PandoraPartyProject

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腹を満たすぬくもりに

登場人物一覧

ベルゼー・グラトニオス(p3n000329)
煉獄篇第六冠暴食
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲

 ベルゼー・グラトニオスという男についてゲオルグは何を込んでいたのかを聞き込むことにした。
 彼の死後、その墓は里長である琉珂の計らいによってヘスペリデスの丘に作られたのだ。その地からフリアノンを見下ろすことが出来る絶好のロケーションとも言えよう。
 その地に何かを捧げたかった。捧げるならば、ベルゼーが好んだものが良い。ゲオルグは「何かあるだろうか」と亜竜種に問い掛けた。

 問うた先に居た亜竜種は珱家――つまり、琉珂の親族にあたるのだそうだ。里長として跡継ぎが産まれなかったならば分家に当たる人間が新たに里長に養子になるという。
 珠珀と琉維の間に琉珂が産まれたためお役は御免となって居たが、その役割を有した青年は「里おじさまの好きなものかあ」とぼんやりと空を眺めていった。
 里長の家系に当たる者は皆、ベルゼーと顔を合せたことがある。通常の里の者達は飄々としている彼を見たことはあるが、それ程は里に留まらない――今思えば、それは自身が魔種であり原罪の呼び声などの影響を及ばせぬ為の配慮であったのだろう――為に、それ程は彼の事をしらないのだろう。だが、琉珂を始めとした里の中枢部ならば詳しいと踏んだのだ。
「里おじさまはやっぱり、珠珀たちを溺愛してたからなあ。言い方が変かな。あの人は里の誰もを愛していたしなあ。
 何をあげたってありがとうって言うからあまり一番好きなものは知らないな。多分、琉珂もそうだぜ。琉珂なんてへたくそな塗り絵を渡しただけで抱きかかえられてた」
 思い出すように笑った彼は幼い頃の琉珂がベルゼーの尾を掴んで歩き回っていたと言った。それを是とする程にベルゼーは亜竜種を愛していたのだろう。
 琉珂という小さな小さな娘をだきあげて「あたたかいな」とぬくもりを感じて微笑むのだ。その様子は、琉珂が成長し里長となった今でも見受けられていたのだから彼の愛情は深い者なのだろう。
「想像は出来るな。琉珂は可愛がられていた」
「だろう。まあ、俺も小さな頃はそうだったよ。珖冶こうや、珖冶、こっちだ……ってさ」
 珱・珖冶はそう言った。彼の名前も里おじさまとして親しまれたベルゼーが付けたらしい。琉珂の名前とて、そうなのだという。
「しかし、人は手向けることが出来ないな」
 ゲオルグが困ったような顔をしてから珖冶はだよなあとからりと笑うのだ。
 晴れるように笑うその顔や仕草に僅かにベルゼーを感じたのは彼が父親のように彼等亜竜種に接してきたからなのだろう。その様子を見れば、それが良く分かるのだ。
 だからこそ、ゲオルグは胸が痛くなる。ベルゼー・グラトニオスという男の深い愛情に、そして、自身を殺してでも愛しき子らを救うというその強き決意に。
 ――もし、彼を救い出す事が出来たのならば、この場で朗らかに笑っていたのだろうという想像をする度に苦しくなる。
「分からないなあ。里おじさまが死ぬ事なんて想像してなかったからさ。
 琉珂もそうだぜ。きっとさ。きっと、あいつが一番苦しかったと思うよ。珠珀たちが死んでから里おじさまは父親代わりみたいなもんだったからさ」
「……ああ」
「でも、琉珂が決めたんだろ? 里おじさまを殺すっていうか、倒すって。それなら、立派だよ。里長として間違ったことはしてない。
 ……人としてはどうだったんだろうな。里おじさまは琉珂の選択を尊重するだろうが、俺はそうはできないや。里長は里を護るべきだけど、琉珂は……すまん、忘れてくれ」
 ゲオルグはゆるやかに頷いてから、幼子に呼ばれて去って行く珖冶の背中を見詰めていた。

 ――里長は里を護るべきだけど、琉珂は。

 彼女の苦しみは計り知れないものであっただろう。少なくとも、ベルゼー・グラトニオスはそうなることを理解した瞬間から琉珂という娘の前では悪辣に振る舞いたがっていたように見えた。
と、魔種らしく振る舞う姿は少なくとも里に親しんだではなったのだろう。そうなっても尚も、彼等はベルゼーを愛し続けていた。
(彼はきっと、そうして愛されるだけの時間をこの里で愛してきたのだ。
 フリアノンを護り、フリアノンを慈しみ、全ての亜竜種を愛するために生きてきた。……愛しているからこそ食事として美味いとは言ったが、食いたくはなかっただろう)
 人の言葉を話す獣であれば何れだけ良かったか。人の言葉を発し、獲物を引き込む化物であれば。
 そうではないのだ。彼は間違いなく人であった。人であったからこそ死後に尚も彼の名を呼び、彼を愛する者がいるのだから。

 その晩、ゲオルグは夢を見た。眼前にはベルゼーが座っていた。思わず立ち上がり「ベルゼー」と呼べば彼は笑うのだ。
「そう、驚きなさんな。お茶が溢れてしまうではないかな。それとも、好みの茶でなかったのなら、淹れ直そうか」
「いいや、有り難う」
 それが茶会の席である事を理解していたのは夢の中であるからだ。茶器を傾けるベルゼーを真っ直ぐに見詰めてからゲオルグは息を吐く。
「では、紅茶をいただかせて貰おう。茶菓子は、ああ、そうだ、茶菓子は此れは羊をイメージしたクッキーだ。此方は猫のマカロン。好みであれば嬉しいのだが」
「マカロンとは初めて食べますなあ。茶菓子をのんびりと食べるというのも楽しくていいもんですな。
 何、今までは腹が減っては直ぐに飲み込むようにして過ごしてきたので、暴食では無い日々はこんなにも楽しいものなのだと思ったのさ。
 ……風味を理解し、味の好みを語らって。そうやって好きなものが増えていくのは実に楽しいもんで。ああ、これなら琉珂が作った焦げたクッキーに『不味い』とでも言えたのか」
 そんな風に言葉にするベルゼーにゲオルグは「味は余り理解していなかったのか?」と問うた。夢の男は何かを考えたように「まあ」とそう言った。
 何だって美味しく感じられてしまっていたから。人も、動物もなにもかも。腹を満たせばそれは『美味しい』という判断になってしまったのだから。
「琉珂の作る動くケーキも中々でしたな。何でも美味しくて、そう、覇竜領域の食材は火を通しても動き回るものなどが多いんですが、琉珂はそういうものを入れ込んで私を試してましたなあ。
 美味しくないって言わせてみせるって。そうすると、今になればそれを使わない料理の仕方が分からないとでも言う具合にクセで入れるようになってしまって」
「ああ、だから、琉珂の料理は動くのか」
「名付けるでしょう」
「ああ……」
 動き回る謎のケーキに名前を付けて、亜竜種達に叱られる里長のことを思い出す。ベルゼーは最初は自分の為だったのだと言った。
 暴食であるが故に何だって食べてしまえば美味しかった。そんなベルゼーに「オジサマって何でも美味しいって言う、へんなの」と琉珂は言った。彼女は本能的にベルゼーが他の人と違うことは理解していたのだろうが、魔種であるなどとは思っては居なかっただろう。
 だからこそ、『オジサマは味が分からないご病気かなにかなのかも』と考えて可笑しな料理を提供し続けた。可笑しな料理を提供し、それをベルゼーに不味いと言わせたかったのだ。
「最後まで、美味しいと言ってしまいました」
「味は?」
「分かりませんなあ。ヘスペリデスさえも食べてしまうほどの悪食でしたからなあ」
 困ったように笑ってからベルゼーは肩を竦めた。こうして『夢の中』ならば、何れだけだって食べられるのだ。美味しい美味しいと笑って食べる事が出来る。
「何か、思う事は無いか? 出来ればベルゼーの墓に何か供えたいのだが」
「そうですなあ。願いは……どうか、子供達が幸せであるように。それだけを願っていますからな。
 ……力を貸してやってはくれませんかな。琉珂は、そう……琉珂は特に、強がりですが、泣き虫でしてなあ。直ぐにわんわんと泣き出しますからな」
 小さな頃の琉珂は、何かを失敗したと直ぐにぐずぐずと涙を流していた。そんなことを思い出してからベルゼーは楽しそうに笑うのだ。
「だから、琉珂を護ってやってくださいませんかな。あの子が大人になったって、困難は付き纏いましょう。
 その時に、お前さんさえよかったら『どうかしたのか』と笑ってやって欲しいのです。……私は本当に、あの子を我が子のように育てて来ましたからなあ」
 笑うベルゼーに「約束しよう」とゲオルグは頷いた。喜ばしいと笑ってからベルゼーは「そうですなあ」と呟く。
「お菓子を下さいますかな。出来れば、琉珂にでも作らせて、それを供えて貰っても?」
「それは、うして?」
「それを琉珂にも食べさせてやって欲しいというのは我儘ですかな。
 琉珂だけじゃない。珖冶や瑠貴たちにも。皆に美味しい物を食べさせてやった欲しいのです。それから、菓子を作って見てはどうですかな。名前は……ベルゼーとでも付けていただければ」
「ベルゼーの名を冠した菓子を?」
「そう、本当は忘れて欲しいんですがなあ、屹度無理なら。あの子達のために残してやって欲しいのです」
 ベルゼーは笑ってから、はたと何かをも出したように声を潜めていった。
 琉珂は、己を殺すときに酷く後悔していたと。それでも、里長として立派に勤め上げたのだ、と。
 珖冶たちは『里長になる彼女』に対して未だ受け入れがたいこともあるだろう。それだけ、幼い間から彼女は里長でなければならなかったのだ。
「……夢枕に立ったとでも言ってくれれば良いでしょう。そうしたら、皆、笑ってくれると嬉しいですがなあ」
「驚かれるだろうな」
「それもそうか」
 ベルゼーは「なら、驚かせましょう」と笑った。

 ――ふと、目を開ければ、見慣れた天井であった。何もない、ただの夢だ。
 そう思ってからゲオルグは体を起こす。また覇竜領域に行って琉珂に菓子作りを教えよう。それから黒いチョコレートを使った菓子を作ってベルゼーと名付けてやろう。
 それが手向けになるのならば。


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