PandoraPartyProject

SS詳細

冬徒然

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
ミザリィ・メルヒェン(p3p010073)
レ・ミゼラブル

 ちらつく雪は風に煽られ、揺らぎ落ちる。傘を差して歩く水夜子は白い息を吐きだした。ぐるぐるに巻かれたマフラーと少し大きめのダウンジャケット、それから耳当てと、至れり尽くせりの防寒具に身に纏って冬道を行く。
 これも先程まで昼食を共にして居た従姉が「風邪を引きます」とせっせこと用意した代物だ。ダウンジャケットは彼女のお下がりだろうが兎の耳当てに、可愛らしいモチーフの着いたマフラーは彼女が可愛らしい代物だと購入してきたものなのだろう。怜悧な印象を持った彼女の趣味は大概に可愛らしい。その余波を受けるように水夜子の私物が従姉の贈り物で埋まっていくのは彼女なりの照れ隠しなのだろう。
 兎の耳当てを付けた19歳女子というのはどういう存在なのだろうか。もう成人式を迎える年頃で、春になれば20歳にもなるというのに。大学生なんて所詮は子供か。水夜子はそれでも着用することを拒まない己の在り方についつい笑みを零してしまうのだ。
「みゃーこ」
 呼び掛けられてから水夜子は「こんにちは」と振り向いた。さくさくと雪を踏み締め歩くミザリィは何処か寒々しい格好をして居た。冬用コートにすっぽりと包まれているがその耳や尾は雪を被っている。傘を差していないのは唐突な雪模様にしまったからなのだろう。
「寒くありませんか?」
「大丈夫ですよ」
 穏やかに頷いたミザリィに水夜子は「絶対嘘ですね」と笑った。揶揄い半分に、悩ましく思ってからマフラーをぐるりと巻き付けた。兎のモチーフが付いた其れを狼が付けるのは何処かちぐはぐで可愛らしい。
 街路樹に積もる雪が重みで少し傾いだ。ぼとんと音を立てて落ちていくそれを眺めてから「珍しい気候でしょう」と水夜子は言う。余りに雪が降らないからと再現性東京のホワイトクリスマスを演出するために敢て、積もる程度に気候を変動させたのだという。それがこのセフィロト・ドームのの在り方だ。
「ですが、交通麻痺にはならないのですね。その辺りが良く出来て居る」
「はい。管理されたこの場所では人の営みが作られています。
 ……箱庭なのです。此処から飛び出せば私は只の人で、大して戦えるように出来ていない肉体にきっと怯えて過ごすのでしょう。
 ですが、この中であれば私は生きていられるのです。本当は戦うことも必要なんてなくって、普通の人間として。屹度つまらない生涯を終える」
 水夜子はそう呟いてから傘を傾いだ。ミザリィの紫苑ひとみがその傘を追いかける。傘の上から落ちる雫は雪が溶け出したものなのだろう。
「もう傘は必要なさそうですから」
「それでも少しはちらついていますよ。雪が、ほら、みゃーこの前髪にも」
「ふふ、濡れ髪は美しく見えると言いますから、その方が私の魅力が上がるかも知れません」
 羽のように軽い言葉は彼女が自らを護る武装のようなものだった。ただ、淡々とでしかなかった彼女が特異運命座標と向き合う為に得た防御術のようなものなのだろうとミザリィは認識していた。
「みゃーこは十分に魅力的ですよ」
「有り難うございます。私って、ほら、可愛いし、明るいですしね」
 そんなことを言って、本当はか弱く怖がりなことにもミザリィは気付いて居た。人であるならば誰しもが抱いて居なくてはならない恐怖心が欠落している部分のある彼女は不安定な性質を有しているのだ。それを直隠しにすることのなんとか弱いことか。
「……そうですね」
「あ、何かを含みましたね」
「いいえ」
 ミザリィはふるりと首を振った。楽しげに語らい声を弾ませる水夜子の背を追いかける。彼女が傘の先を行きに埋めて引き摺って一本の線を作る様だけを見ていた。
「ただ、みゃーこはいつだってみゃーこだな、と」
「ええ。いつだって私は変わらないのですよ」
 飄々として何時だって楽しげな女の子。そうやって過ごしている彼女をミザリィは好ましく感じていた。
「もし」
 ふと、ミザリィが口を開いた。
「もし、この箱庭から逃げたくなったら、どうしますか?」
「そうですねえ。屹度……そう言いながら、逃げられるという選択肢を抱いて足掻いて生きていくのだと思いますよ。私は」
 彼女はリアリストだ。逃げた先がもっと悍ましい場所だと知っているのだろう。ミザリィは「そうですか」と目を伏せる。
「なら、この場所で生きていくのならもっと知らねばなりませんね。色んな事を」
「怪異でも追いかけますか?」
「みゃーこのライフワークですね、お供しましょう」
 緩やかに頷いたミザリィに水夜子は「ああ、なら、丁度良かった。姉さんに頼まれた事があって」と笑った。
 まるで幼い子供の様に飛び回り、一つの場所には留まらず進む。そんな彼女と四季折々の季節を見よう。少女のモラトリアムはあと少しだけ。
 何時か大人になったとき、彼女がどの様な結論を出すのかは――まだ、分かりやしないのだから。


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