ステラと約束の未来

登場人物一覧

　大時計の前で、ゆっくりつま先立ちになる。とんっと踵をおとして、それをもう一度。
　何度かくり返しているうちに時間は過ぎて、約束の時間がやってきた。
「やあ、ステラ。久しぶり」
　声のした方へ振り返れば、彼がいる。
「ええ、久しぶりね――アルファルド」
　嬉しそうに、振り返る。
「ねえ、プーレルジールに雪が降ったのよ」

　ファニーとステラはある約束をしていた。
　雪が降ったら一緒に見ましょうね、という約束だ。
　ステラはファニーから貰ったマフラーを巻いてぬくぬくとした格好をしていた。当然だ、雪が降るほどにプーレルジールが寒くなったのだから。
　吐く息は白く、天に吐息が溶けて消える。
「回廊から出ましょう。外に行きたいわ」
「ああ、そうだな。折角だし」
　そう言って二人はプリエの回廊を歩き始める。
　魔法使いと人形たちで賑やかな回廊も、こうして二人で歩いてみるとなんだか不思議な雰囲気だ。
　まるで二人だけがこの世界にいるみたいに凪いでいて、けれどそれが寂しくない。お互いがいれば、きっと大丈夫だと……そう思えるからだろうか。
「わあ……」
　回廊から外へ出ると、そこはもう雪景色だった。
　膝まで積もった雪が、長靴をはくステラの足を埋める。
「ねえアルファルド。雪が降ったら皆どうするの？　遊び方を教えてくれる？」
「ああ、勿論」
　ファニーは肩をすくめると、その辺りにあった雪をかき集めて丸く固め始めた。それをころころと転がしては大きくして巨大なボール状にすると、それを二つ重ねてみせる。
「雪ダルマって言ってな。雪が積もると作るのさ」
「ふふ、かわいい」
　ステラは落ちていた小石を目の所につけて顔をつくると、雪ダルマをそっと撫でた。
「なあ、ステラ」
　両手をポケットに入れて、ファニーは囁きかける。
「雪が溶けたら何になると思う？」
　そんな質問に、振り返るステラ。
「水になるのかしら」
　そんな答えに、しかしファニーはくすりとわらって手をかざす。
「……春になるんだよ」
　さくり、と雪に手をいれ、少しだけ掘り返す。
「どんなに地面が覆いつくされても、雪は必ず融けて、また草花が芽吹くようになるんだ」
「草花が……」
　そこにはしおれた花が一本、眠るように土からはえている。
　この花もいずれは新たな花となって咲くのだろうかと、ステラは空想の中で花を咲かせた。
「そうやって『季節』ってのは巡るのさ」
「アルファルド……わたし、まだ『季節』を知らないわ」
　冬が来て、雪が降って。
　春が来て、花が咲いて。
　そしてきっと夏が、秋が来るのだろう。そのたびに何かが起きて、こうして一緒に歩くのだ。
「オレはそんな風に、これからもステラと一緒に同じ時を歩みたいんだ」
「アルファルド、でも……」
　ステラはどこか不安そうに眉根を寄せた。
「混沌の世界は、滅びようとしているのでしょう？」
「ああ、けど、それでもだ」
　力強く言い切るファニーに、ステラは目を瞑って胸に手を当てる。
「そう、だったわね。私のナイト。私のことを、守ってくれるって、約束したものね」
　混沌が滅びれば、その風下にあるプーレルジールは当然の如く滅び去るだろう。
　ステラを守ることは即ち、世界を守ることと同じなのだ。
　それだけの大義を、しかし、ファニーは誓った。
「約束だ。もう一度、約束を交わそう」
　小指を出してみせるファニー。
　不思議そうに小首をかしげるステラに、同じように小指を出すんだよと囁いた。
　二人の小指が絡み合い、『ゆびきりげんまん』の形となる。
「一緒に季節を廻って、同じ時を歩むんだ」
「ええ……」
　ステラは微笑み、ファニーの小指を強く握った。
「とても素敵。わたしも、あなたと一緒に時を歩みたい」

　暫く見つめ合ったあと、二人は再び雪遊びを始めた。
「それ！」
　雪を小さなボール状に固めたステラが、それをファニーめがけて投げる。
「おっと！」
　軽やかにボールを避けたファニーが、お返しにとステラに雪を投げた。
　身体に当たった雪はぱっと弾け、その様子にステラは笑う。
「ねえアルファルド。他にはどんな遊びがあるの？」
「ああ、教えてやるさ。全部な」
　ステラが再び投げ返した雪がファニーの肩に当たって砕け、ステラは『やった！』と飛び跳ねた。
　その後はソリに乗って斜面を駆け下りたり、かまくらを作って中で温かいものを食べたり。雪でできる遊びを一通り遊んだ。
「あはは……！」
　ステラにしては無邪気に、両手を広げて雪の中をくるくると回っている。
「ねえ、アルファルド！　もう一度あそこに行かない？」
「あそこって……ああ」
「そうよ。私達が約束をした場所。もう一度！」

　それから二人は馬車を出し、サハイェルの迎撃拠点へと向かった。
　人のいなくなった拠点はがらんと静かで、石造りの建物も雪にすっかり埋まっている。
　二人は雪をかき分けて中央ドームの中へ入っていくと、用意していたキャンプ用のランタンを灯して休憩室の一角を照らし出した。
「あのときとは全然違うのね。とても寒い」
「ああ、流石に雪がここまで積もってるとな……」
　ステラとファニーは手を握り合って、顔を見合わせる。
「でも、なんだか温かい気持ちになれるわ」
「そうかな。そう、かもな……」
　キャンプグッズからコーヒーキットを取り出して組み立てるステラ。
「最初はね、このくらいしかできなかった。皆に奇跡の欠片を与えて、世界を救うことを期待するだけ。私はそれだけの存在だったの」
　湧かした湯をフィルターに注ぎ、カップを手に取る。それをファニーに手渡して、ステラは目を閉じた。
「けど、今わたしは……沢山のものを貰った。思い出を、想いを、そして未来を」
「ステラ……」
　何もない自分。すべてをもらった自分。
　その気持ちは……痛いほど、わかる。
「ねえアルファルド、もしかしたら……混沌にいる『わたし』も同じなのかもしれないわ」
「どういうことだ？」
　カップを受け取って、ファニーは問いかける。
　ステラは自分の分のコーヒーを淹れると、それを両手で包むように持った。
「世界の滅びに現れて、ただそれを見守る存在。きっとそれは、寂しいわ。悲しくて、孤独で、もしかしたら絶望しているかも」
　かた、と手が震える。自分がそうなったらと、想像したのかもしれない。
「だから救ってあげてほしいの。わたしを変えてくれたみたいに。あなたならきっと、できるわ」
「そんなこと……本当にできるかわからない」
　同じステラといえど別人だ。世界を滅ぼそうとする存在を変えることなど、本当にできるのだろうか。無謀過ぎるお願いではないだろうか。
　けれど、けれど……。
「大丈夫よ、アルファルド。あなたはわたしを変えてくれた。思い出と、想いと、未来で一杯にしてくれた。だから……大丈夫」
　二人は見つめ合い、冷たいドームの中で微笑み合った。

　約束した未来だから。
　守ると誓った、季節だから。
　だからきっと、大丈夫。