SS詳細
悪魔殺しのシルバー・キャッツ
登場人物一覧
●『急募、悪魔殺し。報酬応相談、腕の立つ者を望む』
人気のない街の中、酒場の前の掲示板。
虚しく揺れる張り紙をよそに、足早に子を連れた女性が行き過ぎる。
時刻は昼過ぎ。本来ならば行商や屋台が満ち満ちているであろう時間帯というのに、この人気のなさはいかなる事か。
訳を知らねばいかにも不可解と思われたことだろうが、その張り紙が張られるに至った経緯を知れば、街に人気が無いのは宜なるかなと思うことだろう。
――聞けば、北の街が襲われたのだそうだ。人の生き血を啜り屍肉を貪る
誰が、一体何のためにその悪魔達を喚んだのかは明らかではない。魔種の仕業か、或いはとち狂った魔術師の仕業か。いずれにせよ尋常の沙汰ではない事だけが確かだった。
生き残りの早馬がこの街に逃げ果せたことは幸運であった。早晩、北の街を貪り尽くした『やつら』は、次の贄を求めて南下してくるだろう。作物を貪る蝗の群めいて。
報が入るなり、人々は慌てて街より逃げ出した。……しかし、どこまで逃げればいい?
この街を棄てて、南に、ずっと南に逃げ続けたとて。陸はいつか果て、窮する時が来るのだけは確かだ。
いつか喰われるまで、逃げ続けるのか。約束された死を迎えるまで、足を棒にして逃げ続けなければならないのか――
「そんな訳ないよ。だって、あたしが来たからね」
靡く張り紙にひたりと指を置き、一人の少女が口端を吊り上げた。
エキゾチックな装いに身を包んだ少女だ。背に負った小盾と見事な意匠の短剣が目を引く。銀髪碧眼、短髪の狭間に跳ねる猫耳。勝ち気な瞳がそれこそ猫めいて細まる。
『風断ち』ニア・ルヴァリエ(p3p004394)である。街の人々の危機に参じたのだ。
酒場のドアが、力なく軋んで開き、中から男が顔を出した。着の身着のまま。逃げ出す準備をしているようには見えない。
彼の顔には諦念があった。今更、もう逃げ果せることを考えぬほどには――この街にか、店にか、思い入れがあるのだろう。
「あ……? アンタは?」
目を丸くする男に、ニアはこともなげに返した。
「この張り紙に釣られてきたのさ。まだ枠は空いてるかい?」
「……正気か? 募集を掛けてるのは本当だが――ああ、だが、そんな……悪魔の群に、失礼かもしれねぇが、そんな小さな身体で?」
唸るような男の声を、ニアは笑い飛ばすように応えた。
「言ってくれるね。結果見て驚かないでよ? ――その様子だと、人が足んないんでしょ」
少女は快活に笑い、背中の盾を手に取る。
「やってみせるよ。報酬用意して待っててよね」
「ああ……ああ。クソ、今ほど俺も戦えればと思うこたなかった。アンタの無事を祈るくらいしか出来ないのが歯がゆいが……待ってるよ。どうせ俺はこの街を出られない。店を棄ててまで生きている気もないからな」
男は――酒場の店主は、そこそこ大きな酒場を振り返り見仰ぎながら言って、思い出したようにニアに向き直った。
「……そうだ。行くなら、早く行ってやってくれ。急かすわけじゃねぇが……もう、先に一人向かってるんだ。アンタよりまだ小さいくらいの子供さ」
そんな子供達を、死地に向かわせなければならない不甲斐なさからか、男の声は重い。
「子供……? とにかく分かった。北だね」
「ああ。……武運を」
重いながらに、けれど心底から身を案ずるような口調で零す男に、ニアは明るい笑みを一つ残し――
地を蹴った。
「え――?」
風を纏う。すぐに地面が遠ざかり、男の声が掻き消える。呆気にとられる店主を残し、ニアは酒場の軒先を蹴飛ばしてさらに跳躍。屋根に飛び乗る。
「行くよ!」
建物の間を縫い走る間も惜しい。ニアはそのまま、屋根の上を蹴り渡り、北門目掛けて北進する!
●午後三時。風、時々銃弾
悪意の群が来る。
人々にとって幸いなことに、それらは、まともな翼を持っていなかった。だから、歪な爪の生えた二本の脚で街道を南進していた。
その数、数百ほどもいようか。赤黒い膚に金にギラギラ光る目、ゴツゴツとして毛のない頭骨に、申し訳程度の蝙蝠羽根。乱杭歯に、鋭いナイフめいた爪。悪魔の中でも下の下、下級の悪魔ではあったが――それでも、人々にとっては脅威には違いなかった。戦う術を持たない人々では、その赤黒の膚に傷を付けることすら敵うまい。
――そして彼らは慢心していた。街を一つ潰し、肉を貪り、業を積み上げることで悪魔としての位階を僅かながら上げたという達成感、満足感、全能感があった。
次の獲物を求め、浮かれたように白昼堂々、街道を歩く悪魔達。
このままいけばもっともっと強くなれるだろう?
このままいけばもっともっと満たされるだろう?
そう問うかのように、人の匂いを求めて南進する悪魔の群に――
まったく前触れもなく突然に。
先頭を歩いていた数体が、全く唐突に、円状に身体を引きちぎられて吹き飛んだ。続けざまに遠雷めいて響く爆音!
「ギャッ?!」
「ギギ、ギギッ……!!」
色めき立ち、突然の攻撃が来た方向目掛け口を開き、火球で反撃を試みた悪魔が、火を吹く前に頭を吹き飛ばされて絶命する。
「ギィッ……!!」
正体不明の攻撃に晒され、次々と同胞が死んでいく中、一体の悪魔が遠方に指を差し向けた。
――その先にいる。巨大な『なにか』を携えた少女が。『なにか』の切っ先が火球めいて煌めいた瞬間、またしても数体の悪魔が千切れ飛ぶ! 爆音!
「ゲギャ、ギャギギイッ!」
――殺せ! アレを殺せ!
まるでそう吼えるかのように叫んだ一体の悪魔の声を皮切りに、残る悪魔の群は、応報すべしと少女へ向けて駆け寄せる。
「ひゃあ、来た来た、来ちゃった! 一人じゃ大変かもだけど、……お仕事だもんね、頑張らなくちゃ!」
押し寄せる敵勢目掛け、
曇天めいてくすんだ銀髪にルビーのような瞳、華奢な身体でそれを引っ提げるのは、『悪戯なメイド』クランベル・リーン(p3p001350) である!
リーンは耳を跳ねさせつつ、続けざま白昼に天雷の如き銃声を連ね、悪魔共を遠距離から狙撃する。続けざまの発砲、そして着弾。数十体を葬る頃には悪魔達も学習したか、互いに距離を開け、纏めて銃撃を喰らわぬように散開して突撃してくる。複数体を攻撃範囲に巻き込むことは困難!
しかし、
「ちゃんと見てるんだね。でも……こんなこともできるんだよ。そーれっ!」
銃声。
――銃口より迸る、巨大なマズルファイアから飛び出した大口径弾が、その直後、ぐにゃりと軌道を変えた。
「ぎ――」
それを視認できた悪魔が何体いたことか。僅か一刹那。着弾までの一瞬で、まるで『空間が歪んだ』かのように弾道がねじ曲がり、変化球めいてまた数体の悪魔を撃ち抜く。――弾道歪曲、
「ギャイイ、ギギイッ!!」
しかしいかにその魔弾が自在に軌道を変えるとて、いつまでも距離が埋まらぬ訳ではない。疾駆する悪魔共は着実にリーン目掛け距離を詰めている。ここまで最早数十体ほどの悪魔を屠ったリーンだが、距離の縮む速度と殲滅速度が到底釣り合わないであろうことは早晩理解していた。
(距離が詰まりきったらだめ、空間を歪めて……距離を取りながら、撃ち続けないと)
やれるか。
否、やるのだ。
そうでなくば、背にした街の人々は救われない。
リーンが、浮かべる笑みの中に決意の光を灯したまさにその時。
「行くなら行くって声をかけてくれてもよかったんじゃないかい、リーン?」
「えっ、」
声がして。
リーンの横を、凄まじい速度で飄風が駆け抜けた。
「数を揃えてやってきたもんだね。ここから先へは通さないよ。あたしとリーンがここに来たからにはね!」
銀糸なびき、尻尾が飄風に揺蕩うようにうねった。ニアが馳せ駆けたのだ。
南の街からここまで、常人ならば半日かかるところを僅か数刻にまで縮め、リーンに追いついたのである。
「ニアさん!」
「話は後だよ、リーン! まずはあいつらをなんとかする! あたしが前に出る、後ろから狙って!」
「うんっ! 任せて!」
力強い応答を返すリーンに不敵な笑みを一つくれ、ニアは風唄の衣を翻し、短剣――『風断ちの刃』を抜いた。群れ成す悪魔共に真っ向から突っ込んでいく!
ニアは風の愛し子。彼女はその身に風を纏い己が助けとし、将又敵の持つ風を『断つ』事で、加護を断ち切り、心を惑わせる。
ニアは薄く笑って、『誘いの風』を吹かせた。ざわめく風は彼女の御技。敵の心を波立たせ掻き立て、その
後ろのリーンまで敵を通すわけには行かない。彼女が後ろから大火力で攻撃する間、ニアは敵を引き付け戦線を維持しなければならない。
並々ならぬ事である。しかし、彼女の不敵な笑みは崩れない。
「さあ、おいでよ。あんた達にあたしの首が獲れるかい?」
「ギイイッ!!」
「ギギッ!」
煽り立てるような声に激昂した風に駆け寄せる悪魔達。真っ向から飛び込んできた一体――上背の程は一七〇センチメートルというところか――が、ニア目掛けて力任せに爪を振り下ろす。みっしりと詰まった筋肉をフルに使って繰り出される攻撃の威力、並々ならぬ。まともに食らえば身が深く裂け、一撃で絶命しかねない。
「女をダンスに誘うなら、もっと優しく手を差し出すもんだよ」
しかし、火花が散って爪撃は逸れた。ニアが掲げた盾で受け流したのだ。真っ向から受けるのではなく、角度をつけて受け流す。攻撃の勢いをいなされよろめき、金眼を見開く悪魔の喉笛を、間髪入れずニアが繰り出した短剣の一撃が断ち切った。紫色の血が飛沫く。
喉首を押さえてひっくり返る死に体の悪魔を踏み越え、ニアは鋭くステップを踏み、次なる敵手へ迫る。敵の群のまっただ中に一人で突っ込んだのだ。当然四方は敵だらけ。或いは無謀にすら見える突撃だったがしかし、これが最良、最善とニアは確信している。
「はっ!!」
踏み込みざまに短剣に風を纏わせ、敵の『風』を断つ。彼女の二つ名の由来でもあるその一閃は『風断ち』。繰り出される一閃の余りの速さ、その斬撃の鋭さに、たじろぐように悪魔が蹈鞴を踏む。
……そう。恐れるように一歩退いた。それこそが『風断ち』の真価。敵の心を乱し、恐怖、好奇、他あらゆる感情を波立たせて無防備な一瞬を作り出す。
ニアはその隙が生まれるのが解っていたかのように、尚も踏み込んだ。体勢を崩した悪魔の胸を短剣で貫き、頽れるその死骸を蹴り飛ばして後方の二体に押しつけ、浮き足立ったところ目掛けて吶喊。刃に風を纏わせ、
「元いたところに帰るんだね。――日の照るこの世界に、あんた達の居場所はないッ!」
斬撃ッ!!
まるで短剣が延伸したかのように、斬撃が『飛ぶ』。否、それは風だ。ニアの刃が風を纏い、悪魔数体の首をいちどきに刎ね飛ばしたのだ!
「ニアさんっ!」
「!」
後ろからのリーンの声にニアは反射的に深く身を沈める。同時に彼女の真上を、空気を貫く音を立てて銃弾が行き過ぎ、悪魔を一体粉砕して彼方へ飛び去る。まさに阿吽の呼吸の連係攻撃。一瞬遅れて銃声が響く。
銃弾を発したリーンに注意を引かれた悪魔らへ、
「余所見してんじゃあ……ないよっ!!」
即座に復位したニアが襲いかかった。風纏う刃が唸り、血が飛沫き首が飛ぶ。誘いの風が吹き、悪魔達の心を波立てた。それに対応しようとすれば、即座に後方からリーンが歪曲する弾道での狙撃を繰り出す。ヘイトを集める為の回避型の盾役に、後ろからの大火力狙撃役。彼女ら二人の連携は、まさに最良の相性である。
「――あんた達がなんで街を襲ったのか、そもそもこれが誰の仕業なのかは知らない。あたしの刃が、リーンの弾が、あんた達の罪を裁く」
覚悟しな。
ニアが紡いだ断罪の呟きを、後方から響く銃声が掻き消した。今一度の『悪戯な贈り物』、連射。歪曲し全く予測できない角度より殺到する銃弾の嵐、それを縫ってニアは再び風となる。
このまつろわぬ悪魔共に、引導をくれてやる為に!