PandoraPartyProject

SS詳細

日々に煙る

登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の

 情報屋を志した理由というものは忘れてしまったが、案外やりがいのある仕事である事は確かだ。
 夜闇に紛れ、的確な情報を得ることで冒険者達の勝率が上がる。陰の立て役者として名を上げられなくとも、立派な仕事だ。
 ギルド・ローレットに情報屋を投げよこせれば少しばかり不機嫌そうな看板娘が「雑なのです」と唇を尖らすのだ。ショウはそんな様子に「ごめんよ」と返す。
 仕事をおざなりにしたわけではないのだが、今日ばかりは少しは急がせて欲しいと告げれば彼女は「仕方ないのです」と外方を向くのだ。
 約束があったわけではないのだが偶には疲労回復が必要ともなる。日々、忙しなくなったのは世界情勢の変化とも言えるのだろうが――そればかりでは体が壊れてしまう。
 こんな時にはウイスキーをオン・ザ・ロックで。其処まで考えてから顔に出ていたのだろうか非常に不満そうな目線で追い立てられた。
「仕方ないだろう」
「ボクはお仕事なのに」
「はは、また今度連れていこう。今日は許してくれるかな。……まあ、中々ね、大変な仕事だろう、これも」
「そうですね。明日はボクもお休みするのです」
 思いっきり寝ますからねと唇を尖らせて非難がましく言う看板娘はショウにとっては妹や娘、そうした存在のようにも思えていた。何せ、ローレットは少数精鋭だった時代があるのだ。
 古株にもなったショウは幼い彼女をよく見てきた。ユリーカと呼ばれる飛行種の少女と言えばショウの中では未だにレオンの後ろに隠れているイメージが強い。両親の後を継ぎ情報屋として活動するとなった時にはプルーと共に気を揉んだものだ。
「それが成人したか」
 雪降る夜に思いを馳せたのは彼女の事だった。もう大人になってしまったか。
 PM08:00と表示してある練達式の時計を一瞥してから「早く寝られることを祈っているよ」とショウはユリーカに投げ掛けた。
 本来ならば休日であった筈の男だ。ユリーカからすれば「こんな遅くまで可哀想に」といった感情もめきめきと顔を出すのだが、投げられた報告書の雑多さを見る限りその言葉も失せたようである。
 そう――本来ならば休日であった。世界中に突如として現れたバグ・ホールの情報収集に駆けずり回って一日を潰して仕舞ったが、本来ならばのんびりと休息をとる筈だったのだ。
 仕方が無いと馴染みのバーに顔を出せばマスターは「珍しい」と笑う。妙な時間であるのは確かだ。遅くなり、一杯だけと強請ることが多いのだが今日はそんな事をしなくとも営業時間だ。
「まあ、休日だけれど仕事をしたという事で何か恵んで貰いたくてね」
「ナッツでよければ」
「それは得をしたな」
 小さく笑ってからバーボンウイスキーを注文した。マスターは何も言わず準備をしてくれる。その時間の間に、ぼんやりとカウンターを眺めるのがショウは好きだった。
 何せ、非日常を感じるのだ。喧噪の中を駆けずり回り、忙しなく情報を収集する日々。イレギュラーズ達の顔を見て、無事であったことを安堵する事もあれば情報の不足から傷を負う物を見て悔しさを沸き立たせることもある。
 そうした自らの責務を確認した後に、気が抜けたようにぼんやりとバーカウンターに佇むのだ。其処に居るのは情報屋でも何でも無い、ただの男か、いいや、最早人間とも言えないのかも知れない。泥だ。泥がぼんやりと佇んでいるとでも思って欲しいほどに気が抜けていた。
「お疲れですね」とマスターは静かに言った。
「まあ、色々と忙しない日々だ」
「そうですか。だから顔色が余り優れないのですね」
「まあね」
 肩を竦めてからショウはナッツを頬張った。甘さを引き立てた訳ではないのだろうが、渋みのあるバーボンを飲んだ後にはそれが心地良いマイルドな甘さを感じさせる。
 グラスを揺らせば、琥珀の雫が氷に纏わり付いて揺れていた。頬杖を付いたままショウは「酔い潰れでもすれば気分でも変わるのだろうけれど」とぼやく。
「そうはいかないのが中々、辛いものだ」
「そうですか?」
「大人になってしまったってことだよ」
 思えば酒を呷るだけで一日が潰れてしまうなんて随分な行動だ。馴染みの音楽にでも耳を傾け、のんびりとしたティータイムでも楽しむべきだっただろうか。
「そうだ、バーボンを紅茶で割ろうかな。いっそのこと」
「手っ取り早いですね」
「案外良い方法だとは思わないかい?」
 ショウが笑えば「其方の方が酔いやすくなるかもしれませんね」とマスターが頷く。
「と、言いながらも別に泥酔してしまいたいわけじゃないのが困ったところだね」
「そうですね。そうなられてしまうと何方にご連絡しましょう」
「ローレットかな。レオンやユリーカに叱られて仕舞いそうだ」
 揶揄うような声音を弾ませたショウにマスターは「それは恐ろしいことですね」と目を伏せた。
「それにしても、ローレットと言えば、今や有名人ですね。貴方と初めて会った頃には思っても見ませんでした」
「冒険者ギルドで何でも屋ともなればね、悪目立ちはしていたけれど此処まででも無かったか」
「はい」
「まあ、今の名声はイレギュラーズのお陰だね。オレも強力はしているけど『オレのお陰だ』なんて言えっこないよ」
 笑うショウはイレギュラーズという存在が如何に素晴らしいかを知っていた。彼等は世界を救う英雄だ。その下支えを出来ていることを光栄にも思う。
 何処にだって居る普通の情報屋であった筈のショウもその英雄の仲間入りが出来るのだから喜ばしい事ではあるのだが――
「まあ、英雄様になりましたなんて言わないから、時々彼等に思いだして貰えればオレとしては喜ばしいかな」
「英雄様として名乗って歩いても宜しいのでは?」
「どうかな。精々英雄の友達とかそのレベルでお願いしようか」
 小さく笑ったショウにマスターは静かに「そうですか」と頷いた。彼はリズミカルに言葉を交してくれるが、それ程踏込むことはない。
 言葉を投げ合っては、心地良く。話題が終れば、静かに自らの仕事をする。だからこそ、このバーをショウは気に入っていた。
 それでも、時折物足りなくなるのは彼があくまでもバーの店主であるからだ。友人の過ごす時間もかけがえが無いとしっている。
「そうだ、近くでスイーツを売っている店はあっただろうか」
「ああ、遅くまでやっているケーキ屋がありますよ。私も贔屓にしています」
 マスターに「オーケー」とショウは頷き店舗の場所を確認した。成程、新しくできたばかりの店なのか。ショウの情報網にもなかった場所だ。
 ケーキ屋とは名ばかりで本来はバーの役割が強いのだろうがマスターの知り合いだと言えばスイーツを販売してくれるらしい。
「何処かに?」
「ああ、少しね」
 何となく思い出しただけだったのだが、気が向いたのならば向かうのみだ。ショウは小さく笑ってから「また来るよ」とマスターに告げる。
「また、いつでもどうぞ」
「今度は知り合いを連れてくるよ。スイーツも土産に此方に持ってきてね」
「お待ちしております」
 穏やかに告げる老紳士に頷いてからショウはグラスに残っていたウイスキーを一気に飲み干した。
 氷がかつりと音を立てる。生憎酔いにもたれかかる事は出来やしなかったが、心地の良さは身を包む。気分は軽快だ。
 さて、そろそろ『あの子』に会いにでも行こうか。土産の品でも携えて。
 そんなことを思ってから、ショウは足早にその場を後にした。


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