PandoraPartyProject

SS詳細

この先もずっと、大切なあなたと

登場人物一覧

フーガ・リリオ(p3p010595)
青薔薇救護隊
佐倉・望乃(p3p010720)
貴方を護る紅薔薇

 ぽろん、ぽろぽろん。リュートの音が、部屋に響いている。弦は弾かれる度に優しく穏やかな音を鳴らし、おっかなびっくりそれに触れている望乃の指に、身体に静かに響いていく。

「どうだい?」

 フーガの問いに、望乃は「楽しいです」と答える。慣れない楽器を扱うのは難しいけれど、自分がこの音色を奏でているのだと思うと不思議な高揚があって、もっと色々な音を鳴らしてみたくなる。

 リュートの持ち方はこう、手の置き方はこう。見様見真似でやっていた望乃の手を、フーガが後ろから支える。良い調子と言って褒めてくれるフーガの声の優しさに望乃はほっとして、フーガに寄り掛かった。背中が、彼の胸に触れる。

 どうしたのかと尋ねるフーガに何でもないと答えて、しばらくリュートの練習を続けた。優しい音色がもっと上手に奏でられるようにと、部屋に残り続けるようにと、小さな願いを籠めて。

 望乃のリュートの練習がひと段落してから、フーガは望乃に歌を教わる。望乃のよく知る歌を歌う彼女の声は柔らかく伸びやかで、耳をそっとくすぐる。その心地良さに身を寄せて、望乃の歌に合わせて、フーガも声をのせる。
 歌は、望乃のおかげで怖くなくなった。歌い始める時に、声が震えることもなくなった。望乃の優しい声に包まれて、そこに含まれた温もりを感じるたびに胸から痛みが引き抜かれていって、彼女と共に歌いたいと、心から思えるようになったのだ。

 リズムは望乃に合わせて、自然と覚えられた。音の高さは望乃とは違うけれど、彼女が合唱みたいだと喜んでくれたから、心がふわりふわりと浮き上がってくる。

 この穏やかな時間がずっと続いてほしいと、フーガは心から思う。望乃の好きなものに触れて、それに自分も心を傾けて。静かに静かに、時が流れていく。それが貴重なことなのだと、分かっている。

 先日、ある友人に「もし世界が滅んだらどうしたい?」と聞かれたのだ。死というものは近づいては離れてと何度も繰り返していくし、滅びというものから目を逸らせない日々を過ごしている。だからその質問は「もしもの想像」ではないのだ。望乃ならどう答えるのだろう、聞いてみたいとは考えては、喉元に浮かび上がった問いを飲み込む。
 聞けば、穏やかで温かな光景に亀裂を入れてしまいそうだった。一度割れた硝子が元に戻らないように、壊れた日常も戻らない。「世界が滅びる寸前でもいつも通り穏やかに」なんていうフーガの願いは叶わなくなる。だからフーガは、投げかけたい言葉の代わりに、ささやかな約束を口にするのだ。

「この先、どうなってもずっと一緒だぞ」

 フーガの言葉に、望乃はふっと表情を綻ばせた。
 お互いに得意なことを教え合う時間の穏やかさを感じていると、世界に滅びの危機が迫っているなんて忘れてしまいそうになる。それくらいこの時間は、世界から切り離されたように落ち着いた温もりがあって、愛おしいのだ。

 永遠なんてものは存在しない。必ず全てのものには終わりが訪れる。この時間にも、この命にも、この世界にもそれは当て嵌まってしまうと分かるから、一つひとつに向けた愛おしさが尚更特別に思えて、胸が締め付けられるような想いがするのだ。

 この一瞬、一瞬を。大切なあなたと、大切に生きていたい。抱えたものを零さないように包み込んで、望乃は微笑む。その慈しみを、確かにフーガに向けて。

「ええ、もちろん。ずっと、ずっと、あなたと一緒に」

 願いは二人の中で繋がる。そう分かったから、自然とお互いの手を取り合っていて、指を絡めていた。その温もりにフーガはほっとして、望乃は優しい気持ちになって、小さな声で笑う。近づいた唇の柔らかさに、真っすぐな幸せを感じた。

「明日はいっちょストリートライブでもするかい?」

 いつものような明るさで、いつものような誘いを。だけどその言葉も、奏でる音楽もとても大切なものだ。

「ストリートライブ、良いですね! どの曲にしましょうか?」

 約束の言葉に、望乃はいつものように頷く。その普段通りがどれだけ尊いものなのかを噛み締めて、いつものように微笑む。明日もフーガと望乃の大事な音楽が、この世界に響くことを祈って、使い込んだ楽譜を手に取る。

 次は黄金の百合と一緒にやろっか。フーガがそう明るく笑うから、望乃は彼の演奏が活きる曲を探したくなった。

「わたし、この曲好きなのです」

 呟く望乃に寄り添うように、フーガが楽譜を覗き込む。この曲にしようかと返して、フーガは望乃の手に自分の手を重ねた。この幸せを、決して離さないように。

おまけSS『穏やかな時間』

 翌日はよく晴れていた。透き通るような青い空と、ところどころに浮かんだ雲。綿菓子のようにふわふわとしているそれが、穏やかに上空を流れていく。その様子を見ながら、フーガはついつい平和だと思ってしまう。
 望乃が側にいると、ほっとする。ひとりでいる時よりもずっと、いつもと同じ変わらない日々が大切なのだと感じられて、これがささやかな幸せなのかと思う。

 フーガの隣を歩く望乃は、時折鼻歌を歌っている。最近流行りの歌で、その曲の持つ明るくて優しい力強さが望乃は好きだった。フーガを思い出すからだ。
 鼻歌に合わせて、くるりくるり。スカートが翻る。近くにいるのはフーガだけだから、恥ずかしいことなんかない。曲に合わせてくるりと回って、再びフーガの横に立つ。近づいた太陽の温もりに、静かに微笑む。こんな何気ない時間が大切だと、心から思う。

 ストリートライブをしようと決めていた場所まで、あと少し。そこまで手を繋いでいたいと、手を差し出したのは二人とも同じ時で、自然と笑みが零れた。


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