PandoraPartyProject

SS詳細

キミのぬくもりに

登場人物一覧

ムラデン(p3n000334)
レグルス
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 ヘスペリデスにも雪は降るようで、ムラデンは不格好ながら作り上げられた『竜製の家』の窓から外を見上げていた。
 復興に際し、ムラデンの家は『人間の意見と技術』を存分に受け入れていたため、かつての竜のそれに比べて幾分も近代的である。といっても、材料の問題もあるので、効果で豪華なそれができたわけではない。
 とはいえ、ニンゲンが入り込んで休んでも問題ない程度には、整った家ができたのは事実だ。ムラデンの本宅はピュニシオンの森のザビアボロス一族の領域にもあるのだが、そちらは人間が休むには全く適していないので、ムラデンは最近は特に、こちらの、ヘスペリデスの家にいることが多い。
 さて、雪である。外はもうすっかり暮れていて、月もだいぶその位置で深夜であることを主張しているような時間帯だった。ムラデンはパジャマを(『普段は裸で寝てるけど』っていったら妙見子に押し付けられた奴だ)に着替えて、ストイシャが言うところの「落ち着くココア」を入れて寝室へとやってきていた。
「寂しくなかった?」
 からかう様に言うムラデンに、ベッドの上で寝間着に身を包んだ妙見子は、少し寂し気に応えてやった。
「少し……」
「ま、まじめに答えるなよ……」
 こほん、と咳払いして、テーブルの上にココアを置く。妙見子が上体を起こして、それを受け取った。
「なんか、あったかいの飲むと落ち着くんだってさ。ストイシャが言ってたけど」
「ありがとう、ムラデン」
 微笑んで、妙見子がそれを一口、口にする。あたたかなそれは、彼の心のぬくもりのようにも思える。熱いけれど、優しくて、穏やかだ。
「ムラデンみたいですね」
「……さすがによくわからない」
 苦笑するムラデンが、椅子に腰かけた。

 妙見子がねむれなくなったときに、ムラデンのもとを訪れるようになったのはいつ頃だっただろうか。なんだかずいぶん前のような気もするし、つい最近のような気もする。つまり今となっては『当たり前のように』やってきているわけで、ムラデンも特に気にせず受け入れいてた。
 ムラデンにしてみれば、『お気に入り』の人間である妙見子を拒否する理由は特になかった。『お気に入り』であるがゆえに。また、ニンゲンの機微にも少々疎いところも、彼にこのような『距離感バグ』を起こさせる理由だったのだがさておき。まぁ、確かに付き合っていない(この添い寝の習慣が始まったときは、まだ付き合っていないのである!)時期にこんなことをし始めたのは、なんというか、相手がドラゴンでよかったな妙見子という感じでもある。
 いずれにせよ、彼らはちょいちょい、お泊りデート(といっていいだろう、もう)をしていたし、眠れない夜にはこうして二人で『健全に』夜を共にした。注意を蒸し返すようだが、一緒に添い寝してるだけで本当に健全なので邪推はしないでもらいたい。
 まぁ、妙見子にしてみても、本当に心が弱ったときにしか彼のもとを訪れなかったわけなので、特筆すべき他意はない。逆を言えば、それほどまでに自分をさらけ出せるような相手もムラデンしかいない以上、それもまたやむを得ないことだったのかもしれない。人の心は、ただ強いだけではいられないのである。
 状況を簡単に解説すればそういうことで、つまり今日もまた、妙見子はムラデンのもとに、おずおずと添い寝にやってきて、ムラデンはそれを当たり前のように受け入れたということになる。
 二人でココアを飲んで、心を少し落ち着けて。妙見子がゆっくりとベッドにもぐりこむと、背中合わせになるように、ムラデンがベッドに入り込んだ。
「なんかさ」
 ムラデンが言う。
「普段より落ち込んでるだろ。前に、話したこと?」
 そう、尋ねた。背中越しに、彼のぬくもりを感じられた。妙見子が少しだけ体を丸めるようにした。何かから身を護るようなかっこう。
「……わかります?」
「そりゃ。普段より露骨に弱ってる」
「わかっちゃうんだ」
 ふふ、と、妙見子は笑った。
「言いたくないならいいけど。
 でも、僕は。なんか、力になれたらいいな、って思う」
 だから、聞かせてほしい、とは言葉にしなかった。その位の機微はムラデンもわかっていたし、だからこそ妙見子も、それに甘えそうになった。
「……好きな人が、いまして」
「へぇ」
 少しだけ気にしたように言ったのを、妙見子は気づいた。
「……なんて、言うんでしょうね。
 フラれた、というのも違います。
 きっとあの方は、そんな風にしたことを、『思ってもいない』」
 だから、悲しい。
「ずっと、あの人は、私をきっと、『そういうもの』とは見ていなかったのでしょう。
 私も、それに気づいたんです」
 だから。
「伸ばした手を、ひっこめたんです。
 それだけ、です」
 はう、と息を吐いてみれば、妙見子はもう少しだけ、ベッドの上で丸まった。
「たみこが、そうするんなら、きっと、辛かったんだろうな」
 ムラデンが言った。
「僕にその気持ちは解んないけど。
 誰かに伸ばした手が、届かないんだと気づかされたら――。
 いや、だろうな」
 ムラデンが、背中合わせに、右手を差し出した。妙見子が、少しだけ驚いたようにしてから、左手を差し出す。少し窮屈な格好だったけど、その手とその手が重なった。
「うん。やっぱ、繋がったほうがいいよ」
 ムラデンが、そういった。わずかに、こわばった体が、ほぐれるような気がした。妙見子の丸まっていたからだが、ゆっくりと、伸びていくのを感じた。
「ま。なんでも、思い通りにはいかないね。知ってたけど」
「でも、私は……ずっと、それを理解していたんです。
 あなたに会う前から、きっと。
 だから、私はたぶん、ずっと宙ぶらりんだった。
 ……言い訳に聞こえると思います。
 誰かにフラれてすぐ乗り換えた、なんて思われるかもしれません。
 でも、私は本気です」
「何が?」
「あなたと共に生きることに、です」
 そう、妙見子は言った。今度は、体を丸めることはなかった。
 ムラデンは、手を伸ばしてくれたじゃないか。
 それをいま、握ったばかりじゃないか。
 だったら――。
「私は、ほかの誰かよりずっとずっと長生きします。
 もう、誰かを置いていくなんてことはありません。
 ……元の世界に帰るつもりもないんです。
 この世界で、貴方と生きていきたいから」
「……」
 ムラデンは、答えない。少しだけ、体を丸めたような感覚が、妙見子にも伝わった。ああ、それだったら、今度は私が手を伸ばしてあげないと。妙見子は、繋がっていた手を、ぎゅ、と握りしめた。
「この世界で、大切なものがいっぱいできたんです。
 それは、貴方も、ストイシャ様も、ザビーネ様も……貴方の、家族もそうです。
 私は、この世界を守ります。必ず。貴方も、貴方の、家族も、です」
「生意気だな」
 ムラデンが、ふふ、と笑った。わずかに、その体から力が抜けたのを、妙見子は気づいた。
「僕はドラゴンだぞ。僕のほうが守る側だね」
「ええ。だとしても、私も、貴方を守らせてください」
 ぎゅ、と手を握る。また少し、ムラデンの体から力がほぐれた。
「……私が。神が死ぬときは、人に信仰を忘れ去られたとき。
 私を信じてくれる誰かが、最期の一人までいなくなった、その時です。
 貴方は、私を信じてくれるのでしょう?
 ならば、貴方が死ぬ最期の時まで、私は私であり続けます。だって、貴方が信じてくれるのですから。
 そしてきっと、貴方を失ったときに、ようやくに私も失われるのです。
 ……ええと。すっごく恥ずかしいことを、すっごくかみ砕いて言いますけれど。

 死ぬときは、一緒です。

 私とともに生き、私とともに眠ってください。

 私の……これは、偽りない、本心です」
 そう、静かに。
 そう、言葉を紡いだ。
 そう、心を紡いだ。
 その、ぬくもりは、多分、先ほどのココアなんかよりずっと優しく、柔らかで。
 ゆっくりと、ムラデンの体から力が抜けていくのが分かった。その代わりに、つないだ手が、ぎゅっ、と握られた。
「……馬鹿だな」
 ムラデンが、やわらかく笑った。
「ドラゴンはさ、一度言ったことを取り消したりさせないよ」
「わかってますよ」
「あと……けっこう僕は、独占欲強いかもしれない」
「ふふ、知ってますよ」
「あとは……」
 ムラデンはそういうと、
「ごめん、ちょっとだけ、手を放して」
 そういうのへ、妙見子はつながった手の力を抜いた。それから、ゆっくりとムラデンが向き直るのを背中で感じると、次の時には、ムラデンが背中から、妙見子を、ぎゅう、と抱きしめていた。


「……いつだったかにもやられたから。おかえし」
 ぎゅ、とムラデンが妙見子を抱きしめる。
「……離さないからな」
 気恥ずかし気に、ふてくされたみたいな声色でそういうムラデンに、
「ええ、私も」
 そう、妙見子は答えて、ムラデンの両手に手を重ねた。
 暖かなそれが、心も体も解きほぐしてくれるような気持がした。多分、もう体を丸めて眠るようなことはないのだと、そう思った。
「……結構ドキドキするかも」
「結構ドキドキしますね」
「眠れないかもしれない」
「そうしたら、朝までお話ししましょうか」
「そうする? 寝落ちするなよな」
「ふふ、どうでしょう」
「先に寝たら怒るからな」
「亭主関白って奴ですか? あらあら?」
「……いいよ、今日は許してやる」
 ぎゅ、と抱きしめられるのを、妙見子は感じていた。
 それから、しばらく、他愛のない言葉の紡ぎあいが続いたのちに、どちらともなく、穏やかな寝息を立て始めていた。
 ベッドの中の二人は、おたがいの暖かなぬくもりの内に、きっと幸福な夢を見たのだろう。
 その夢が、きっと現実になればいいと、起きた時にそう思うのかもしれない。
 今はただ、しんしんとつもる雪が、そんな二人を世界から覆い隠して、二人だけの時間と場所を作り上げるのみだった。


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