SS詳細
大騒ぎなりし舞台裏
登場人物一覧
「魔法への対処法を教えてくださいっ」
いつになく真剣かつ剣呑なリュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガーの様子に、偶然ギルドに居合わせた冒険者たちは目を見開いた。
「リュカシス君が」
「魔法の対処を学びたい?」
「はいっ」
いつも朗らかな笑顔を浮かべているリュカシスの表情が固い。
「何があった!?」
近くにいた者同士が、ただ事では無いと顔を見合わせ集まってくる。
緊急事態だ。「力こそパワー」がモットーである全力鉄帝主義のリュカシスの口から魔法への対処法だなんて言葉が飛び出すなんて。
「どどどうしたのリュカシス。危ないことに巻き込まれてるの?」
「遺跡攻略の相談であればいつでも乗るが取り敢えずどうした?」
その場にいた全員がリュカシスが危険に巻き込まれていると判断し、心優しい黒鉄の子の身を心配した。
騒ぎを聞きつけたのか、次第に人の輪が大きくなりはじめる。
リュカシスは思わず笑ってしまった。
思ったよりも自分は、沢山の人に愛されているらしい。
リュカシスはいま厄介な魔術師に目をつけられている。
突然リュカシスの前に現れては過去の出来事をひっくり返し、苦しむ姿を見ては喜ぶ可笑しな奴だ。
父親について明言したところは悪趣味だと思うが、それと同時にリュカシスは思うのだ。
リュカシスの記憶にいた「彼」はとても静かで、誰かを害そうとはしていなかった。
ただリュカシスに向かって「誰だ」と言っただけでストークは彼のことを「屑」だ断じた。まるで普段、リュカシスの父親がどのような状態か知っていたかのような口ぶりで――……。
「要は」
金髪をツンツン尖らせた学友は愛用のバットをくるりと回し、慣れた様子で肩に乗せた。
顎を鍛えるためにガムを噛む姿は鉄帝の闘士というよりも街の不良を思わせる雰囲気だ。
「突然現れた陰険魔術師がおまえに喧嘩吹っ掛けてきたわけだ」
「端的に言うと、そうみたい」
自分のおかれている状況を学友に説明しながら、リュカシスは改めて己の弱点と向き合う機会を得た。
今回は圧倒的な力で解決できる案件ではない。
正々堂々とした拳の勝負であればリュカシスの独壇場であるが、罠や相手を陥れる策を用いる相手を自分のフィールドに引き入れることは難しい。
しかも自分は魔法やおばけといった膂力とはほど遠い存在に対して苦手意識を持っている。
ならばどうするか。
「んで陰険だからおまえ以外の、家族やダチをつけ狙うかもしんねぇと」
「うん」
「それっていつもと同じだろ?」
おれもお前にやったことあるし、そうだね複数人だったね、と鉄帝の学校あるあるな物騒会話をしながら、それとは少し違うのかもしれない、リュカシスは思い直した。
ストークと名乗る魔術師に対してリュカシスが感じた危機感は本物だった。けれども会話した際に感じた危機感とはまた別の、自分に向けられた奇妙な眼差しについては呑み込めずにいる。
「そう、なんだけどね。何か、それだけじゃない感じがして。上手く言えないけど」
あれはきっと嫉妬や憎悪に近い、何かだ。
「直感は大切ですよ。もしかしたら、相手には何かもっと、別の考えがあるのかもしれません」
「別の考えって何だよ」
「さあ?」
「おまえなー」
「まあまあ」
リュカシスの隣でお菓子を頬張っていた眼鏡の少年が、まんまる眉を困ったように下げていく。
「最近は喧嘩売ってくるヤツも減ってたし丁度良い。とっつ構えて吐かせようぜ」
「なら武器もいりますね」
のほほんとした会話がいつものように鉄帝色に染まり始め、リュカシスは慌てて軌道修正をはかった。
「そいつ。魔法とか幻術とか使うみたいなんだ」
「それは困りました。僕たち、神秘や魔法の力と相性が悪いですから……そうだ」
元気なく項垂れた少年が、一拍置いて顔を輝かせた。
「ローレットの冒険者さんなら、魔法の対策を知っているんじゃないですか?」
餅は餅屋ですよと続ける少年のとなりで、餅は強いからなと金髪の少年が頷く。
「そ、そうだね。そうだ。聞けばいいんだ」
眼から鱗が落ちた、と言わんばかりの表情でリュカシスは口を丸く開けた。
「ボク、自分でどうにかしようって、そればっかり考えてた。ありがとうっ」
「どういたしまして」
渦中にいると焦りで視野が狭くなるものだ。
反省しながらも善は急げとリュカシスは立ち上がった。
「ボク、ローレットに行って聞いてくるよ」
「何か分かったら教えろ。一応こっちも気をつけておくからよ。こいつと居りゃあ大抵のことは何とかなるし」
「えっへん」
親指で示された学友は、のんびりとした笑顔のまま胸をはった。
「武器が必要になったらいつでも言ってください」
「よろしくね」
「そういや、おまえの家族にはその魔術師のこと伝えたのか」
「もちろん。ボクが心配してるから、すぐに家の護衛を増やしてくれたよ。それに色々とお土産ももらったし」
「お土産?」
――リュカシスちゃんったら今更ね。わたくしみたいな可愛い子がこんな荒くれた国で生きるのに何も対策してないと思って?
薄桃色の少女はそう言ってリュカシスを抱きしめた。
教えてくれてありがとう。話してくれてありがとう。そんな気持ちが伝わってくる抱擁だった。
砂糖菓子のような見た目の少女はリュカシスの家族のなかでもとびっきり強いが、それと同時にとびっきり愛に溢れている。
安堵するリュカシスを見て勝ち誇ったように微笑み、やっぱり姉には敵わないなぁとリュカシスは安らぎに似た気持ちを覚えた。
かつてのリュカシスは一人で悩みや秘密を抱えていたが今は違う。誰かに迷惑をかけてはいけない。痛さと孤独には耐えればいい。そんな冷たい季節を乗り越え、誰かに助けを求める強さを手に入れた。
――チビ、守りになるものは多めに持っておけ。
夜、窓辺に黒い影が射せばリュカシスは安心した。
カーテンを開ければ案の定、見知った翼が「よう」と片手をあげている。
リュカシスが困っている時、兄はいつでも現れた。
自分が困っている事をどうやって知ったのか。リュカシスはも聞かない。聞いた所で、はぐらかされるのは目に見えているからだ。
だから代わりに「来てくれてありがとう」を伝えた。
気恥ずかしくて伝えられなかった言葉を伝えられる程度にはリュカシスは大人になり、代わりに普段飄々とした兄からは滅多に見られない驚きの表情をもらった。
「変な話、魔法の使い手が魔法に弱いこともあるよね。どんなに頑張っても完全にはなれない」
「流血や火傷、幻覚や催眠は厄介だけど事前の準備や媒介が必要なものが多い。仕掛けてくるなら同じパターンの罠が多いのではないかしら」
「そういえば闘技場でも闘気を身体に纏う者がいたな。あれはなかなかに強力だ」
ふと気が付けば、ローレットではリュカシスを中心とした魔法対策講座が開かれていた。
先ほどよりも随分と人数が増えている。皆真剣に、リュカシスの身を案じて色々と案を出し合っている様子であった。
集まった顔ぶれのなかには、最初から仲間だった者もいれば、かつてリュカシスたちと敵対していた者もいる。
「ねえ、リュカシスはどう思う?」
「そうだね。ボクは……」
家族、友人、仲間。
一人一人はみんな違って、時には噛み合わなくって。
だけど上手く噛み合えば独りよりも凄い力になっていく。
闘いの果てに生まれたデコボコの縁を集めて紡いで、リュカシスは今日を生きている。
おまけSS『浜辺の記憶』
リュカシスにとって「敵」とは何か。
「うーん、ムムム……」
微かな唸り声が形の良い唇から漏れるたび、癖のついた白髪が揺れる。柔らかな、けれども金属めいた
「悩み事か」
「そのようなモノです」
朝靄の淡い光が艶やかな黒鉄の肌を照らす。アーモンド形の大きな瞳は閉じられ、乳石英のような睫毛に縁取られていた。形の良い眉根には谷のように深い皺が刻まれていたが、見る者によっては初霜を抱く春楡の枝のような若さと憂いを感じるのだろう。
勿論、リュカシス当人にその自覚は無い。
両手にはしっかりとナイフとフォークを掴んでいるし、眼前にはバターとメープルシロップのかかったふわふわのスフレパンケーキが積まれている。
「ここ最近、色々と考えることが増えまして」
「そうか。良いことだ」
「良いこと、なのでしょうか」
溜息と共に肩を落とすリュカシスの姿は神話世界の生き物が煩悶しているような儚さを含んでいたが、直後、グラスに注がれたオレンジジュースを一息に飲み干すくらいには健康体であった。
「灯台守サンには苦手なモノってありますか?」
「ある」
リュカシスの正面に座る男は即答し、話の風呂敷を広げる前に畳んだ。カバが昼寝から目覚める遅さで珈琲のマグを傾けると目の前の少年を訝しげに見やる。
「随分と唐突だな」
「えへへ、ボクにも苦手なモノ、いっぱいあるんです。前よりも少なくなったけど」
リュカシスはあの日と同じように、ふらりと脈絡なく灰色の浜辺に現れた。
欠けた状態のない強靭な魂を灰色の海で見るのは初めてのことで、灯台守は表情に出さぬまま静かに驚いた。
相手は僅かながらも一度縁を結んだ相手である。男は異世界の「特異運命座標」に対して微かな敬意を抱きつつ少年を灯台へと招いた。
「誰かを守れないこと。誰かが傷つくこと。誰かを失うこと。ううん、苦手っていうより怖いのかな」
リュカシスは見た目で言うならばもはや青年と呼べる成長を遂げていたが再会を喜ぶ姿はまだまだ子供であった。
屈託の無い笑みはモノクロに慣れた目には眩しすぎたが、その金色の瞳に翳りが隠れているのも見て取れた。
「誰かに嫌われること、誰かに忘れられること」
片言であった敬語も大分培われたのか、以前よりも流暢だ。灯台守にはそれがほんの少しだけ嬉しく、寂しい。
「それからおばけも怖いです。得体が知れないから」
「オレもおばけだが」
金色の目をまん丸にしてリュカシスは正面に座る男を見た。先ほどの彫刻のような神秘的な美しさは成りを潜め、まだまだ子供らしさいっぱいの顔に不思議そうな色が浮かぶ。
「怖いか?」
「いいえ?」
「生き物は、生命に危険を感じたときに恐怖を感じるという」
男は壁に立てかけたシャベルと掴むと、のっそりと椅子から立ち上がった。
「ついてこい。どうやら砂浜に、埋める必要のないものが埋まっているようだ」