「ずうは何時も楽しそうでいいよなあ」と有存はぼやく。
 年の離れた兄達は勉学に優れている以上に人徳に厚かった。帯する有存が落ちこぼれと言われるのもそうした所なのだろう。
 まだ9つだ。だが、立派に学び、人々の役に立とうとする兄達は眩い光の下に居るからこそ簡単に比べられる。有存は物心付いた頃からそうだった。
 母である有梛は医術士だった。父の末順まおしゅんは医学には何ら関係の無い婿養子であり、体を動かすことに優れていた。
 どちらかと言えば父に似たのだと有存は認識している。母の持った知識も、その頭脳も有存は全く以て持ち合わせては居ないものであったからだ。
「どーせなら、とーちゃんと稽古したい」
「あそん、棒術苦手じゃない」
「ずうはいつもおれに文句ばっか言う」
「あ、また、おれっていった。だめなんだよ。おれっていったら」
 頬を膨らます子雨は小さなお母さんのように振る舞った。それら全てが有存の母の真似なのだから救われない。
 もう少しおしとやかな女の子になってくれれば、こうして追い回されることも無かったのに。そんなことを考えてから「ばーか」と有存は子雨の額を叩いた。
「ひどい。傷が残ったらお嫁さんに貰って貰いますからね! 約束だよ!」
「誰の真似だよ」
「有梛ママだよ」
 貰い手がなかったら、なんて言ったのかよと有存はぼやいてから「気が向いたらなあ」と返した。


PAGETOPPAGEBOTTOM