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似て非なるもの

登場人物一覧

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女

●追憶を探す
「……」
 可憐と言える美貌は同時に幻想種らしい落ち着いた沈思黙考の色合いを帯びている。
「……………」
 幻想中央教会の伝手から辿ったこの古ぼけた書院は混沌史を紐解く上で重要な研究な場所だった。
 幻想という古豪が有する混沌の歴史のピースを集めた書院は多くの貴族達の手にも届かない『特別』であろう。
(……彼等はあまり興味を持っていないだけかも知れないけど)
 例えば同じイレギュラーズの誰それならさぞ喜ぶ機会に違いない。
 本好きであったり、学者肌であったり、アレクシアの脳裏を過ぎった仲間の顔は実にバラエティに富んでいた。
 脳裏に浮かぶ幾つかの顔の全てを知っている訳ではないけれど、これが得難い機会である事は十分に承知している。
「……」
 真剣な顔で無言でページをめくったアレクシアの細い指先が紙の擦れる音を奏でた。
 無論、これも天の配剤に違いない。以前の自分ならば足を踏み入れる事は出来なかっただろうが、幸か不幸かローレットは大きくなり過ぎた。そこに在籍するイレギュラーズであるアレクシアもまた、特別になってしまったという証左と言えるだろう。
 ともあれ、この機会が格別なのだけは間違いない。故にアレクシアはもう何時間も休まずに、手元の文献に真剣な眼差しを向け続けていた。

 ――さて。
 このアレクシア・アトリー・アバークロンビーという女を他人が語った時、果たして一番多い『感想』は何だろう?

 曰く聖女であるとか、特別であるとか――
 イレギュラーズが口にする大半は親しみの籠った冗句なのだと思うが――そう信じたいが――実際の所、向けられた全ての言葉と冗談と捉えるのは困難だ。
 多くの世界がそうであるのと同じように、混沌が殊の外残酷に出来ている事は誰も知っている。
 アレクシアは特異運命座標イレギュラーズというそれそのものが或る種の救済願望を孕んだ信仰よりどころである事を知っていた。
「……」
「そんなのじゃないよ!」と彼女は良く苦笑させられる。
 自分自身は可能である限り善良である心算だが、彼女が伸ばして救える掌の大きさは何時もちっぽけだった。
 小さい頃、病弱だったアレクシアは兄に憧れ、誰かのヒーローにならんと志したのは事実だが、救えば救う程に事実は重く――深くなる。

 ――結局は全てを掬い取る事等は出来はしないのだ、と。

「……………」
『果たして聖女とは何か?』。
 アレクシアは間違っても自分自身をそんなものと認識してはいない。
 だが、少なくともこの混沌においてそう呼ばれるに相応しい人物が一人だけ居る事を知っている。

『シャイネンナハトの奇跡、そして聖女の軌跡』。

 アレクシアが目を落とす文献は幻想大司教イレーヌ・アルエが知る限り最も『彼女』について詳しく記した文献であると云う。
 そしてまでに『彼女』の存在こそ、無言でページをめくるアレクシアが今日、この書院に篭っている理由とも言えるものだった。
(……彼女はどんな風に生きたんだろう? そして、どんな風に死んだんだろう?)
 ローレットのイレギュラーズとして多くの事件に携わり、そしてR.O.Oで『イノリ』が見せた『聖女』への反応にアレクシアはずっと少なからぬ興味を抱いていた。
 俗に言う聖夜シャイネン・ナハトは今とは暦や年代のカウントさえ異なる大昔の話である。
 現代に残る文献はあくまで消え忘れた足跡、消えかけた足跡に過ぎず、正確な時代を把握する事さえ難しいとは知っていた。
(わずか一時といえども、『彼女』は世界規模で諍いのない日を作り出したんだ)
 それがどんなに素晴らしく、どんなに果てしない事かアレクシアは『救えなかった数だけ』理解している。
(もし、自分が同じ事を成し得る状況に置かれたとして、私は自分の身を捧げる事は出来るのだろうか?
 いいや、捧げる意味を見出すだろうか――から始まるのかも知れない)
 確たる結論は出せなくとも、時折そんなことを考え続けていた。伝承に触れる度に自問自答した『それ』は自分自身の手垢に塗れていたけれど、深緑の顛末で記憶の――自分自身アレクシア・アトリー・アバークロンビーの欠落が始まってから、尚更気に掛かる事は増えていた。
(いつまでみんなと一緒に戦えるのかな……?
『聖女』は未来を全て失っても、それで良かったんだろうか……?)
 聖女が何を想って平和を祈り、その後どうなったのか。
 アレクシアは単純に『知りたかった』のだ。
 似て非なるもの――自分は決してそんなものではないけれど、今尚全世界でそう信仰される『聖女』の事を、もう少しだけ。
「……!」
 調べて簡単に分かる話ならば多くの歴史研究家も苦労はしなかっただろう。
 しかしながら『自分の目』でれきしを検めたアレクシアはやがて『成果』らしきものにぶち当たっていた。
「マリアベル・スノウ……!」
 現代には単に『聖女』と伝わる女の名前が次の本に記されていた。
 それ程の事績を残したにも関わらず、不自然な程に記載されていなかった名前が――零れ落ちているではないか。
(……きっと、望まなかったんだろうね。歴史の全てが)
 物理的に存在する神託ざんげが信じられている以上――明確な『神』の存在が疑われていない混沌において偶像崇拝の類は極めて弱い。
 シャイネン・ナハトの聖女に求められていた役割は恐らくは救済までであり、それはシステムであった筈だ。
全ての争いが浄化される聖夜シャイネン・ナハト』というシステムは素晴らしく求められ、望まれていたものであったとしても『一人の女マリアベル・スノウ』がまともに遺されなかったのは想像も混じるがそんな所に違いあるまい。そうして考えればイレーヌが「外ではここの事を余り大っぴらにいたしませんように」と釘を刺した理由も分かろうというものだった。

 ――幻想の中央教会は個人への信仰を望んではいない。
   時の為政者は自分以外の強い個人に対して信望が集まる事を望まなかったに違いない。

「……変な話だね」
 溜息に似た調子でアレクシアは思わず声を漏らしていた。
 決して届く筈のない彼方の聖女に思わず語り掛けるように漏らしていた。
「これは想像に過ぎないけど、きっと。貴女はそんな事なんて少しも望んでいなかったのに」
 所詮『似て非なるもの』だ。
 アレクシアの本音を言えば、そんな過分な話すら遠慮願いたい存在だ。
 しかし――少しずつ近付く自分自身の終焉おわりと向き合い、過分な評価を頂きがちな自分だからこそ分かる事でもある。
『彼女』が何を想って平和を祈り、物語調で描かれた伝承の最後にどんな景色を見たのかは分からないが――それでも。
(……何となくだけど、少し位は分かっちゃうんだよ)
 答えはなくとも、少なくともアレクシアはそう自認していた。
 現代に残る伝説よりも、幾分か『マリアベル・スノウ自身に親切』な文献の記載はほんの少しだけ彼女の様子と人となりをアレクシアに伝えていた。
 彼女が『読書家』ではなかったならば硬質の文章を字面のままに受け取っただろう。
 彼女が『共感』出来る人間で無かったのならそれは硬質の文章に紛れたままだっただろう。
 彼女が『学者』だったのならおいそれと憶測ロマンチシズムを解釈に加えなかったに違いない。

 ――だが、アレクシアは『読書家』であり『共感』出来て、尚且つ『学者』では無かった。

「きっと、その『イノリ』は幸せだったんだ――」
 半ば以上は推測でもアレクシアはそう思わずに、或いは願わずにはいられなかった。
 マリアベル・スノウは我が身全てを大義の為に犠牲にした聖女である。
 その判断さえも躊躇わなかった正真正銘の『本物』である事に疑いはない。
 さりとて。

『聖女である事と、少女である事は果たして両立しない事だろうか?』

 聖夜シャイネン・ナハトが恋人の日とされたのは後天的なものであると云う。
 それは誰かが付け加えたオマケのようなもので、言い方次第では伝説を不純に歪めたと言えるのかも知れないけれど。
『聖女は必ずしも聖なるかなを望まないけれど、好きな人に行動で想いを伝える事を望まないとは限らない』。
「……案外、当たっているのかも」
『似て非なる』アレクシアはもう一つ嘆息して天井を仰いだ。
 自問自答の意味が今日は少しばかり変わっている――

 ――さて、果たして私はどうだろうか?

  • 似て非なるもの完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2024年01月15日
  • ・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630

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