PandoraPartyProject

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「それを恋というのよ」と彼女は言った

登場人物一覧

ムラデン(p3n000334)
レグルス
メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
そんな予感

「それを『恋』っていうのよ」
 と、メリーノは言った。
 雪の降る、再現性東京のカフェである。
 窓から見える都会の景色は、ムラデンにはまだなじみの薄いものだったけど、しかし最近はどうにか溶け込めるようにはなってきた気がした。
「恋」
 ムラデンは妙な顔をした。
「なんだい、それは」
「恋を知らないわけじゃあないんでしょう?」
「そりゃ、知識としては知ってるさ」
 ムラデンが言う。
「でも僕は――ドラゴンだ」
 そう、言った。

 ムラデンがメリーノから呼び出されたのは、冬も深まってきたある日のことで、当然のごとく竜を呼び出すメリーノに、ムラデンは軽口をたたきながらもそれでもこっそりと顔を出した。
 ムラデンは、別にメリーノのことは嫌いではない。というか、ローレット・イレギュラーズには好感を持っている。これはムラデンは意地でもいわないだろうが。さておき、その中でもメリーノは『特に友好的』ともいえる相手で、それには共通する友人の存在もあった。
 そんなわけだから、ムラデンからすればメリーノは『友達の友達』であるのだが、翻って最近はまっすぐに『友達』くらいには思っている。まぁ、ムラデンに尋ねても意地でもそうだとは言わないだろうが。
「なんで呼び出したのかと思えば」
 ムラデンが、お気に入りの洋服(誰かにプレゼントされた奴だ。まさかお揃いだったとは)から雪を払って、瀟洒なカフェへと入ってくる。人工雪が暖房の温かさに、あっという間に水に変わる。
「その、お茶しましょ、って奴かい?」
「あら、気に入らなかった?」
 メリーノが笑う。グレーの視界の中で、赤い髪の少年はよく目立つ。
「そうじゃないけど。お菓子ならストイシャのほうが喜ぶぜ」
「坊やとお話ししたかったのよ。ストイシャちゃんはまた今度ね」
 へえ、と声を上げて、ムラデンが席に着く。注文を取りに来たウェイトレスに、「んー、紅茶でいいや」と注文を終える。
「慣れたものねぇ」
「おかげさまでね。ちょいちょい呼び出すじゃん、キミ」
「ちょいちょい来てくれるのはうれしいわよ、坊や」
 そう言って、ころころと、メリーノは紅茶に角砂糖を放り込んだ。ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。
「入れすぎじゃない?」
「そうかしら」
 メリーノが言った。
「寒いから。甘いのがいいわ」
 ころころと、スプーンで紅茶をかき混ぜる。混ざり切らずに、そこに残った砂糖が、自分のようだとも思った。
「そうかい。まぁ、いいけど」
 運ばれてきた紅茶を、ストレートで飲みながら、ムラデンが言う。
「で、何の用……ってのも失礼だな、ごめん」
「坊やってまじめよねぇ」
 くすくすとメリーノが笑う。
「別に、ニンゲンのことは解らないけど。同胞に対しては礼儀はわきまえてるほうだ。おひいさまのメンツをつぶすことになる」
「わたし達を同胞だって思ってる?」
「意地はっても始まらないから、まぁ敬意を払ってもいいとは思ってるよ」
 まぁ、とメリーノが言った。ずいぶんと素直になったわね坊や、と心の中でつぶやく。それもあの子のおかげかしらね。そう考えて、微妙に妬けるような気がした。
「あの子とは、どう?」
「最近、よく眠れてないんだって。よくうちに泊まりに来る」
「はぁ?」
 思わずメリーノが目を丸くした。
「なんて言ったの?」
「よくうちに泊まりに来る、って」
「え?」
 メリーノが頭を抱えた。
「距離感おかしくない?」
「そうか……?」
 ムラデンが顔をしかめた。
「友達が泊まりに来ることってよくあるんじゃないの……?」
「変なところで純朴ね、坊や」
 はぁ、とメリーノが息を吐いた。
「そんな純朴な坊やは、どう思ってるのよ」
「さすがにちゃんと寝れないのはかわいそうだろ。ニンゲンの体は弱いんだぞ」
 ムラデンが言った。
「メリーノだってそうだ。無理すんなよ。あいつが悲しむ」
「あのこが悲しむから、心配してるの?」
「揚げ足取りだ」
 ムラデンがふてくされたようにそう言った。ああ、解ってるわよ、純朴な坊や。ほんとに心配してくれてるのねぇ。
「でも、わたしより、あの子のほうがずっと心配なんでしょう?」
「そりゃぁ……」
 そう言って、ムラデンが視線をそらした。
「……そうかもしれない。なんだろうな、これ」
「これ、って」
 ムラデンが、もう一度目をそらした。
「なんだろうな。ちょっと一段上に、あいつを置いてる気がする。
 別に、ランク付けとかしてるわけじゃないんだけど」
「そうねぇ」
 メリーノがにこにこ笑った。
「その執着と独占欲って、人間の言葉では名前が付いてるんだけど、坊や知らないの?」
「は?」
「それを『恋』っていうのよ」

「恋」
 ムラデンは妙な顔をした。
「なんだい、それは」
「恋を知らないわけじゃあないんでしょう?」
「そりゃ、知識としては知ってるさ」
 ムラデンが言う。
「でも僕は――ドラゴンだ」
「あのこなんかカミサマじゃない」
 くすくすとメリーノが笑う。
「ねぇ。
 言葉が通じて、心が通じて。
 そこで、人とかそうじゃないとか、気にならないものじゃない?」
「でも――」
「坊やって、たまに臆病よね。
 一人になるのが怖い?」
 そういうメリーノに、ムラデンは虚を突かれたような顔をした。そのままゆっくりと目を閉じると、す、と息を吸い込んだ。
「……余計なお世話だ」
「そこまでは見せてくれないのねぇ」
 ふふ、とメリーノが笑う。
「ごめんね、坊や。ちょっと言い過ぎたわね。
 でも、わたしは……ちょっと、だけね。応援したいと思ってる」
「あいつを?」
「二人を、かしら。
 ……でも、ちょっとしゃくねぇ」
 にっこりと、メリーノは笑った。
「甘すぎるのなんて、この紅茶で充分だわ」
「分かってないんだろう、メリーノ」
 ムラデンが言った。
「味。今日食べたもの、全部変だぞ」
 少し困ったように、メリーノが笑う。
「目ざといわね。でも、それはあの子に向けて頂戴」
「キミが辛いと、あいつも悲しむだろ」
 同じ言葉を、ムラデンは言った。
「キミは、結構優しいやつだからな。こう言ったほうが効くだろ。
 キミが大変だと、悲しむやつがいるんだぞ」
「それは幸せねぇ」
 少し悲し気に、メリーノが笑った。
「今は、わたしのことはいいわ、坊や。
 今は、あなたの話。
 好きなんでしょ、あの子のこと」
「……わからない、けど」
 ムラデンが、目をそらした。
「あいつといると、楽しいよ。
 下手したら、ストイシャやおひいさまといるとき以上に」
「じゃあ、それでいいのよ」
 メリーノがうなづく。
「今まで一番大切だったもののほかに、もっと大切なものができるの。
 それは決して悪いことじゃないし、それ以前に大切だったものをないがしろにしているわけじゃない。
 素敵なことだと思うわ、坊や」
 ムラデンが、ゆっくりと紅茶を飲みほした。考え込むように、視線を落とす。
「……別に、今答えを出してあげて、ってことじゃないの。
 多分、何時か。あの子から、切り出すかもしれないけれど。
 その時までには、考えておいて」
 その言葉に、ムラデンはうなづく様に瞳を閉じた。
「……厄介な宿題を」
「あら、わたし、結構いじわるなのよ。
 まぁ、いいわ、坊や。あとはゆっくり、お茶でもしましょ。
 おかわり、注文するわね?」
「香りがいいのにしなよ。味がわからなくても、それなら楽しめるだろ」
 ムラデンが言った。
 メリーノは笑った。
 お茶会は、もう少しだけ続く。


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