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風の如く涼やかで

登場人物一覧

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディの関係者
→ イラスト
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディの関係者
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 アルティオ=エルムに帰還したリースリットは実母の元に向かう事にした。アスティア、その人が雪の頃には現在はファルカウに留まっていると聞いたからだ。
 その情報を与えてくれたの『風の精霊』アイレだった。お役目のために旅に出てしまうアスティアが留まり続けて居るのもアイレのお陰であったのだろう。
「久しいですね、リースリット。また忙しくしていたのですか?」
 穏やかに微笑むアスティアに迎え入れられてからリースリットは「ええ、それなりに」と目を伏せた。今日は彼女と、そしてアイレに報告があってやってきたのだ。
「リースリット、アスティアをきちんと、アルティオ=エルムに押し止めて置いただから感謝して欲しいわ。
 だって、アスティアったら、わたしのことも置いていってしまうのだもの。聖霊との関わり方をリースリットが学んだのであれば、自分はお役御免だという具合に」
 少し膨れ面であったアイレにアスティアは些か申し訳なさそうな顔をした。困った顔をする彼女を見ていれば二人の関係も良いものだと安心できるのだ。
 長らく母の顔も知らずに育ったリースリットにとってアスティアは母親と言うよりも精霊術の先生のようなものだ。そして、アイレも同じく『大精霊』という存在だと認識している。関わり方にも惑うところはあったが、アイレの制御について学び、交流を重ねたことで気兼ねなく向き合う事が叶うようになったのだ。
「ええと、……お母様」
「アスティアで構いませんと何時も申し上げているでしょう? 母と呼びにくいことも分かりますもの。
 風の便りで聞いています。幻想王国に危機が訪れていたのでしょう。リースリットも……ファーレルで苦労したのではありませんか?」
 気遣う母にリースリットは「その事で、ご報告が」と背筋を伸ばした。アイレはと言えば風は風でも『噂』を手繰り寄せて何かを知った顔をして居るのだ。
 どうやら、本当に大きな報告に関してはリースリットの口から聞きたかったためアスティアの耳にも入れてはいないようなのだが。
 にんまりと笑ったアイレの顔を見ればリースリットは「ああ、知っているのだな」と理解することも出来よう。彼女はそれを為せるだけの力を持った精霊だからだ。
「ご存じの通り、幻想では貴族社会に大きな揺らぎがありました。それでもファーレル家は大丈夫です。……それと、父、リシャールも無事です」
「リシャールも……良かったです。ええ、リシャールだけではありません。奥様……アウレリア様もご無事なのでしょう?」
「はい。奥様も、お父様も、変化なく過ごしております」
 アスティアは眉を寄せて笑みを浮かべた。リースリットの立場がファーレルで微妙な物になったのはアスティアの振る舞いが一番に大きいからだ。
 古くからファーレルと関わりのあったエーレンフェルトの令嬢であるアウレリアがリシャールの夫人となるのはアスティアも理解が出来る。その上で、リシャールが自分を選ぼうとしたことだって知っている。それでも、一族の使命を選び抜いたアスティアは幼いリースリットだけを愛しい人のもとに残したのだ。
 それ故に、八つ当たりが半分入ったアウレリアの関わり方はリースリットにとっても余り好ましい者とは言えなかったのだが――母はそれも理解した上で、娘との関わり方を考えて居ることは知っている。
 ならば、それ以上は詮索しないのが大人の気遣いだ。リースリットが何処か困ったような笑みを浮かべればアスティアは首を振ってから「あなたが無事で良かったです、リースリット」と微笑む。
「はい。それから、もう一つ……ご報告が」
「何かありましたか?」
 アスティアが不思議そうな顔をする。もしかして、身辺で何か――母らしい緊張を宿したアスティアの横顔を見てからアイレがくすくすと楽しげな声を弾ませた。
「アイレ?」
「うふふ。エフィも笑っているもの。わたしだけではないわ、アスティア」
 楽しげに笑うアイレの傍ではアスティアの相棒とも呼べる風の精霊が声を殺して笑っていた。眉を寄せる母の姿にリースリットは精霊達に遊ばれているのだと僅かに同情する。
 困った顔をするアスティアにリースリットは「驚かせて仕舞うかも知れないのですが」と前置きをした。
「絶対に驚くわ。喜ぶかも知れないけれどそれでも、複雑な心境にはなるでしょうね」
「アイレ」
 リースリットが咎めるような顔をすれば彼女は悪戯っこのように笑った。非常に気易い態度にも思えるが、それだけアイレにとってリースリットの報告が面白くて堪らないのであろう。
「……そんなにも、驚くようなことが?」
「どう、でしょう……お母様はフィッツバルディ家はご存じでしょうか」
 アスティアは頷いた。流石に、『巡礼の旅』を行って居ただけあり貴族情報にも聡いのだろう。フィッツバルディといえば大貴族だ。
 アスティアは「何か、問題が……」と息を呑んだ。ファーレル家とフィッツバルディ家が大きく関わることは彼女の中では無かったはずだ。だと、言うのに娘の口からあの大貴族の名が出たのだ。怖れるように彼女はまじまじとリースリットを見る。
「……フィッツバルディのフェリクス公子より、求婚いただきました」
「求婚――……それは、本当ですか? リースリット」
「はい。嘘ではございません。そして、その求婚を承諾し、婚約させて頂く事になりました」
「……え?」
 ぱちくりと瞬くアスティアが驚いた様子でリースリットを見た。そして、アイレを見る。アイレは知っていると云わんばかりにこりと笑い、その傍に感じられた風の精霊エフィもくすりと笑った。
「本当ですか、リースリット」
 母はもう一度同じ言葉を繰返した。リースリットは母の驚きに「此処までのことか」と思いながらも「はい」と頷いた。
「シャイネンナハトの日に婚儀を上げることに致しました。その報告にお伺いしたのです、が……お母様……?」
 俯き、黙りこくったアスティアにリースリットは慌てた様子で近寄った。流石にその反応は予想外であったというようにアイレは「アスティア」と呼び掛けた。
「ああ、何てことでしょう。娘が結婚をして仕舞うだなんて。……シルフィウスの娘として育てられなかったから、せめてはリシャールの元にと、考えて居ました。
 それが、こんなにも短い間に嫁ぎ、手許から離れて仕舞うだなんて、寂しい、ですね」
「お母様……」
「その婚姻はリースリットにとって望んだものだったのでしょう?」
「はい」
「ならば、私があなたの婚姻を否定する事はありません。幸せになって。
 私は、ファーレルに種族の違いより婚姻を拒絶されました。酷く、苦しい想いを致しましたよ。
 それから、あなたという幸せに恵まれて……もう一度と彼が手を伸ばしてくれたのだけれど、エフィと旅することを選びました。
 私の選択は、あなたにも、リシャールにも辛く苦しい想いをさせたことでしょう。だから、あなたには幸せになって欲しかったのです」
 涙をはらはらと流し始めたアスティアの背を抱き寄せるように浮かび上がって腕を回すアイレが小さく笑う。
「しあわせね、アスティア」
「ええ。本当に。あなたと傍に居られぬ事は、寂しいですが……それでも、あなたがしあわせになってくれるのであれば」
「ええ、ええ、そうね。わたしもうれしいわ。リースリット、あなたがわたしに『見せてくれた』景色の中でも彼との思い出は色付いてみえるのだもの」
 それだけ、愛おしい人なのでしょうとアイレは微笑んだ。ああ、この風の精霊がそう告げるのであれば信頼も出来る。
 美しい風、吹かれ、そして揺らぐ。アイレという精霊は術者の心に寄り添うのだ。深い愛情が彼女をより強く制御出来るようになるともアスティアは感じていた。
「ああ、良い報告を有り難うございます。リースリット」
 穏やかにアスティアは微笑んだ。リースリットは、じり、と一度下がってから懇願するように母を見る。
「それで……一つ、ご相談があるのです」
「何なりと、リースリット」
 穏やかに微笑むアスティアにリースリットは何処か途惑いながらも「婚儀の席への招待状です」と静かに言った。
 ぴたり、と動きを止めるアスティアは「幻想王国、でしょう」と問う。アイレは「向かう事は出来るわ、アスティア?」と予定を確認したように言った。
「……向かう事は。けれど――」
 リースリットの、いいや、『ファーレル令嬢』の婚姻ともなれば、自ずとリシャールが居る。
 リシャール・エウリオン・ファーレル――アスティアにとって好いた相手であり、リースリットの父親だ。
「……リースリット」
「私は、勿論、お母様に来ていただきたいのです」
「私も、あなたの幸福な姿をこの目に焼き付けたく思います。けれど、その場には……リシャールが……それに、アウレリア嬢がいらっしゃるのではないですか」
 リースリットは小さく頷いた。新婦の父としてリシャールは来るだろう。無論、一族として義母にあたるアウレリアとてやってくる。
 アウレリアはアスティアを見たならば鋭い叱責の言葉を投げ掛ける可能性もあろう。それを思えばこそ、なのだろう。
「義母様には私からもお話をしてみます。もしも、無事に円満なる式が叶うならば来ていただけますか?」
「私が向かう事を、リシャールは」
「はい。お伝えさせてください。私からの希望を告げ、お母様に来ていただけるようにと計らいます。フェリクス公子も協力してくださるはずです」
 真っ直ぐに見詰めるリースリットにアスティアは「あなたの選択を信じましょう」と嫋やかな声音を響かせた。

「ねえ、アスティア。リシャールに再会したらどうするの?」
「……感謝を述べましょう。私の可愛いリースリット。あの子を、幸せにしてくれたのだと。それだけです」
「本当に?」
「ええ、それだけです」
 ――風は吹いて去って行くものだから。もう、何も求めないのだ。


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