PandoraPartyProject

SS詳細

雪にほのかに

登場人物一覧

珱・琉珂(p3n000246)
里長
劉・紫琳(p3p010462)
未来を背負う者

 白い息を吐きだして琉珂は手を擦り合わせた。悴む掌を包んでいた手袋も、雪を含んで重く濡れ湿ってしまっている。防寒具として纏ったコートも重く、動きづらいものだった。
「さむーい」
 呟く琉珂はそれでも動き回っているからなのだろう、まだまだ余裕にも思える。どちらかと言えばアクティブなタイプである彼女はそれなりの活動量で寒さをカバーしているのだろう。
 対する紫琳はと言えば、どちらかと言えば琉珂と比べればインドア派である。交易路の雪かきを行なう最中にも指先が悴み、動きが鈍くなっていった。
「はあ」と白い息を吐きだしてから肩を降ろす。寒々しさが身を包み、どうしようもないのだ。と、言えども誰かがやらねばならない事である。
 それも覇竜の文化では降る雪を機械的にどうにかすると云う事は出来まい。除雪機などを導入してみればモンスターを刺激しかねない事も在る。使う場所は選ばねばならないというこだ。
 特に、この交易路は周辺に亜竜の住処がある。それを前提とすれば人の手である方が望ましいだろう。意気揚々と雪をかいては集めて巨大なオブジェを作る琉珂は楽しげだ。
 その背中を眺めながらもゆっくりと埋まってしまった交易路を取り戻すように雪を退かす紫琳は徐々にぐったりと肩を降ろした。避ければ降っての繰り返し。終わりが見えないとはこの事だ。
 ある程度で良いとは理解しているがそれなりに成果を求めて振り返ると元通りというのだから心も折れてくる頃合いではある。
「寒いー!」
 またも琉珂が叫んだ。
「わー、もうだめ! だめよね、ねえ、ずーりん!」
 寒さのせいか呂律も余り回っていないような口調で琉珂が突進してくる。紫琳は「琉珂様、どうされましたか。転びますよ」と慌てて声を掛けた。
「おっとっと」
「琉珂様」
 転ばないようにと声を掛けて困った顔をした紫琳を見上げてから琉珂はへらりと笑った。何とも愉快な転び方をしてしまったのだ。
 ゆっくりと起き上がってから「ねえ、寒くない?」と琉珂は問う。手袋をそそくさと脱いでから「てい」と頬に触れる彼女の掌は僅かに温かい。
「わ、紫琳、めちゃくちゃ冷たいわ! 私の手の方が暖かい」
「はい。琉珂様の掌の方が暖かいです」
「じゃあ、手は? 貸して?」
「……はい」
 手袋を脱いでから手を差し出せば琉珂がぎゅうとその掌を包み込む。「暖かい?」と問うた彼女に紫琳は「はい」と頷いた。
 それからじっと掌を見詰めていた。暖かい、けれど、それだけではないのだ。どうしてもその掌から視線を外すことは出来まい。
「紫琳、駄目よ。こんなに冷たくなっちゃったら、休憩しなくっちゃ。指先がかちんこちんに凍っちゃったらどうするの?」
「流石にそこまでは……でも、そうですね。琉珂様はとても暖かいです」
「でしょー。あっちで雪かきしながら雪だるまを作ったのよ。あとでかまくらも作るつもりなの。
 その準備を兼ねていたから一杯動き回ってぽかぽかなのよ。鼻は冷たいけど」
 真っ赤になった鼻を見せ付けてくる琉珂に紫琳はくすりと笑った。
 まるで小さな子供の様に振る舞って、楽しげに笑う彼女は愛らしい。そうした所が琉珂らしいと思いながらも、紫琳は胸の奥にちりちりとした感情の気配を覚えた。
 それは、どうにも遁れ得ぬ自らのよこしまさのようで。
「紫琳?」
 首を傾げる琉珂を見てから、はっと息を呑んで紫琳はぎこちなく笑った。
「有り難うございます。琉珂様」
「いえ。暖かい?」
「はい」
 ぎこちないながらも笑い続ける紫琳を見詰めてから琉珂はぱちくりと瞬いた。彼女が何を感じ、何を思っているのかを琉珂は知る由もない。
 紫琳だって言うつもりはなかった。手をそっと包まれたときに、そのぬくもりが離れがたくなったのだ。
 これが昏く醜い欲望でないというならばなんだというのか。どろりと揺らぐ感情は里長である彼女に向けるべきでないと紫琳は感じていた。

 ――ねえ、琉珂様。あなたの掌の温かさを、このぬくもりを私だけのものにしてしまいたい。
   こんな事を考えていると知ったら、貴女は私を軽蔑するでしょうか……?

 屹度、彼女は知ったところで笑って流してくれるのだ。そう言う性格だとよく分かって居る。真意には気付かず、寒いものねとぎゅうと抱き締めてくれることだろう。
 だからこそ知られてはならないのだ。琉珂の見る世界と紫琳の見る世界が違っていることに気付いたその時から、知られてはならないと蓋をしてきた。
 紫琳は小さく息を吐き出してから何時もと同じように「琉珂様」と呼んだ。
「どうしたの?」
「寒くなりましたし、少し休憩をしませんか。温かいお茶を持ってきたのです」
 そっとその手を離してから穏やかに微笑んだ紫琳に「やったあ」と笑う琉珂は屋根のある場所に向かって歩いて行く。
 その背中をじいと見詰めてから掌を眺めた。まだ掌に残された貴女のぬくもりが恋しくて――ただ、静かに深く、息を吐く。


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