PandoraPartyProject

SS詳細

ロンドン・トワイライトに染まり

登場人物一覧

プルー・ビビットカラー(p3n000004)
色彩の魔女
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら

 幻想の夜は肌寒い。はあと白い息を吐き足早に掛けるジルーシャはギルド・ローレットへとやってきた。
 用事はと言えば受けていた依頼の報告書の提出だった。それから――プルーが居れば少しだけ顔を見られないかと思ったのだ。
 ローレットに居たのは何時も通りの看板娘だけだった。少しだけの落胆を抱いたジルーシャに「少し待っていると良いのですよ」なんて揶揄うように彼女は言う。
 周囲にだって滲んで分かって仕舞うような恋心。少しだけ揶揄うような視線を込めた彼女に「ええ、そうしようかしら」と囁けば、ぱちくりと瞬かれた。乙女のように、恥ずかしがるだけではないのだ。
 彼女と共に過ごす日々は輝かしいものばかり。恋を口にしてもひらりと蝶々のように飛び立ってしまうその人を想う気持ちを隠す物ではないのだ。
 ジルーシャにホットココアを入れてくれる受付嬢が其の儘仕事に向かう背中を見送ってから、彼女は仕事で出てしまったと聞きその帰りを待つ。情報屋だって危険がつきまとうのだ。ギルド員の安全のために出来る限りの情報を集め、共有し、仕事に向かうための準備を整えてくれる。
(プルーちゃんも情報屋だもの。それも、歴も長く、これまで沢山の死地を越えてきた。
 ……分かっては居るのだけれど、心配もしてしまうわ。もしも怪我をして居たらどうしよう。帰れなくなっていたら? ひょっとして――)
 ナイーブな想像ばかりが付き纏う。ジルーシャは大丈夫と言い聞かせてから首を振った。ああ、どうしたって冬の夜は寒々しくて、気持ちだって暗くなる。
 シャイネンナハトには二人でこれ幸いと静かな時を過ごす予定をしたのだ。こんな事で迷って何て居られないのに。酷く、恐ろしさばかりが傍らにあった。
 ジルーシャの指先がマグカップをつん、と突く。これからシャイネンナハトの約束をして、それから――この先のことを考える度に、ひゅうひゅうと吹く風に不安が揺らぐ。
(こうやって、何時までも不安を抱いて帰りを待つのかしら。なんて、……きっとプルーちゃんに怒られちゃうわね)
 彼女は自らの仕事にプライドがある筈だ。情報屋としての此れまでを蔑ろにするつもりはジルーシャにはない。こんな不安そうな顔を彼女には見せてはならない。
 ジルーシャは息を吐いてから「ユリーカちゃん」と受付嬢を呼んだ。脚をゆらゆらとさせながら資料整理をして居たのだろう彼女は「はいなのです」と答える。
「プルーちゃんが帰ってきたらディナーに誘おうと思って居たのだけれど、遅くなりそうだし此処に食材をデリバリーしましょう」
「やったー!」
「その代り、何か私にも仕事を手伝わせて? プルーちゃんの話が聞きたいなあなんて思ったのよ。あら、これはバッリバリの下心だからね」
 ええーと少し困った声を出したユリーカに「いいじゃないの」とジルーシャは笑った。資料整理を行なう傍らに座って、彼女の手伝いをしながらプルーとの思い出話を耳にする。
 産まれた頃からローレットに居たと言っても過言ではないユリーカはこのギルドでは古株だ。そんな彼女でもプルーの事には余り詳しくないらしい。
 故郷は深緑であること。幻想種であり、情報屋として様々なギルドを渡り歩いてきたこと、それから、彼女には家族と呼ぶべき存在が居ないのではないかという疑惑。
「幻想種の皆さんは今でこそ外で見ることが多くなりましたが、昔は迷宮森林から出てくることはなかったのですよ」
「そうね。それだけ外交も隔絶されていたし……それが身を守る事だったのでしょうし」
「はいです。プルーさんはそれでも情報屋として活動してましたから、多分、ご家族と呼ぶべき存在はあまり多くないんじゃないかなあって想います。
 ボクらは皆そうなのですけど、家族が居ることが弱みになる事があったりするです。プルーさんはそうした存在が居ないから危険な場所にもすいすい言っちゃうのかなあって」
 ユリーカの言葉にジルーシャは眉を顰めた。確かに彼女ならばレオン始めとしたローレットのイレギュラーズが居ることで一種のストッパーが掛かる。それ以前に、彼女を危険地帯に送り出す者も多くは無いのだが。ショウやプルーと言えばユリーカに継ぐ古株だが、彼等が扱う情報は多岐に亘っている。ユリーカの代わりに危険地帯に情報収集に向かう事も多いだろう。
「家族が居ないと思う?」
「もし居ても、余り交流はないんじゃないでしょうか。でも、それってすっごい寂しいのです。
 ……こう言う仕事ですから、死ぬ事を前提に、あまり未練を残さない人も多いのですよ。ジルーシャさんが躱されているのも、もしかしたら」
 自らが情報収集の段階で命を失う可能性を考慮してなのだろうか。ジルーシャは小さく息を呑んだ。「いやね」と。
 そんな寂しい事情で目を背けられるのはどれ程恐ろしいことか。誰だって、生きて行くには荷物を背負う。荷を降ろしたがるのは悪い癖のようにも思えた。
「ねえ、ユリーカちゃん、これ」
「はいです」
 今朝の報告書でしょうと指差したのはプルーが関わったものだった。幼い子供を三人保護したが、直ぐにローレットではない場所に移されている。捕縛した荒くれ者は憲兵に突き出されているが――何か違和感を感じたのは子供達の所在だった。
「この子達、どうしたの?」
「子供達を保護したのですが、ローレットは敵扱いで聞く耳を待たなかったのです。
 特にお兄さんは実行犯でしたからどうしようという話しになったのですが、プルーさんは仕方がないと言って皆さんに孤児院を斡旋していましたよ」
「へえ……」
 よくある話だったが何となく引っかかりを覚えたのだ。誰も介入することなく孤児院に居を移された子供達。その報告書の内容は余りに薄く『理解が得られなかった』とだけ記載されていた。
「さ、これでいいわね。夕食の準備をしましょう! デリバリーして、美味しいものを食べなくっちゃ」
「はーい! もうすぐ帰ってくるですよ!」
 わくわくとしたユリーカの言の通りデリバリーの品が届く頃合いにプルーが帰還した。報告書を受け取ったユリーカの背中を見送ってから「温かいスープは如何?」とジルーシャは問い掛ける。
「いただくわ。ありがとう。待たせてしまったかしら?」
「ううん、顔が見たくって居座ったのはアタシだから気にしないで頂戴な。それより、寒かったでしょう? オニオンスープなの、味わって頂戴」
 にこにこと笑うジルーシャにプルーは小さく頷いた。何処か、寂しげな顔をして居る気がしたのはきっと気のせいではないのだろう。
 何かあったのかと問いたかったが食事の席に似合わぬ話題である可能性だってある。ジルーシャはその横顔を眺めながらも、敢て気にしていないような顔をして食事をとっていた。
 ふかふかとしたパンは美味しいが、少しばかり味が分からなくなったのは隣に居るプルーから憂いを感じたからだ。
 屹度、ジルーシャが気にしている事だってプルーは分かっているのだ。お見通しの狡い人。そうであっても、彼女が話したくなるまでは言いやしない。
「プルーちゃん、美味しい?」
「ええ。美味しいわ。けれど、物足りなくなってしまいそうだから後でワインでも買いに行きましょう。良いかしら?」
 奥でユリーカが「行ってきて良いですよ」と返す声を聞く。お留守番役の彼女にも何か差し入れを買わなくちゃと笑ったプルーにジルーシャは「外は寒いわ、暖かくしてから行きましょうね」と微笑んだ。

 涼やかな風の吹く街並みに雪がちらつきだした頃だ。寒々しいと身を縮め込ませるジルーシャに「寒いわね」とプルーは微笑んだ。
「もう少し暖かい格好をしてくるべきだったかしら。手袋とか、必要かと思って何時も忘れてしまうのよ」
「そうね。もう少し暖かいか持って思ってたから……これから必需品かも知れないわ」
 指を擦り合わせるジルーシャに「私の手は温かいわよ」とプルーはそう言った。その掌に包み込まれて「わ、本当だわ!」と喜んだのは束の間だった。
 つい、気にしてしまった。聞こうとは思って居なかったけれど――だって、そんなことがあるのだもの。少しの変化でも分かって仕舞ったのだから仕方が無い。
「ねえ、プルーちゃん」
「どうかしたのかしら? ふふ、目許がジェオルジだわ。何か、困った事があった?」
 振り返ったプルーの指先をぎゅっと握り締める。美しいその人の嫋やかな指先には小さな傷があった。
「怪我したの? ここ、ざっくりと傷付いているわ。まだ塞がっていないようにも見えるけれど」
「ええ、ワイヤーで引っかけただけよ。大丈夫、それ程に深いものではないし、それ以上は何もないの。小さな子供が居たの。それで手間取っただけ」
「手間取った……珍しいわね。どう言うことか、聞いても良い?」
「ええ。解決済みの依頼よ。今朝、滞りなく終ったの。その関連報告書はユリーカと見たと聞いているけれど。
 私はその情報を集めに行っていたわ。クラーレットな気分になってしまうかもしれないけれど――……子供が、獲物を引き寄せるの。親を亡くしたと泣いている子がね」
「ええ。よくある、手段ね。子供を利用したゲスの行いだわ」
「そう、そうよ。その子が『妹があばら屋で待っている』といって引き寄せるの。対象は商人やそれなりの金品を持っている相手よ。
 着いていけば待っているのは荒くれ者という話よ。其処までなら良かったのだけれど、どうやら本当に幼い妹は居たのね。しかも、二人」
「二人……」
「一人は幼児だったわ。もう一人は乳児。その子を保護しておかなくては死んでしまうほどの衰弱だった。だから、仲間内で協議をしたわ。
 私が潜入し、人質となっている子供を保護する段取りよ。その間にギルド員は荒くれ者を捕縛すること。それで……ええ、それで、引き寄せる役割の兄は、私を敵だと見做したわ」
「どうして」
 悲痛な声を漏したジルーシャに「知らない大人は信用ならないでしょう? 況してや、こんな状況だったもの」とプルーは困ったように肩を竦めた。
 そうして、その子供はプルーに傷を付けた。ワイヤーで罠を張り、幼子を抱き寄せようとしたプルーの腕でも落とそうとしたのだろう。それでも、彼女は熟練の情報屋だ。その気配を過敏に察知して、直ぐに回避を行なったのだ。だからこそ、指先に一つだけの傷を負った。
「困った話ね。よくある話だわ。そうした子供を見る度に何時だって心が痛んでしまうの。
 私は何も出来ないのねって。そんな顔をしないで。ディーマン・ブルーな気配をさせてしまうと、話した私が辛くなるわ」
「けど……プルーちゃんは、やるべきことをやったんじゃない」
「ええ、でも、幼子から見れば敵だったわ。当たり前のことだけれど。それは、避けられない認識で、当たり前の事よ。そうした子供が居なくなれば良いのだけれど」
「何か、そう思う事情があるの?」
「さあ、忘れてしまったわ」
 小さく笑ったプルーは「けど」とジルーシャに近寄った。その指先がジルーシャの冷たくなった頬に触れる。
「今は、少しだけ思うのよ。あなたがそんな悲痛な顔をするからかもしれない、と。私も生きていなくてはならない理由が出来たのね」
「え、……ええ、そうよ! プルーちゃんが傷付いたり、死んだりしたら泣いちゃうんだから!」
 胸を張ってそういったジルーシャに「あら、大泣きするのかしら」とプルーは笑った。
「ええ、それこそ。わんわんって。大きな声を上げちゃうわ! だから……何かを思っても、誰かのためだって傷付くことを良しとしないでね。プルーちゃんのこと、大切に思う人も沢山居るのよ」
「あなたみたいに?」
「ええ、そうよ。何か困ったら何時でも言って頂戴。力になるわ。アッ、でも幽霊はちょっと……アレかもしれないけれど……」
 か細くなる声音にプルーはくすりと笑ってから「ええ、そうね」と頷いた。
 ロンドン・トワイライトに染まり行く街並みに、光が灯る。シャイネンナハトも近付いて着た頃だ。イルミネーションの代わりに街灯が柔らかに華やいで行く。
 冷たくなったジルーシャの指先を捕まえてから「少し歩きましょう」とプルーは囁いた。
「何処へ行くの?」
「何処かしら。分からないけれど、歩きたくなったの。腹ごなしよ」
 そう囁きながら、緩やかに行く。――あなたが生きていく理由になれたら良いのに、と。そうジルーシャは思いながら。


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