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魔女と聖女

登場人物一覧

マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女
マリエッタ・エーレインの関係者
→ イラスト

 雪がちらつく。
 廃墟の窓から見える外は、もうしんしんと雪の降りつもる真冬だった。
 屋敷にいたことならば、もう少し『楽しい』気持ちになろうというものだったが、しかし今となってはそのような気持ちもあまりわかない。
 楽しい、気持ちは、ない。
 何か……知りたい、気持ちがある。
「マリエッタ」
 と、彼女は言った。エーレイン。天義の聖女であり、その血にとある聖者の祈りと遺伝子を持つ、いわば『生きた聖遺物』とでもいえる血筋。その今代の聖女であるエーレインは、つつましい衣服をもとに、ぼろい椅子に腰を下ろしている。
 そのエーレインの目の前にいるのは、見目麗しき女である。されど、齢はおそらく老齢といっても差し支えないほどのそれであるはずであった。まさしく魔女といったいでたちのそれは、マリエッタ、と名乗る血をもてあそぶ魔女であった。
「ようやく、本当のところを見せてくれたのね」
 エーレインがほほ笑む。まさしく聖女のごとき笑みに、マリエッタは不快感をあらわにしていた。

 旅の占い師と名乗ったマリエッタが、エーレインの屋敷にやってきたのは、かれこれ数か月ほど前のことである。
「聖女様に凶報が」
 とうそぶくマリエッタは直ちに追い払われるところであったが、しかしそれを招き入れたのはまさにエーレイン自身であった。
「まぁ、それは困りました」
 と、微笑んでエーレインはうそぶく。
「では、しばし館に滞在し、凶報がありましたら教えてくださいまし」
 そう、魔女を迎え入れたのである。
 二人の関係は奇妙なもので、エーレインはことさらに、マリエッタによくなついているように見えた。はたから見れば、占い師の甘言にたぶらかされた世間知らずの聖女というところであったが、実態にはそうではなかった。
「あなたはどうにも、さみしがりのようですね」
 二人きりになって、占いのことを聞きたい、といったエーレインが、人払いをしてから開口一番にマリエッタに言ったのは、そんな言葉だった。
「だってそうでしょう? そんなふうないで立ちでなければ、きっと皆に嫌われてしまうと思っているのだから」
 ――それは、マリエッタという魔女の素顔が、老婆であることを見破っての発言であったか。マリエッタはわずかに眉をひそめながら、答えた。
「お気づきだった?」
「ええ。じゃなければ、ただの占い師なんてお帰り願っていましたから」
「随分とはねっかえりの聖女様ね」
「ただイイ子なだけじゃ、聖女なんて言ってもただのお飾りなのですよ。この国では」
 そう笑うエーレインには、確かなしたたかさを持ち合わせた瞳を持ち合わせている。マリエッタは不快気に鼻を鳴らすと、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「ならば、アタシの目的は解っているのでしょう?」
「私の血ですよね」
 こともなげに、エーレインは言う。
「ねぇ、少しフランクに話しても?」
「どうぞ」
「有難う、マリエッタ。
 私、あなたとお友達になりたいの」
「馬鹿なのかしら」
 目を細めた。
「アタシ、あなたのこと、これから締めるチキンくらいにしか思っていないのだけれど。
 そのチキンに『友達になりたい!』って言われたら、貴方どうするの?」
「私なら話を聞くけど、貴方って何の反応もせずにチキンを締めそう」
「正解」
 ぱちん、とマリエッタが指を鳴らした。現れた血色の槍が、一切の躊躇なくエーレインを狙う。エーレインは、わずかに息を吐きだすと、それだけで血に刻まれた聖性が、その槍を侵食し、埃へと分解した。
「でも、私チキンじゃないの」
「で、アナタの目的って何?」
 まぁ、そうだろうな、と内心ぼやきつつ、マリエッタが訪ねる。エーレインは、同じ言葉を紡いだ。
「私、あなたとお友達になりたいの」

 時間を戻す。いずれにしても、それから数か月の時を、魔女と聖女は同じ屋敷で過ごした。魔女は常に聖女のことを狙っていたし、聖女は常に魔女と友達になろうとした。その均衡が崩れたのが今日で、聖女はこの日、魔女にさらわれていた。
「なんで」
 マリエッタは言った。
「なんで……こんな簡単にさらわれたのよ」
 そう、尋ねた。
 如何にマリエッタといえど、聖女エーレインを単独でさらうことは困難だろう。となれば、エーレイン側から、なにか『手引き』があったとみるのが妥当だろう。マリエッタは自分に自信を持っていたが、愚かではない。
「最後のチャンスかと思って」
 エーレインは笑った。
「友達になれる」
「それは」
 マリエッタが顔をしかめた。
「理解ができない……どういうつもりなの」
「純粋に、その言葉通りなの」
 エーレインが言った。
「だって、貴女……とってもさみしそう」
「何が!」
 マリエッタが、かぶりを振った。
「アタシの何がわかるのよ!」
「分からないから、教えて欲しかったの」
 エーレインが言う。
「そういうものだと思うのよ、友達って」
 マリエッタの中で、なにかいやなものがぐるぐると渦巻くような気持だった。それが、きっと昔に捨てたなにかあたたかなものだと気づいたときに、それを唾棄すべきと強烈な思いが浮かび上がっていた。
「アタシにそんなものはいらない!」
「嘘よ。だって、貴女はさみしいから、嫌われるのが怖いから」
 そんな格好をしているのでしょう、と。
 マリエッタの中で何かが響いた。
 美しさとは、なんだろうか。あるいは、若さとは。
 それは、誰かと、比べるもの。
 それは、誰かに見せつけるもの。
 主観のままでは存在しえず、
 他人がいて初めて価値を持つ、『価値観』である。
 ならば――それに拘泥するその人は。
 とても、寂しがりなのではないのだろうか、と――。
「違う」
 マリエッタが叫んだ。
「違う! アタシは……!」
 立ち上がり、マリエッタはエーレインの首を絞めた。ぎちぎちと締め付けるその指先が、エーレインの喉をやさしく裂いた。傷口から、零れ落ちるように、血が流れだす。
「見せてあげる、エーレイン! 貴方は、アタシの中で、貴方の愚かさを思い知るのよ!」
 エーレインの血が、奪われていくのを感じる。エーレインの、心を、奪い取る。それを、自身の体の中で、生かして――。
 どうするのだ?
 そばにいて欲しかったのか? 友達に?
 何かが頭の中で語り掛けるのを、マリエッタは無視した。自分の選択の愚かさを、無力さを思い知らせるだけだ! そう、上書きして。
 マリエッタが、エーレインの血をすっかりと奪い取ったとき、真っ白な雪のようになった聖女が、はらり、と地に零れ落ちた。まるで重さを失ったような体が、床に転がっている。魂の重さは21グラムであるらしい……いや、あれは与太話だったか。でも、事実とするならば、エーレインの体は21グラム軽くなったのか? マリエッタの体は21グラム重くなったのだろうか? じゃあ、この体にのしかかるだるさは、数か月間との彼女の想いでは、21グラムのひどく重いものであるのだろうか……。
「くそ……なんだっていうの……なんだっていうのよ……!」
 マリエッタは、ひどく嫌な気持ちを抱えたまま、廃墟を飛び出した。心の内にいるかもしれない『トモダチ』が。心をかき乱すような気持がした。

 この日、一人の聖女が消えた。
 やがて魔女が消え、一人の村人が生まれる。その前の話である。


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