PandoraPartyProject

SS詳細

痕を残して

登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋

 ――消えない傷を作ることになってしまうかな?

 ちぐさと揃いのイヤリングが欲しいと彼は言った。その言葉について、考える。ピアスホールがないからと気遣ったショウが冗談めかして言ったのは『ピアスホールを開けようか』という気紛れのような、それでいて、どこか魅力的な言葉だった。
 寒々しくなってきた頃だ。ちぐさはうきうきとした様子でシャイネンナハトに染まり行く街を眺めて居る。冬めいて来た頃だ。冷ややかな風に煽られて急ぎ脚で行く人々の背中をじいと見詰めながらもちぐさの頬は緩んだ。
 再現性東京は雪模様の予報であったが、未だ降る予感はなさそうだ。その内に雑誌を買いカフェに陣取った。注文したミルクティーはショウが淹れてくれる方が美味しい、だなんてクレームにもならない自分だけの特権を味わいながらちびちびと舐めるように飲む。
「うーん」
 ピアスホール。開くならば何が必要か。消毒は大事だ。耳は痛覚が弱いらしい。けれど、穴を開けるのだ。それに、ちぐさの耳は猫の耳である。
 ショウも開けているなら問題は無いのだろうか。ふと思えばショウの耳をまじまじと見たことはなかった。彼の事だ、そうしたお洒落はしているだろうし――ピアスホールがないのなら、ちぐさにピアスオホールがあればピアスを選んだとは言わないはずだ。どうやって開けたのだろうか。聞いておけば良かった。
 そんなことを考えながらも、情報収集に徹したのは『ショウとお揃いのピアスを開きたい』という一心だったのだろう。不安は胸いっぱいだった。
(いっぱい血が出るのかもにゃ……? 包帯とかガーゼも容易した方がいいかもしれないのにゃ。
 あ、ファーストピアス……? そ、そっか。穴を開けたら埋まらないようにしないといけないのにゃ。なら、それは屹度、大切なのにゃ。デザインも……)
 少しばかり的外れなことを考えて居た。見当外れな事を考えてしまうほどにウキウキとしていたのだ。情報は重要だ、経験も大切なのかも知れない。
(うーん……?)
 ショウと約束を取り付けたのはつい最近のことだった。彼は最初は渋ったのだ。『オレじゃない方がいいさ』と。ちぐさは「どうしてかにゃ」と拗ねた。存分に拗ねてからショウに「ショウがいいのにゃ」と何度も繰返した。
 何故、ショウが渋ったのかと言えば「オレよりもきちんとした病院などが良いよ」という理由だったのだそうだ。彼はちぐさを大切にしてくれている。だからこその提案だったのだろうが『消えない痕』になる可能性があるのだからショウにお願いしたいのだとちぐさは力説した。
「ショウにお任せすれば安心なのにゃ、そしたら恐くないのにゃ」と。――本当は、痛みなんて恐くなかった。イレギュラーズになって、戦いを経てきたならば傷を作ることは日常茶飯事だったからだ。
 恐いという言葉にショウがぴくりと指先を動かしてから「そうだね、恐ろしいことではあるさ」と彼は笑ったのだ。ちぐさは自身が怖がって等居ないとは言わなかった。
(……ファーストピアスはお揃いのものにしてもらうのにゃ。それから、消えない痕をショウに貰って……)
 その為の準備は怠らないと決めた。ならば情報収集だ。知識を付けて、初めての体験のために準備をして置こう。
(そうだ、きちんと穴が開いたらもっとショウとお揃いのピアスを用意するにゃ! 先に見てこようかな)
 うきうきとした様子でちぐさは雑誌を鞄から引き摺り出した。アクセサリー類が乗っている中にはショウが好みそうななども掲載されている。ショウが好むアクセサリーはごてごてとした大ぶりのものが多く、小さな体のちぐさには大きすぎる可能性もあるが、それはそれ。
(ショウが好きなアクセサリーでかっこよくなるのも楽しそうだにゃ)
 ――愛は分かっても恋は知らない。彼への気持ちに名前を付けるなら、多分、家族愛……だけれど、一緒に居られる人とお揃いを付けられるなんて嬉しくて。
 ちぐさは冷めたミルクティーを飲みながらその日を待つことにした。

 約束の日、ショウは何時ものように食材を買ってちぐさの家にやってきた。所が、その表情は何処か重たくも感じられる。
 一先ずはショウの為にホットコーヒーを、そして自分の為にミルクコーヒーを用意してからちぐさはソファーに座るショウの顔を覗き込んだ。
「ショウ?」
 ちぐさは「どうかしたかにゃ?」とおろおろとしながら問い掛けた。彼が何処か悩んでいるのは、まさかピアスホールを頼んだから――?
 さあ、とちぐさの顔色は悪くなってから「ショウ、無理にとは言わないにゃ」と声を掛けた。ショウははたとちぐさの顔を見てから頬を掻く。
「違うんだ、ちぐさ。柄にも無く緊張しただけだ」
「緊張したにゃ?」
「……ああ。他人にピアスを開けた経験は無いからね。上手くやれるかと色々と考えてきたのだけれど、かえって心配させてしまったかな」
 肩を竦めるショウにちぐさは「ショウにお願いしたけれど、いやだったかにゃって。ピアスホールを開けるのは、がしゃんってして痛い事だし……」と呟いた。
「ああ、そうだね。ちぐさに傷を付けることになる。構わない?」
「うん。それでも、ショウがいいにゃ。……ピアスホールを開けるのなら、ショウがいいにゃ」
 ちぐさはじいとショウを見た。ショウは小さく息を吐いてから「なら、オレも覚悟しようかな」と笑うのだ。
 彼は嫌がっているわけではない。ただ、ちぐさに傷を作ることに躊躇ったのだ。ピアスホールを開くならショウがいいというちぐさに答えてやりたいともショウは考えて居た。
 色々と調べたのだと告げるちぐさはファーストピアスは以前に見た揃いのものにしたいと告げた。小振りのエメラルド。二人ともの眸の色を思わせてちぐさは気に入っていた。
「そう言うと思ったよ」
 ショウは分かって居たと言わんばかりに購入済みのピアスを差し出した。ぱちくりと瞬いてから「わあ」とちぐさは嬉しそうに頬を緩める。
 一対の片割れ。それだけを箱に入れて持ってきてくれたのだろう。ショウは「これだろう?」と問う。ちぐさはこくこくと頷いた。
 ショウの誕生日プレゼントを選びに行ったその日に一目惚れをしたものだ。少しだけ時間は経ってしまったけど漸く『分け合う』事が出来る。
「わあ、じゃあ、……これ、付けていいのにゃ? あっ、でもショウへのプレゼントだったのにゃ……」
「勿論。オレが付けて欲しいから問題は無いよ。だから、その為に……」
 猫の耳を撫でる指先にちぐさがぴくりと揺れた。「擽ったいにゃ」と告げるちぐさをリラックスさせるように耳をやわやわと撫でる。尾はゆるやかに揺らいだ。
「ショウ、くすぐったいにゃ」
「そうだね。少し氷を当てるよ」
 ゆっくりとした手順で彼は準備をしていく。猫の耳の感覚が少し遠離っていく気がしてちぐさは本当にピアスホールが開くんだなあとぼんやりと考えて居た。
 まじまじとちぐさを見ていたショウは「こっちにおいで」と膝を叩いた。ソファーに座っていたちぐさはぱちくりと瞬いてからその膝によじ登る。
「ええと、こうかにゃ」
「そう。不安そうな顔をして居るから。大丈夫かい?」
「……ちょっぴりドキドキするにゃ。痛いのが恐いわけではないのにゃ。その……ピアスホールが開くんだなあって思うと……」
 つい、ソワソワしてしまうのだとちぐさは言った。今から、耳朶に穴が開いて、そこに石が通される。それだけで緊張して来たのだ。何せ、ショウだって緊張している。
「ちぐさ、オレも緊張してるから」
「うん。一緒にゃ」
 ちぐさはへらりと笑った。ショウの胸に掌を当てれば鼓動が聞こえる。どくんどくんと脈打つそれが少しだけ早まった。耳をじいと見て、穴を開ける場所を探しているだけでも彼も緊張している。
(……へへ、一緒にゃ。ショウも、僕も緊張しているから、一緒の気持ちなのにゃ)
 ちぐさの緊張が僅かに和らいだのは彼がそれだけ慎重に、慎重に――と事を運んでいたからなのだろう。
 ショウは場所を定めたように耳朶をやわやわと握った。「にゃ」とちぐさが体を揺らす。擽ったくて、それから気恥ずかしくて。
 此処に今から、穴が開く。ピアスホール、消えない痕。欲しいと強請ったそれは彼の傍に居られるという証のようで、どこか特別なものに思えてならない。
「ちぐさ、大丈夫だ」
「うん」
「大丈夫だよ」
 そっと背を撫でられた。緩やかな手つきにちぐさは小さく息を吐く。彼の緊張が伝わってきて、硬くなっていたからだは撫でられたことで力が抜けた。
 まるで抱き締めるような距離。ちぐさはそのぬくもりと心地よさに目を伏せる。大丈夫だと彼が言えば、大丈夫なのだと、そう思えるから。
 バチン、と鋭い音が鳴った。じいんとした痛みが走る。猫の耳が小さく揺れた。背をよしよしと撫でながら、抱き締められるようにしてあやされる。
「開いたのかにゃ」
「ああ」
 耳を撫でる指先がファーストピアスを手繰る。それから、そっと差し入れられたエメラルドは彼の眸のようで美しいものだ。
「……ピアス、入ったのかにゃ」
「ああ」
 ショウは緩やかに頷いた。ちぐさはほっと胸を撫で下ろしてから其の儘ショウの胸へともたれ掛る。
「呆気なかったのにゃ。何だか、一瞬で。一杯調べたり、一杯考えたけど――」
「そうだね。オレも色々と考えてきたけれど、ちぐさは我慢強いから何もなかったようにして終ってしまった」
 小さく笑ったショウにちぐさは「ショウがいいこいいこってしてくれたからにゃ!」と笑った。彼の眸は何時だって優しくて、ちぐさはその眸に映されただけで嬉しくなるのだ。
 へらりと笑うちぐさは「ショウのピアスも見せて欲しいにゃ」と背を伸ばした。一つのピアスを分け合いたいと、と彼は言って居た。膝立ちでぐんと背を伸ばしてショウの耳を眺める。
 お揃いのエメラルドがキラリと輝いている。シンプルなアクセサリーは何時だって彼の傍に居るのだ。そう、そのピアスはなのだ。

 ――これから危険なことが沢山あるだろうし、ちぐさだって戦いに行く可能性はあるだろう。オレだって危険な場所に行かなくちゃならないだろうから。

 彼はそう言って笑っていた。ちぐさの頬がゆるゆると緩み「ショウも付けてくれていたのかにゃ」と嬉しそうに笑った。
「ああ、折角だからね。これでオレもちぐさも仕事に励めるね」
「にゃ……」
 見習い情報屋は『大忙し』になるのだと察してショウを見た。困ったような顔をするちぐさにショウはからりと晴れたように笑う。
「これからどれだけ危険なことがあっても、ちぐさなら大丈夫だという御守りだよ。ピアスホールが完成するまで少し時間はかかるだろうね」
「その時に、僕達はどうなっているかにゃ」
「そうだね。世界がどうなっているかも分からないけれど、大丈夫だと信じていなくてはね」
 ショウは優しくちぐさの頭を撫でた。肩に手を置いてからじいと顔を覗き込めば彼は不思議そうに見上げてきてくれる。
 この人が、とても大切だ。ちぐさは家族を見送った。それから、屹度この人だって見送らねばならないのだ。それでも――一緒に居られる内に大好きを伝えて、共にありたいと思う。
「ショウ、僕、頑張るにゃ」
「ああ。でも余り無理はしすぎないでくれ」
「うん。大丈夫にゃ。イレギュラーズだから、へっちゃらにゃ」
「……けれど、イレギュラーズだって痛みは感じるだろう? ちぐさが傷だらけになったらオレは驚いてしまうよ」
「じゃあ、ショウがビックリしない程度に頑張るにゃ! でも、僕にもショウを護らせて欲しいにゃ。大丈夫にゃ、このピアスがあれば無事は約束されて……あ! 約束された勝利、なのにゃ!」
 そんな言葉があった気がすると自信満々に告げたちぐさにショウは可笑しそうに笑った。
 そうだ。このピアスがあればどれだけでも強くなれる。そんな気がしてならないのだ。少しばかりじんわりと痛みを宿した耳。人の物とは違う、猫の耳はゆらゆらと揺らぐ。
「じゃあ、全てが平和になったら、記念にピアスを買い換えようか。その頃にはピアスホールも完成しているだろうしね」
「次……次はどんなのにするかにゃ?」
 雑誌を引き摺り出したちぐさに「買ったのかい?」とショウは笑った。情報収集のために地道に集めたのだと告げれば「流石は情報屋を志すだけの事がある」とショウは笑う。
「立派な情報屋さんになるためには必要な事なのにゃ!」
 ちぐさはえっへんと笑った。頭を撫でてくれるショウと出来た『未来の約束』は、これから先に無事であるという願掛けのようなものだ。
 ――何があったって、一緒に居られますように。
 そんな願いを込めて居るかのように何かを告げる。
「あっ、でも、ショウにピアスを贈りたくなったらプレゼントはしてもいいのかにゃ!?」
「ああ、オレもちぐさになにか似合いそうなものを見付けたら購入しておくよ」
「わあ。嬉しいにゃ!」
『これで神秘防御力が上がる』と告げればショウは可笑しそうに笑った。何時だって彼はそんなジョークを口にしていたのだ。ちぐさだって揶揄い半分で真似して見せた。
「それじゃあ、約束。さて、今日は如何する?」
「あっ、今日は再現性東京で美味しそうなスイーツを見かけたのにゃ! 買って来たから食べるにゃ!
 それから、それから、雑誌で色んなお出かけスポットがあったのにゃ。イルミネーションとか……そういうのを見に行けるととっても嬉しいのにゃ!」
 嬉しそうに雑誌を指差すちぐさにショウは「そうしようか。そういえば、もうすぐシャイネンナハトだしね」と頷いた。
 ちぐさは「再現性東京は飾り付けが始まっていたのにゃ。とってもキラキラで凄かったのにゃ」と嬉しそうに笑う。イルミネーション特集と描かれた雑誌にはこれからの『おでかけ』を更に充実させる情報が載っているのだろう。
「気になるところがあれば一緒に行こうか」とショウは雑誌を一冊手に取ってから笑った。頷いてから、その膝から降りてスイーツの用意にちぐさはキッチンへと向かう。
 その途中、硝子に映った自分の姿を見て、ついつい口元が緩んだ。耳に空いた、ピアスホール。それを塞ぐようにして彼の色がある。
 彼がくれたのは消えない痕だけじゃない、約束だ。これから無事で、生きて、それから楽しい日々を過ごそうという優しい約束なのだ。
(きらきらで、綺麗にゃ)
 エメラルドが揺らぐ。彼の眸の色のように鮮やかだ。振り返れば同化したのかと伺うショウの眸があった。彼の耳に飾られたエメラルドも同じ色。
(嬉しいにゃ、ショウと僕の色がきらきらと並んでる)
 ちぐさはその喜びを噛み締めながら「何もないにゃ。珈琲のおかわりはいるかにゃ?」と問い掛けた。
 自然と軽くなった足取りは次の約束を思うようにステップを踏んでいた。


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