PandoraPartyProject

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たいせつ

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

 足繁くナヴァンの元に通っては居たニルだが、その頻度が増えたのはエーリクがやってきてからだった。
 まだ幼く、知らぬ物事の多いエーリクの父代りとしてナヴァンは色々と教えているようだが元々が無精であった彼だ。「手伝ってくれると有り難い」と告げられてからは何か物珍しい者を見かける度にエーリクとナヴァンに逢いに行くようになった。
 そんな師走の頃だ。九之助が唐突に「ニィちゃんさあ」と声を掛けてきたのだ。黒い髪を一つに纏め、指紋がついた眼鏡を光に翳してから白衣の裾で拭っている。忙しくて、眼鏡クリーナーを探す手間も面倒くさいと言った様子だ。
「クリスマスってどうすんの?」
「はい。たくさん、たのしいことができれば嬉しいです」
「当日やなくてええねんけど、ナヴァンとエーリクと一緒にパーティーせん? エーリクに聞いたら『聖夜のミサは参加した事ある』っていうねんけどさあ」
「それは……」
 楽しいパーティーとは言い切れないのではないかとニルは感じた。勿論、九之助も同じ感想だったのだろう。
 天義という信仰の都に生まれたエーリクはそれなりの教育が施されている。だが、逆に『教育が為されているからこそ知らない楽しみ』も多いのだろう。
 はたとニルは立ち止まって考えた。エーリクはあまり『たのしい』も『おいしい』も知らないのでは無いか――と。
「九之助さま。ニルはエーリクさまとパーティーがしたいです」
「おっしゃ、なら、プレゼント買って来てくれるか? あ、ニィちゃんの欲しいモンもうといで」
 こっそりと囁く九之助にニルはこくこくと頷いた。誰かにプレゼントを買いたいというならば小遣いもやると笑った九之助もニルには甘いのだ。
「『おいしい』はどうしますか?」
「任せとき。まあ、ナヴァンパパもエーリクには何か良いモン食わしてやりたいやろし、考えるわ」
 エーリクにだけはサプライズなのだと笑った九之助にニルは「ひみつ、ですね」と頷いた。
 心がほわほわとして嬉しくなる。屹度、エーリクもパーティーになれば笑顔になってくれるだろう。想像するだけでニルは嬉しくて堪らないのだ。

 再現性東京にやってきて、ニルがエーリクに選んだのはぬいぐるみだった。九之助とナヴァンに念のためにエーリクへの贈り物案を聞いたところ二人とも『買いに行く余裕がない』と云う事でサンタクロースからは大きな熊のぬいぐるみを渡すことに決定したのである。ふわふわとした可愛らしい赤毛の少年に良く似合いそうな栗色の熊は九之助の自宅への配送をお願いした。ナヴァンの研究室では何時ばれてしまうか分からないからだ。
「サンタクロースからのプレゼントでおねがいします」
 そう言うようにと九之助から言付かっている。店員は承知しましたと微笑んだ。ミッションはコンプリートだ。
 それから、とニルは雑貨屋を巡る事にして居る。ナヴァンにはアイマスクを買ってやりたかった。使い古されてぼろぼろになったものだが、それもニルが「これがあると、沢山眠れるそうです」と差し出したものだ。研究室で寝泊まりをするナヴァンの必需品となっている。
 ……あまり可愛らしすぎると九之助が指を差して笑うため、出来れば男性が使いやすいデザインを探した方が良いだろうか。そうは思いながらもふかふかとしたくまのアイマスクが無性に気になった。眠たげに目を閉じたくまのアイマスクを付けているナヴァンを想像してしまう。似合いそうだが、嫌がるだろうか? ――いや、あれでいて嫌がったりはしないのだ。
「あ、九之助さまには、これがよさそうです」
 ニルが手に取ったのはハンドクリームだった。柑橘の香りが心地良い。ナヴァンやエーリクが研究室で食事をした際に洗い物をすることが多い九之助は「指先、めっちゃ荒れるんやけど」と文句を言っていたのだ。香りに得手不得手があると聞いた事があるが、彼の衣服からも仄かに柑橘の香りがしたことがあった気がした。
(「九之助さまはみかんがお好きなのですか?」「ちゃうちゃう、シトラスの香りの柔軟剤で」)
 そんな会話をして居た事をふと思い出してから、ニルはそれらも個別に包装して欲しいと願い出た。包装を行なうには暫く時間が掛かるらしい。
 暫くは店内を見物していることに決めたのは『たのしい』が溢れていたからだ。雑貨屋は見ているだけでも心が躍るものが多い。
 たいせつな人達への贈り物は沢山ある。並んでいる品の中にはふわふわとした手袋が置かれていた。黒いシックなデザインにファーが愛らしさを添えている。そのデザインを見てからニルは「おばあちゃん」と呟いた。
 彼女に良く似合いそうな手袋だった。寒々しい冬に生きるそのひとに贈り物をすれば喜んでくれるだろう。若々しい外見をした女性ではあったが、実年齢は『おばあちゃん』と呼ばれることを喜ぶ程であったそうだ。
 イレギュラーズの事を孫のように愛してくれていたその人に良く似合う品をついつい手にしてからニルは小さく笑った。
 魔種であったその人は、強く気高い人だった。美しい魔女。彼女のことをよく覚えているからこそ、ニルは魔種だから、敵だからと嫌いになることはできなかった。
(みんな、みんな、たいせつで、かなしいばっかりだったけど、笑ってくれるなら、プレゼントを贈りたいです)
 おばあちゃんには手袋だろうか。練達をめちゃめちゃにしたりテアドールを傷付けたフェザークレスだって悲しい顔をしていたから、笑って欲しい。何かプレゼントをしてもいいのかもしれない。
 それに、とニルはじいと小さな黒い兎の人形を見た。売れ残ったそれがどうにも彼を思わせたのだ。アドラステイアを作ったアドレ。彼はかなしいことを沢山作り上げた『元凶わるいひと』だった。
 それでも、苦しそうな顔をして笑ったのだ。嫌いでは無いから、救ってあげたかった。笑っている顔を見たかった。彼と共に居た聖女は「それだけで喜ぶわよ」と笑っていたけれど――小さな兎を手にしてから「アドレ様に、似合いそうです」と呟いた。
 彼は兎の人形を貰ったならば「ふーん」と呟くだろう。「まあ、ありがとう」と目を逸らすだろうか。
’(アドレ様にプレゼントして、兎さんを大事にして貰えると良いな。……きっと、また、会えるから……)
 長く生きていく秘宝種のニルはそんなことを思ってから小さく笑った。兎の人形を握り締めていれば店員がラッピングが終ったと声を掛けてくれる。
 大きなクマだけは配送して貰うが、それ以外はニルが持ち帰ることにして居る。兎は如何しますかと問われてからまじまじとその兎と見つめ合った。
「おともだちに、にていました。このこも、いただきます」
「リボンをおつけしましょうか。何色にしますか?」
 首に可愛らしいリボンを巻いてくれるという店員へと紫色を頼めばアドレの出来上がりだった。
 白を纏っていた彼も、遂行者の衣服を身に着けていなければ黒を好んだのだろうか。
 そんなことを思いながらニルは店を後にする。エーリクが驚いてくれるパーティーが今から楽しみだと軽やかな足取りで帰路を辿って。

 ――案の定というべきか、クリスマスパーティーの日、ナヴァンの仕事は終らなかった。
 ニルと雪遊びを終えてからエーリクは「どうしてあんなに大変そうなのでしょう」と呟いた。
 意地で仕事を終えようとするナヴァンをエーリクが訝しんだのは言うまでもない事なのであった。


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