PandoraPartyProject

SS詳細

春めく

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル

 四季折々、廻る景色を共に見たい。春夏秋冬ひととせを共に過ごすことが出来たならばミゼラブルにとってはそれだけで僥倖だった。
 喩え彼女の隣に居るのが自分でなくとも、笑いながら幸せに暮らしてくれればそれだけで十分だったのだ。解けてしまった靴紐を丁寧に結ぶように、ただ一時に立ち止まっただけで合ったのかもしれないけれど。
 鮮烈な光と出会ったわけでもなく、ただ、ただ、在り様だけを愛おしいと感じてしまったのだ。その感情に名前を付けることはしない。
 ミゼラブルの――ミザリィ・メルヒェンの感情こころとは、読み手によって大きく変化するものであったから。

「みゃーこ」
 呼び掛ければ灰色の髪の娘は「はあい」と軽く返した。言葉は返されたが視線は交されない。どうやらその瞳を奪っているのは新手の文書のようだった。
 女子大生と銘打てば「ちょっと素敵な立場でしょう」などと軽やかに笑う彼女は春が来るのを前にして懸命に課題レポートの提出を行って居るのだそうだ。
 学部の先輩であった葛籠双子は「あんまりアテにならない」と彼女は言った。澄原水夜子は澄原を名乗って居る。そして、助手としてサポートを行なう相手が澄原の才媛なのだ。
 従姉が男であったならば自身は婚姻の道具だっただろうと従妹でありながら口にする彼女は父が望んだ在り方のために邁進してきた。
 そのクセは抜けず、未だに良い成績を取り、素晴らしい存在であることを課題の評定の中で知らしめておきたいのだろう。
「何か飲みますか?」
「んー、カフェオレがいいです」
「ミルクは多めですね」
「はい。そんな気分ですね、良く分かりましたねえ」
 水夜子がにんまりと笑えば「勘です」とミザリィは返す。明るく笑う彼女の傍には菓子とカフェオレを用意しておこうか。
 レポートの為に小さなノートパソコンと睨めっこを続ける水夜子がうぐうぐと唸っている。呈茶を行なってから自分用の珈琲を置いたのは何となくだった。
 水夜子が自身が飲み物を飲むときは一緒に飲みましょうと誘うからこそ、それが癖付いた気がしている。ミザリィが隣に腰を下ろせば水夜子は嬉しそうに笑うのだ。
「では、休憩をします」
「はい。どうぞ」
 ミザリィは包み紙に包まれ居たチョコレートを取り出してからそっと差し出してみる。水夜子があーんと大きな口を開けてから、その口腔にぽいと放り込んだ。
「あ、莓味」
 嬉しそうに笑った水夜子は「ミザリィさんも食べます?」と問い掛ける。手で遊び続ければ溶けてしまうと注意をすれば「それもそうですよねえ」と水夜子は幼い子供の様に呟くのだ。
「あーん、してあげましょうか?」
「その前にみゃーこが食べてしまいそうですけれど」
「そうなんですよね。これ、結構美味しくって」
 チョコレートをまたも口の中に放り込んでから水夜子は「良いお味ですよね、これ」と頷いた。課題をして居れば太ったばかりだと呟く女子高生に「おやつは出さないようにしますか」とミザリィは問うた。
 それはとんでもないと言いたげな顔をして文献の山をそそくさとよけた水夜子は「ここに置いて頂いた物だけにします」と我慢をしていますと言う文字列を顔面に貼り付けた。
 さて、困ったものだなとミザリィがチョコレートを一粒置けば苦しそうな顔をする。もうひとつ、あとひとつ。山のように置いてしまえばきっと我慢も意味が無くなるのだ。
「……みゃーこ」
「大目に見て下さい」
 あまりに困った顔をしたミザリィに水夜子は小さく笑った。お腹が空いて堪らないのだと文献とノートパソコンを指差した彼女は実に子供っぽく見えた。
「こんなにのんびりしていられるのだって今だけですよ」
「……そうですね」
 世界は大きく変化をしていくから。当たり前の日常だって、中々共に過ごす事が出来なくなってしまうのだろう。
 困った顔をしたミザリィに水夜子は「でも、それを守るのがお仕事ですしねえ」と言う。
「ミゼラブル」
 ふと、そう呼ばれてからミザリィは驚いたように顔を上げた。真名を明かしたが彼女は変わらずミザリィさん、と。そう呼んでいた筈だ。
「此れから大変な事が多くなりますねえ。練達だって、その外側ではありませんし……私も色々と駆り出される可能性はありますし。
 ですからね、一緒に頑張らねばなりませんね。同じ戦場にいけなくったって、私も頑張りますし、ミゼラブルも頑張って下さいね」
「……唐突ですね?」
「そりゃ、四季折々を一緒に見るという約束をしましたから。そのお約束を守って頂かなければ寂しいではありませんか。
 春は、全てが終わったら桜でも見に行きましょうか。お弁当を作って頂いても?」
「はい。からあげを入れましょうか。卵焼きは、お出汁の味がした方がよいですね」
「よくご存じで」
 水夜子は嬉しそうに笑ってから「それでは、先ずはレポートという敵を打ち倒してきますね」とまたもノートパソコンと文字の世界に没頭していった。


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