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或る吸血鬼についての報告書
登場人物一覧
「吸血鬼?」
突然の召集を受けて、いつものように所属しているギルドへと足を運んだシルヴェストル=ロラン (p3p008123)は首をかしげた。
「そうだ。我が国が保有する古代遺跡に、あろうことか吸血鬼が住み着いて近隣に被害を出してしまっているらしい」
全く忌々しい。そう語る初老の男――彼にとって上司にあたるギルドの責任者――は資料をカウンターに放る。
それは自分に渡されるはずのものではなかったのだろうか。眉間にシワがよったことはバレていないといいのだが。
「既に討伐の為の部隊は編成されている。君にはその部隊に同行してほしい」
彼が所属するギルドは魔術師が多く在籍している。魔術を扱うことも彼らの役割であるが、その本分はまた別である。
『智を知り
そうやって人間は進化してきたのだから。
そして彼、シルヴェストルはこのギルド内において最も『積極的に学ぶもの』であった。
「そりゃ勿論、あそこのことは誰よりも識っている自信はあるけど……」
「そうだろう。なぁに、お前に戦闘面での活躍は求めていないさ。慣れない部隊の連中を導いてやってほしい」
ようは道案内だ。ついでに吸血鬼の生態などを少しでも調査してくればそれで良いと、前金がわりの銀貨が5枚渡される。
渋々といった風に承諾の意を示してギルドの扉を押し開いて外へ向かう。
そんな彼の口元には笑みが溢れていた。
遺跡の内部は地下へ続く階段といくつかの階層がやや湿っぽい空気を包んでいる。
よく言えば歴史を感じさせる古き良き建造物、悪く言えばボロく陰湿な雰囲気であった。
シルヴェストルを含め5人程の部隊は、各々灯を手に吸血鬼がいるとされる奥へと歩を進める。
彼には叶えたい望みがあった。
彼に限らず、冒険者やこういったギルドに所属する人間の殆どが多かれ少なかれ野望を抱いている者が多い。
だから道中に野望を語る者もいるし、語りたくないと口を噤むものもいる。そして誰もそれを咎めない。
それはシルヴェストルにとって都合の良いものであった。
討伐部隊の彼らは数あるギルドから寄せ集められた者たちであったが、全員人柄がいい者達ばかりでだ。
彼が
部隊のメンバーが罠を踏むと謝りながら術をかける彼の優しさが、初対面だらけの一行の絆を強固なものにしていったのだ。
「……ここだ」
やがて彼らはそこにたどり着いた。
シルヴェストルが古ぼけた木の扉を指差すと一行に緊張が走る。
ここまで、ついにやってきた。互いに顔を見合わせ頷き合ってから、彼らはゆっくりとその扉を開いた。
かつてこの国を統べた王の墓所。その棺の上に優雅に腰を下ろすその人物は、伏せ目がちだったしせんをゆっくりとあげる。
暗闇でもわかるほど赤く輝く双眸、煌めく星空のような銀色の髪。
恨みや妬みといった感情をもってしても、その美しさに息を呑み見惚れてしまうほどの美しい
「人間か、わたしに何の用だ?」
ゾクリと背中に冷気のような風を感じて頬の筋肉が緩む。
恐怖ではない。それは歓喜によるものだった。
そして部隊の最後尾にいたシルヴェストルの表情に、気づいたのは
それを見た
「よかろう、かかってこい貴様らの全霊に、全力をもって答えようじゃないか」
――武器を構えたまえ、人間の諸君。
ここは素敵な舞台。目の前には勇ましい部隊。咲き誇り舞い散るのはどちらの血の花か。
今ここに戦いの火蓋が切られる。
戦況は一進一退だった。
吸血鬼に効果があるとされる聖水、ニンニク、銀で作られた装備は伝承ほどの効果はなかったものの、足りないところは技術で補いながらの攻防。
吸血鬼の方もヒト程度に遅れをとってなるものかと眷属をけしかけ、鋭利な爪で肉を裂き、時折人間離れしたその強靭な肉体で蹴りを繰り出す。
人間の常識を逸脱したそれは一行にどんな感情を与えたのだろうか。
彼らの中には吸血鬼に親を殺された者がいた。吸血鬼と初めて対峙する者がいた。吸血鬼狩りは代々受け継がれてきた一族の役割だと語った者も。
生まれも理由も異なる彼らが、ただ一つだけ信じて疑わなかったものがあった。
――俺らは、この吸血鬼を倒せる。
攻撃が得意な者や防御力に優れた者に、素早く動いて敵を撹乱させる者。
寄せ集めとは思えない、今まで最高のパーティ。
まけない、負けるはずがない。それに自分たちには、この遺跡のことを知り尽くした優秀な魔術師が……、
「裏切らないとは、限らないのにね」
一番近くにいた修道女にしかその呟きは届かない。
驚きの表情で振り返る彼女が最期に見たものは、どこか子供のように無邪気に笑うシルヴェストルと、その手に握られた拳銃だった。
「いやぁ、やっぱりこういったところでは静かにしないとね」
いま、語れる者は二人しかいない。
僕と彼ら以外の生物は、活動を停止して永久の眠りについたところだ。
「何故だ」
心底理解できないといった風の表情を浮かべている彼が問い掛ける。
その表情に人間っぽさを感じて少し可笑しかった。
「何故って、知りたかったからさ」
人が死ぬときはどんな表情だろう、仲間だと思っていた人間に裏切られるとどんな気持ちなんだろう。
僕は知りたかった。だから邪魔をする存在を排除した。そのために道を間違えたフリをして彼らを疲弊させ、回復に見せかけてじわりじわりと体を蝕む魔術を施した。
それもこれも、彼に対する明確な意思表示の一つでもあった。
「僕が彼らに同行した理由は一つだ。そのために君に会いにきた」
この世界はどうやってできたんだろう、この世界はどのようにして終るんだろう。
定命の生物では知ることができない、終焉を見るために。
「僕を、仲間に。……貴方の眷属にしてほしい」
血の色に似た彼の瞳を、その瞳に反射する自分の姿を見る。
ほんの少しの、やや長い沈黙の後に彼はフッと息を吐き出した。
「たかだか、ただそれだけのために! 仲間を裏切り、我らの仲間に成りにきたと?!」
それはやがて笑いにかわり、静寂にその声が幾重にも響いていた。
「愉快だ。実に、実に! ワタシをこのように笑わせたのは貴様が初めてだ!」
しばらく彼の笑いが周囲を満たした後、彼はパーティの一人が手にしていたナイフを拾い上げ僕の方へ投げて寄越した。
「指先でいい、傷をつけよ。それをワタシと貴様の盟約とする」
それってつまり……。
やや時間をかけて思考がようやく解に辿りついた後、この世界に一人の吸血鬼が誕生した。
この一件についての記録はほとんど残されていない。
ギルドが何かを隠しているとも、調査が難航していたともされているが、どれも正確な情報ではなかった。
唯一残されたその事柄に関する報告書にはこう書かれていた。
『吸血鬼討伐に赴いた一行は6名。うち5名は無残な姿で発見されており、うち1名の消息は未だ不明』