PandoraPartyProject

SS詳細

私もなのだわ……

登場人物一覧

レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)
蒼剣
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人

●優しく強く
 極些細な変化というものを見つける事は難しい。
 取り分け、変化の持ち主が他人に裏をめくらせたがらない――実に慎重な男ならば尚の事である。
 とは言え、華蓮・ナーサリー・瑞稀の可憐な美貌がこの所、複雑な色を帯びているのは『めくれないから』では無かった。
 彼女からすれば誰よりも気に掛かる大切な人は、他ならぬ華蓮にも変化を簡単に気取らせるようなタイプでは無かったからだ。
 ……些かややこしいが、そういう観点で見るにここの所のレオン・ドナーツ・バルトロメイは全く彼らしくは無い。
 華蓮が見て分かるような『荒れ方』こそが、彼の身の上にある何らか特別な事情を示唆していた。
 それは言うまでも無く彼が彼らしくそれを秘匿して――良く、見なければ華蓮でも見落としてしまうような些細な変化に留まっているよりも『深刻』だ。
「……レオンさん? 居るのだわ?」
 夜も更けた執務室。何時ものように二度ノックをすれば「開いてるよ」とレオンの声がした。
 蝶番の錆びた音が響いて扉が開けば、そこには机に向かって書類仕事をやっつける眼鏡姿のレオンが居る。
「どうした? 華蓮」
「珈琲を入れてきたのだわ。レオンさんの好きな、ミルクだけ入れたやつなのだわ」
「ありがと。気が利いてら」
 華蓮は「どういたしまして」と少しばかりはにかんだが、喜んでばかりはいられない。
「……やっぱり、無茶苦茶忙しいのだわ?」
「無茶苦茶忙しいね。ローレット冥利に尽きるのか、それともたまらねぇ話なのかは議論の余地がある」
 平時のレオンならば華蓮がやって来たならば顔を上げて、幾分か向き合った会話に付き合ってくれる事が殆どだ。
 そんな彼が手元の書類から視線を切らずに、カップを置いた華蓮に応対しているという事は、それだけのっぴきならない事態の表れと言えよう。
 グレート・カタストロフなる大事件が混沌に告げられてから此方、ローレットは火の車のような忙しさになっていた。
 各国各地、中央政府のみならず、混沌中の民衆が現れたバグ・ホールと動き始めた終焉の魔種の危険に苦しんでいるのだ。
(……レオンさん)
 見て分かる程度に『荒んだ』レオンの様子は華蓮の胸を少し強めに締め付けた。
 間違っても、何があったかを尋ねるような事はしない。華蓮はこんな状態にあっても、自分に出来る事――例えば傍に居る時に何時もよりもう少しだけ気遣いを強めてみたり、優しく甘やかしてみたり。差し出すお茶やお菓子を少しばかり良いものにしてみたりだ――をするだけだった。
「……」
「……………」
 控え目で、ともすれば押しが弱い華蓮の芯は誰もが思うよりもずっと強い。
 この特別に『恋心』が強く左右しているとするならば、そうして『我慢』している事それそのものが彼女の強さを示していた。
(気にならないと言えば、きっと嘘になるのだわ)
 それはそう。ごく当たり前の事である。
 ライバルと言うよりは戦友のような。
 特別親しい訳ではないけれど、彼を中心におけばどうしたって顔を合わせる事が多い『彼女』の姿をもうずっと執務室で見ていない。
 自分ではとてもなれない、やきもちを妬いても届かない『弟子』の立場を持つ彼女は何時もレオンの傍に居た筈なのに。
 丁度、レオンの様子が変わった聖夜シャイネン・ナハトかそこらの頃から、見かける事もなくなってしまったものだ。
「……」
 繰り返すが、華蓮とて気にならないと言えば嘘になる。
 嘘にはなるが――強く恋心を自覚しながら、それを知られていながら。

 レオンは別に誰を無視する訳でも、話に付き合わない訳でも無かったが、纏う空気は以前のものと少し変わっていた。
 敏い彼が自分自身の変化に気付かないような愚を犯す訳はないのだから、ならばそれは『誰かへの拒絶』という意味に他ならないのだろう。
(せめて、私だけは……)
 何時もと変わらず傍に居る。
『甘やかしていると謗られても、何時も彼の望む華蓮で居る』。
 他に出来る事が無いのだとしても、せめてそれだけは全うしてやるという意地でもあった。
「……ふぅ」
「お疲れ様、なのだわ」
 レオンが一つ大きく息を吐き出したのは華蓮がちょこんとソファに座ってたっぷり二時間も経ってからの事だった。
「――悪い」
「ううん。それだけ集中していたのだわ。お仕事をするレオンさんも素敵で、却って得をしたのだわ」
 にへらと相好を崩した華蓮にレオンは「何だそれ」と淡く笑った。
「バグ・ホールの様子は……言うまでも無く、大変なのだわね?」
「ああ。まあ、深刻だ。小康はあっても絶対に改善はしない。
 シュペルが無理矢理塞げない以上は――アイツに言うCase-Dの接近を原因とする以上は事態は一方通行なんだろうよ」
 冗談のように簡単に大いなる危機に到った混沌に華蓮は唇を噛んだ。
 ローレットで過ごした数年は特別だ。世界中に出来た縁は、知人はこの事件の全てで無事であれるだろうか?
 否、さもなくとも華蓮には大事な人が沢山居る。それは優しい家族だったり、楽しい親友だったり、このレオン自身だったり、全てをひっくるめてかけがえのない居場所であるローレットそのものとも言えるだろう。
「……何だか、怖いかも知れないのだわ」
「奇遇だな、俺も似たような感想だ」
 レオンは華蓮の淹れたもう冷めたコーヒーに口を付け、彼女を励ますように冗談めいた。
「……レオンさんも怖い事があるのだわ?」
「結構沢山ね」
「……例えば?」
 話半分か、この場の冗談かは知れなかったがレオンの口ぶりからして『それ』は尋ねても良いものだろうと判断した。
 レオンは食い付いた華蓮の問いに少し考える顔をして、やがてゆっくりと口を開く。
「自分自身の判断とかね」
「……判断? なのだわ?」
「そう、判断」
 レオンは首を鳴らして大きく伸びをして言った。
「『自分の判断ミス一つでどれ位の被害が生じるかも分からない』。
 
 ……人間だから、まぁ。ミスもするよ。だけど、ミスを取り戻す機会があるとは限らない。
 グレート・カタストロフ何てその極みみたいなもんだろ?」
「……レオンさんは悪く無いのだわ」
 妙に示唆的なレオンの言葉に華蓮は少し気色ばむようにそう言った。
 実際問題、レオン・ドナーツ・バルトロメイという男は『良い』と『悪い』の二元論に掛ければ、さぞ問題のある男なのだろうと思う。
 彼の事をどうにも責められないのは――責めたくないのは華蓮自身、あばたもえくぼの惚れた弱味という部分が小さくない自覚も十分にある。
 だけど。
「……………レオンさんは責められるような人ではないのだわ」
 そのジャッジがかなり個人的私情を含んでいるのだと自覚していても、どうしても華蓮はその結論を譲れなかった。
 彼が言う、数多犯したミスとやらの数々に一体幾つレオンの責任があっただろうかと思う。
 混沌という世界は時に身勝手で辛辣で、誰かにおかしな何かを背負わせる事を何ら躊躇いはしない。
(……私だって……気付くのだわ?)
 共にいる程に、時折触れたその手が優しい程に。
 真っ直ぐ過ぎる想いをやんわりと何度もかわされる度に。
 
 華蓮はふとした拍子に聞いた――聞いてしまったあの夜のレオンの寝言を思い出すしか無かった。

 ――まぁ、唯のバグってヤツだな。

(嘘ばっかり)

 ――オマエ達と違って可能性は集められないのさ。だから俺はお手伝いまで。だからしっかり働きなさいよ。

(嘘ばっかり……)
 何も思っていない筈が無いのに、疵が無い筈が無いのに。
 レオンはレオンの責任ではない――運命か何かに振り回されてきた。
 だから華蓮は決してレオンを責めはしない。
 
「オマエだけだよ。そう言ってくれるのは」
 温く笑ったレオンに華蓮の顔が赤くなった。
 恐らく彼は浅はかな子供かれんの想いの全てを理解してそう言っている。
 でも、その上で彼が自分自身を拒んではいないのは――
「――少しは、元気出るのだわ?」
 そんな風に自惚れたくもなる事実では無いだろうか?
 おずおずと尋ねた華蓮にレオンは「勿論」と頷いた。
「元気出るよ。オマエの顔見ると。まぁ、だからこそ俺は何時だって最悪って事でもあるんだけど」
「……」
「ちょっと、友達の話していい?」
 答えを待たずにレオンは続けた。
「まぁ、本当に良い子がね。本当にどうしようもない男に捕まってたりしててね。
 ……まぁ、口で言うどうしようもないのなんて、それ位なもんなんだが。
 実際に袋小路で詰みまくってる。何時まで経っても碌な結末何て来る訳がない、そう分かり切ってるのに諦めねえの」
「……………」
「……で、まあ。『自他共に認める最悪の男』は考える訳。
 最初はその気はなかったし、何ならならない自信もあった。
 だがまぁ、なかなかどうして酷く手強い。
 自分がその気になればなる程、まあそりゃあ傷は深くなる。
 テメエがおっ死んだ後も、連綿と続くぬるま湯の地獄に付き合わせる羽目になるんじゃないかってね」
 レオンは溜息を吐く。
「絆されて流されて甘えて日和って悩んだ挙句、最後は何とか最悪に振り切って。
 とか思ったら今度は世界が滅びるんだってさ。
 ……流石にちった堪えるぜ。それをどうにか出来るのもオマエを含んだイレギュラーズだけだってのにはね」
 分かっていたならば撫で斬りにする必要等無かったのだ。
 確か等何もない未来で、報いてやれない。
 一方的な努力をさせ続け、一方的に罪悪感を抱える事を忌避するまでも無かったのだ。
 些か後ろ向きな事を考えるのなら、この世界が滅びるのならば――最後の瞬間まで夢を見せてやる事だって出来た筈なのだ。
 何時まで経ってもまるで成長しない――高かった背も簡単に抜いてしまった――ざんげを見る自分のような思いをさせる前に、世界が終わってくれるのなら。
「懲りてくれれば良かったのに。
 どうしたってそうならない。まぁ、だからこれは総ゆるミスを重ねた俺の問題なんだろう」
「レオンさん」
 華蓮は机に向かったままのレオンの背後に回り、思わずに彼をぎゅっと抱きしめた。
 白い羽が疲れた体を包み込むように広がっている。
「レオンさんはさっきまで悪くなかったのだわ」
「さっきまで?」
「『今のは完全に悪い』のだわ……!
 自分で言うのも何だけど、他ならぬ私に聞かせる話ではないのだわ!」
 抱きしめていた力が、度を過ぎて『絞まって』いる。
 だが、今日この瞬間ばかりは自覚して華蓮はその力を緩めなかった。
 ……実を言えば、そんな風に笑い飛ばしてしまうのが一番良いと思っていた。
 それから個人的感情の赴く先もそこにある。
「反省、するのだわ、レオンさん!」
 ……華蓮・ナーサリー・瑞稀はお母さんよりもレオンさんの味方だけれど、お母さんは悪い子を叱るものでもある。
「おいおい……オマエも大概鈍いね」
 むくれた調子の華蓮にレオンは心外だ、とばかりに肩を竦めて言った。
「……どういう意味なのだわ?」
 レオンの例え話は恐らくは――自分を信頼しているからこそ聞かされた――『他の女の話』である。
「だから鈍いっての。『例え話』は兎も角、聞かせる必要も無い話を無意味にオマエにするもんかよ」
「……???」
「だから、全く」
 レオンは呆れたように意地悪な溜息を吐き――
「自覚が無いのが『重症』だ。
『別にオマエならいいって話じゃあないんだよ』。
 ……さっきのに関わらず、こりゃあ懲りないオマエの話でもあるんだぜ?」
 ――華蓮の顔は今度こそ恥ずかしさで真っ赤になった。

  • 私もなのだわ……完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2024年01月15日
  • ・レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002
    ・華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864

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