PandoraPartyProject

SS詳細

白きに隠し

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
囲 飛呂(p3p010030)
きみのために

 さめざめと、雪が降り続ける。肩に覆い被さったそれを払い除けてからギルド・ローレットへと入った飛呂は小さな嚔を漏した。
「わあ、雪に触れれましたか。大丈夫なのです?」
 慌てた様子で走り寄るユリーカに「大丈夫大丈夫」と返した。と、言えども寒かった。やむなく報告書の提出にやってきたが体は芯から冷え切っている。
 暖炉の前へと案内してくれたユリーカに礼を言ってから飛呂は両手を擦り合わせる。ぱちりと爆ぜる焔の音を聞きながら悴んだ指先を翳した。
 ユリーカが後方から「ホットミルクで良いですか~?」と問う声が聞こえ飛呂は「有り難う」と返した。彼女は自分の飲みかけのカフェオレの入ったマグカップと共に、ホットミルクを持ってやって来た。
「ブランケット貸すのです。ボクの膝掛けなのです」
「有り難う。流石にギルドに居るだけでも寒いもんだな」
「はいです。ローレットも隙間風が入る部分があったりしますから、都度都度管理しなくっちゃダメですね」
 ユリーカはわざとらしく寒さを感じているをして見せた。飛呂はその様子に小さく笑ってから「美味しいな」と呟く。
「……最近は本当に冷えるようになったから。おふくろ譲りみたいで、寒いのは苦手なんだよな」
「飛呂さんのお母さんは寒さが苦手だったですか」
「そう。まあ、だからって困るわけじゃないんだけどさ。なんか親子って似るんだなあって。……そういや家族の話はあんましなかったな」
 じいと彼女を見た。ユリーカはきょとんとしたまま飛呂を眺めて居る。彼女は屹度、自身の出自も知らないだろう。そう思うと僅かながらの寂しさを感じずには要られなかった。
 飛呂は人間種ではなく旅人だ。それはユリーカも承知の上だろう。ただ、飛呂は再現性東京が出身地であり、異世界から遣ってきたのは両親だというのはまだ話したことは無かったか。
「もしさ、ユリーカさん今時間あって、聞いてもいいなら、話してもいいか?」
「はいですよ」
 どうぞどうぞと頷いてからユリーカは一度カウンターに戻り下からブランケットを取り出してきた。呼びなのだというそれを膝に掛けてから「どんとこいです!」と笑う。
 聞く姿勢を作ってくれただけで喜ばしい。飛呂は「じゃあ、俺の話から」と口を開いた。
 飛呂の父親は練達にも良く似た世界から遣ってきた普通の人間なのだそうだ。再現性東京で教鞭を執る彼は至って変化のない人間として生を受けている。
 そんな彼が出会ったのはどこか別の世界から召喚されてきた蛇神だった。今はアパレルショップの店員をして居る明るい母親ではあるが、その出自が元神様だというのだから驚きだ。
「じゃあ、飛呂さんは神様と人間のハーフなのです?」
「そうなるらしい。全然見えねえけどさ!」
 笑った飛呂に「神様ってわりと多いですしねえ」とユリーカは頷く。確かにイレギュラーズをして居れば神性を有していたがこの世界にやってきて失ってしまったという者も多く居るようだ。
「でさ、母さんは蛇神……まあ、蛇だから母子揃って寒いのが苦手なんだ。自分は少なくとも顔つきとか、色々母に似てるんだろうな。性格は父親だろうけど」
「成程なのです。お母さんと似ている部分を見付けられるのは良いですね!」
 嬉しそうに笑ったユリーカに「まあ、些細な話だよ」と飛呂は肩を竦めて、そっと彼女を見た。前知識としてユリーカの両親については少しだけ聞いている。
「ユリーカさんの親父さんは、このローレット作った1人なんだよな」
 飛呂が知っているのはユリーカがローレットを『お父さん達の』と言っていたことだ。ユリーカは「はいです」と頷いた。
「ボクのお父さんは稀代の天才情報屋エウレカなのです。それから、お母さんはシラクサと言います。
 ギルド・ローレットは元々はエウレカとレオンが作ったものなのですよ。若い頃の冒険者のレオンの首根っこをひっつかんだお父さんはギルド・ローレットをレオンと一緒に大きくしたのです」
 ――やや、言い方に棘があるのはユリーカにとって『レオン』という存在が兄代わりで父代わりであるからだ。複雑な心境なのだろう。
 彼女はレオンに対しては幼少期から知っているからかやや砕けた様子で声を掛けることが多い。飛呂にとっては何となくそれも引っ掛かるのだ。
「……そっか。エウレカさんって凄い人だったんだっけ?」
「はい。冒険者さんはエウレカ・ユリカの事をよく知っているですよ。
 ボクは小さな頃だったのでそれ程知っているわけではないのですが……それでも、お母さんもお父さんもとても立派であったことだけ知っています」
 その言葉に、飛呂はユリーカの両親は早くに死別してしまった事に気付く。三人がコアとして構成されていたギルド・ローレットはオーナーのレオンが一人で背負っている。
 つまり、レオンがユリーカを引き取った形になるのだろう。彼女は親の後を継ぐように情報屋を目指してやってきた。それには困難な事も多かっただろう。
「ごめん」
「いいえ、問題ないのです。皆知っていることですし。ちょっと、寂しくはあるのですけれど」
 肩を竦めるユリーカに「そっか」と呟いてから飛呂は何となくその頭を撫でた。ユリーカはぱちくりと瞬いてから笑う。そうされるのは特に嫌ではなかったのだ。
「じゃあ、ユリーカさんはローレットのためにこれからも頑張るんだ?」
「はいです。ボクの家のようなものですし、皆さんの帰る場所でもありますから。あ、でも飛呂さんは練達に戻りますか?」
「うーん、そうだな……両親は元の世界に戻りたがるのかな。それでも、俺も独り立ちする頃だし……。
 俺は練達……というか混沌生まれだから、元の世界に戻れるとかそういうのになっても、ここにいるよ」
 世界を渡り歩けるというならば時折家族の元にも返れるだろうと付け加えた飛呂に「世界旅行ってしてみたいですよねえ」とユリーカは笑う。
「飛呂さんのお母様は寂しくなるんじゃないでしょうか?」
「それでも、ずっと両親と一緒、ってワケにはいかないだろうしさ。ユリーカさんがローレットを護るなら俺も手伝わなくちゃ」
 温くなりつつあるカフェオレのマグを両手で包み込んでいたユリーカは「わあ、本当ですか」と笑った。
「嬉しいです。ローレットがどうなっていくかは分からなくっても……ボクは皆さんと冒険をする日々がとっても楽しいですから。
 平和になったら何処かに探検に行きましょうね。未知の洞窟なんて良いですね! 敏腕情報屋としてばっちり情報をゲットしてくるのです!」
 うきうきとした様子のユリーカに飛呂は「じゃあ、約束しようか」と頷いた。びゅうびゅうと吹雪く音がする。ブランケットに包まってユリーカは「指切りです」と笑った。
「まだこれから大変な事があるかも知れないのに、平和な約束をするって変な感じがしますね」
「じゃあ、この約束は秘密にしようか」
「はい。丁度雪で誰も居ませんから二人の秘密ですね!」
 笑ったユリーカに指切りをしてから飛呂は「じゃあ、頑張らなくちゃな」と笑いかけた。
 何時か平和になったなら、両親のように立派な情報屋になって、立派な冒険者になって、沢山の場所を旅しよう。
 ユリーカの見る夢はそんな当たり前のことなのだろう。飛呂は彼女の力にならねばならないとその決意を胸にして「指切った」と口遊んだ。
 笑う彼女の顔を何時までも見ていたいから――我武者羅に進むのだ。


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