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「それを恋というのよ」と彼女は言った
登場人物一覧
「それを『恋』っていうのよ」
と、メリーノは言った。
雪の降る、再現性東京のカフェである。
窓から見える都会の景色は、ムラデンにはまだなじみの薄いものだったけど、しかし最近はどうにか溶け込めるようにはなってきた気がした。
「恋」
ムラデンは妙な顔をした。
「なんだい、それは」
「恋を知らないわけじゃあないんでしょう?」
「そりゃ、知識としては知ってるさ」
ムラデンが言う。
「でも僕は――ドラゴンだ」
そう、言った。
ムラデンがメリーノから呼び出されたのは、冬も深まってきたある日のことで、当然のごとく竜を呼び出すメリーノに、ムラデンは軽口をたたきながらもそれでもこっそりと顔を出した。
ムラデンは、別にメリーノのことは嫌いではない。というか、ローレット・イレギュラーズには好感を持っている。これはムラデンは意地でもいわないだろうが。さておき、その中でもメリーノは『特に友好的』ともいえる相手で、それには共通する友人の存在もあった。
そんなわけだから、ムラデンからすればメリーノは『友達の友達』であるのだが、翻って最近はまっすぐに『友達』くらいには思っている。まぁ、ムラデンに尋ねても意地でもそうだとは言わないだろうが。
「なんで呼び出したのかと思えば」
ムラデンが、お気に入りの洋服(誰かにプレゼントされた奴だ。まさかお揃いだったとは)から雪を払って、瀟洒なカフェへと入ってくる。人工雪が暖房の温かさに、あっという間に水に変わる。
「その、お茶しましょ、って奴かい?」
「あら、気に入らなかった?」
メリーノが笑う。グレーの視界の中で、赤い髪の少年はよく目立つ。
「そうじゃないけど。お菓子ならストイシャのほうが喜ぶぜ」
「坊やとお話ししたかったのよ。ストイシャちゃんはまた今度ね」
へえ、と声を上げて、ムラデンが席に着く。注文を取りに来たウェイトレスに、「んー、紅茶でいいや」と注文を終える。
「慣れたものねぇ」
「おかげさまでね。ちょいちょい呼び出すじゃん、キミ」
「ちょいちょい来てくれるのはうれしいわよ、坊や」
そう言って、ころころと、メリーノは紅茶に角砂糖を放り込んだ。ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。
「入れすぎじゃない?」
「そうかしら」
メリーノが言った。
「寒いから。甘いのがいいわ」
ころころと、スプーンで紅茶をかき混ぜる。混ざり切らずに、そこに残った砂糖が、自分のようだとも思った。
「そうかい。まぁ、いいけど」
運ばれてきた紅茶を、ストレートで飲みながら、ムラデンが言う。
「で、何の用……ってのも失礼だな、ごめん」
「坊やってまじめよねぇ」
くすくすとメリーノが笑う。
「別に、ニンゲンのことは解らないけど。同胞に対しては礼儀はわきまえてるほうだ。おひいさまのメンツをつぶすことになる」
「わたし達を同胞だって思ってる?」
「意地はっても始まらないから、まぁ敬意を払ってもいいとは思ってるよ」
まぁ、とメリーノが言った。ずいぶんと素直になったわね坊や、と心の中でつぶやく。それもあの子のおかげかしらね。そう考えて、微妙に妬けるような気がした。
「あの子とは、どう?」
「最近、よく眠れてないんだって。よくうちに泊まりに来る」
「はぁ?」
思わずメリーノが目を丸くした。
「なんて言ったの?」
「よくうちに泊まりに来る、って」
「え?」
メリーノが頭を抱えた。
「距離感おかしくない?」
「そうか……?」
ムラデンが顔をしかめた。
「友達が泊まりに来ることってよくあるんじゃないの……?」
「変なところで純朴ね、坊や」
はぁ、とメリーノが息を吐いた。
「そんな純朴な坊やは、どう思ってるのよ」
「さすがにちゃんと寝れないのはかわいそうだろ。ニンゲンの体は弱いんだぞ」
ムラデンが言った。
「メリーノだってそうだ。無理すんなよ。あいつが悲しむ」
「あのこが悲しむから、心配してるの?」
「揚げ足取りだ」
ムラデンがふてくされたようにそう言った。ああ、解ってるわよ、純朴な坊や。ほんとに心配してくれてるのねぇ。
「でも、わたしより、あの子のほうがずっと心配なんでしょう?」
「そりゃぁ……」
そう言って、ムラデンが視線をそらした。
「……そうかもしれない。なんだろうな、これ」
「これ、って」
ムラデンが、もう一度目をそらした。
「なんだろうな。ちょっと一段上に、あいつを置いてる気がする。
別に、ランク付けとかしてるわけじゃないんだけど」
「そうねぇ」
メリーノがにこにこ笑った。
「その執着と独占欲って、人間の言葉では名前が付いてるんだけど、坊や知らないの?」
「は?」
「それを『恋』っていうのよ」
「恋」
ムラデンは妙な顔をした。
「なんだい、それは」
「恋を知らないわけじゃあないんでしょう?」
「そりゃ、知識としては知ってるさ」
ムラデンが言う。
「でも僕は――ドラゴンだ」
「あのこなんかカミサマじゃない」
くすくすとメリーノが笑う。
「ねぇ。
言葉が通じて、心が通じて。
そこで、人とかそうじゃないとか、気にならないものじゃない?」
「でも――」
「坊やって、たまに臆病よね。
一人になるのが怖い?」
そういうメリーノに、ムラデンは虚を突かれたような顔をした。そのままゆっくりと目を閉じると、す、と息を吸い込んだ。
「……余計なお世話だ」
「そこまでは見せてくれないのねぇ」
ふふ、とメリーノが笑う。
「ごめんね、坊や。ちょっと言い過ぎたわね。
でも、わたしは……ちょっと、だけね。応援したいと思ってる」
「あいつを?」
「二人を、かしら。
……でも、ちょっとしゃくねぇ」
にっこりと、メリーノは笑った。
「甘すぎるのなんて、この紅茶で充分だわ」
「分かってないんだろう、メリーノ」
ムラデンが言った。
「味。今日食べたもの、全部変だぞ」
少し困ったように、メリーノが笑う。
「目ざといわね。でも、それはあの子に向けて頂戴」
「キミが辛いと、あいつも悲しむだろ」
同じ言葉を、ムラデンは言った。
「キミは、結構優しいやつだからな。こう言ったほうが効くだろ。
キミが大変だと、悲しむやつがいるんだぞ」
「それは幸せねぇ」
少し悲し気に、メリーノが笑った。
「今は、わたしのことはいいわ、坊や。
今は、あなたの話。
好きなんでしょ、あの子のこと」
「……わからない、けど」
ムラデンが、目をそらした。
「あいつといると、楽しいよ。
下手したら、ストイシャやおひいさまといるとき以上に」
「じゃあ、それでいいのよ」
メリーノがうなづく。
「今まで一番大切だったもののほかに、もっと大切なものができるの。
それは決して悪いことじゃないし、それ以前に大切だったものをないがしろにしているわけじゃない。
素敵なことだと思うわ、坊や」
ムラデンが、ゆっくりと紅茶を飲みほした。考え込むように、視線を落とす。
「……別に、今答えを出してあげて、ってことじゃないの。
多分、何時か。あの子から、切り出すかもしれないけれど。
その時までには、考えておいて」
その言葉に、ムラデンはうなづく様に瞳を閉じた。
「……厄介な宿題を」
「あら、わたし、結構いじわるなのよ。
まぁ、いいわ、坊や。あとはゆっくり、お茶でもしましょ。
おかわり、注文するわね?」
「香りがいいのにしなよ。味がわからなくても、それなら楽しめるだろ」
ムラデンが言った。
メリーノは笑った。
お茶会は、もう少しだけ続く。
- 「それを恋というのよ」と彼女は言った完了
- GM名洗井落雲
- 種別SS
- 納品日2024年01月15日
- テーマ『蒼雪の舞う空へ』
・メリーノ・アリテンシア(p3p010217)
・ムラデン(p3n000334)