PandoraPartyProject

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指切り

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焔心(p3n000304)
九皐会


かしらふみが届いてますよ」
 雪になりきれない中途半端な霙が、雨樋を伝ってポタポタと音をたてていた。
 魔種となってから寒さに強くなったこの身に如月の寒さは堪えぬが、炭がパチパチと爆ぜる火鉢の傍で寝転がるひとときというものが嫌いではない男は、火鉢の前を陣取って。「あ゛ァ?」と出た低い声にも怯えぬ慣れた手下が近寄り、片膝を立てて横向きに転がった男の前へと置いた。
「いらねェ……ってなんだ、文だけじゃあねェのか」
 折って結ばれた文と小さな小箱を置いた手下は「頭がいらなくとも勝手に捨てられませんぜ」と苦笑しながら離れたいく。男に断り無く文を読むわけにもいかぬし、勝手に必要か不要かを決める訳にもいかない。大層気分屋のこの上役に『前回捨てろと言っていたから』と捨て、斬り捨てられた者も少なくはない。
 面倒くさそうに伸びた爪の先で箱を結ぶ紐を摘んでほどけば、懐紙に包まれた何かが鎮座していて。
 箱をひっくり返せば懐紙からは――ころんと見知らぬ女の小指約束の証が転がった。
 蓋が開かぬように結ばれた赤い紐は臍の緒でも意味していたのか。
 雑に考えるが、知ったことではない。

 ――愛しとるんよ。

 ――ねえ、わっちの旦那になって。

 気まぐれに抱いた女たちは、みな同じようなことを言う。
 見請けされたい一心なのか、本心からなのか。そんなことはどうでもいいし、興味もない。
ごみを送り付けてくんじゃねェ」
 男はつまみあげたそれをポイと投げ捨てた。
 燃え尽きた灰燼にも似た曇天と心寂うらさびれた霙の降る中放物線を綺麗に描いたそれは、愛を誓って絡められることもなければ、愛のような柔らかな白雪に受け止められることもない。中途半端な水と氷が混ざりあったものの中に落ち、ぐちゃりと虚しい音をたてた。この寒さの中でも餌を探し回らねば生きられぬ肋骨の浮いた野犬が音を聞きつけすぐさま駆けてきて、ぱくりと咥えて持ち去っていく。
『愛』とやらの行き着いた先に、男の口角が上がった。
「ははァ」
「頭、どうしたんですか? 何か良いことでも?」
「少しなァ」
 怪訝そうな顔をする手下に「宴会でもするかァ」と新しい酒と肴を持って来いと命じれば、「寒いので熱燗にしやしょう」と同伴に預かれる手下が笑顔となった。
 ――恋だ約束だなんだとこんなもので、腹を満たせるのは犬くらいだ。
 チラチラと降る霙はいずれ雪になり、いくつもの約束を消すのだろう。


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