PandoraPartyProject

SS詳細

年越しのお参りに、誓う

登場人物一覧

星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束


「わ……人がいっぱい……」
 雪がちらつく幻想の町並みに、一際大きな人影の主――【隠岐奈 朝顔】が零す。
 その天色の目は物珍しい異国情緒への感動に輝くも、少なくとも記録上は初めてではない。
 とある事情で一部の記憶が抜け落ちたため覚えていないのだ。
 記憶は紆余曲折を経て、薄い紅色の球体として着込んだコートのポケットにしまわれている。
 何年分もの記憶。積もりに積もった想いの形。
 それを自身の内へ戻すべきか。
 昨今の彼女を悩ませている問題だが、今は観光を優先する。
「すみません、それおいくらですか?」
 露店で甘酒を買う。
 口元を隠しつつコップを傾ければ。
 二枚の舌を優しい甘さとぬくもりが包み込む。
「……暖かい」
 豊穣が思い浮かぶ味わい。
「パパ、年越しちゃうよー!」
「も、もう少し……!」
 声に視線を送れば、父親が大きな門松の先端へ星のオーナメントを乗せようとしていた。
 シャイネン・ナハトが好きな子供の頼み故だろうか。
「あの……!」
 朝顔はコップを返却すると親子の元へ。
 門松より高い目線で上部を飾る。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「よかったな」
 親子と別れ先へ進むと、すれ違う男女の会話が耳をなでる。
「ねぇ次何処行く?」
「あっちの店がオススメらしいよ」
 耳朶にはお揃いのピアス。
(恋人、なのかな)
 恋愛に興味はある。男と女。恋か友か。その境に、共に歩む道の先は何か。
(考えちゃだめ。人の気持ちを決めつけるなんて傲慢なんだから)
 ぶんぶんと頭を振ると、気持ちを切り替えるべく手近な店へ急ぎ駆け込む。
「おやまぁ随分慌てて。……ああ、そういうことかい」
 うんうんと勝手に何かを得心した店員らしき老婆が、店の奥へと引っ込んでいく。
「今年はアンタを待ってたんだねぇ」
 老婆はにこやかな笑みを浮かべ、台車に乗せたマネキンを連れてくる。
 そこには朝顔にぴったりの美しい振袖が飾られていて。
「ほれ、早くしないと間に合わないよ!」
「えっ、いやあの」
 どうやらここは着物のレンタル屋で、彼女を客と勘違いしたらしい。
 勢いに押されるまま着替えさせらせ、店を追い出される。
「お金は後でいいからね。お参りに行く近道と手順は教えた通りだ。ほらいっといで」
「あ、ありがとうございます」
 元々予定のない旅だ。思い切って流れに身を任せよう。
 そう決めた朝顔は旅路を急ぐ。
 大踊りを外れ、裏路地を進み、舗装も消えた道の果て。
 小高い丘の先に密やかな社があった。
(豊穣の神社みたい……)
 幻想には似つかわしくないその場所は、妙に懐かしく。
 老婆に教わった作法も故郷に伝わるものに似ていたため、お参りは順調に行われ。
(手を合わせて、最後に祈れば良いんだったよね)
 心を捧げ、思う。
 残された自分の過去を。
 正義の国で得た出会いを。
 故郷に蠢く厄災を。
 己に委ねられた選択を。
「私にとってこの記憶は――」



 お参りを終えた頃、年が明けたのだろう。
 遠くから人々の歓喜が聞こえる。新しい時間の始まりを歓迎する声が。
「……さてと。戻ろうかな」
 朝顔が立ち去ろうと顔を挙げた時、何のきっかけか社の扉が開いた。
「あ、戻さないと」
 近寄る朝顔。
 扉に手をかけると、建物の奥に奉納されていた琴が見えた。
 本来、奉納物に触れはご法度なれど。
 来ていた晴れ着の温もりに押されるようにして、中へ入り手を伸ばす。
「懐かしいなあ」
 弦をつま弾けば、心地よい音色。
 本来の名を隠している朝顔だが、実は『星影』と呼ばれる一族の生まれである彼女。
 それ故に戦う技に限らず他人を楽しませる芸事の類も一通りは嗜んでいる。
 いつの間にか演奏に夢中となってしまった彼女の笑顔は光に喜ぶ花が如き明るさで。
『ふふっ。良い顔をしてるわね』
 いつの間にかそこにいた声の主。
 粉雪が陽光に煌めくような光の中から語り掛けてくる。
『約束という希望を知った今の貴方なら。忌むべきものも強き想いで正しき力に。
 人を救い笑顔をもたらす力に変えられるんじゃない?
 例えば一度取り戻して奪おうとする相手へ逆に噛みついたなら?
 この狂おしい想いを食い尽くせるならばやってみろ! って。
 沈んだ愛にこびりつく穢れと、それに苦しみ己を否定した記憶だけをぶつけられたなら?
 当然そのまま渡したって意味はあるでしょうけれど。
 ……そこには貴方を受け入れてくれてた先輩達との記憶もあるんでしょ。
 どうせなら少しでも皆が幸せになれる結末を掴みたいじゃない!
 まずは貴方が証明しなさい。大切な人達との再びの初めまして……その素晴らしさをね♪』
 光と共に人影は消える。
 急ぎ周囲を見渡せど、人が居た痕跡はまるでなくて。
 残されていたのは、役目を終え水滴へと還った雪の名残だけ。
 振袖の温度も普通のそれへと戻っていて。
 一体どれだけの時間が経ったのだろう?
 社を飛び出せば、今年初めての陽光が天色の向日葵へと注がれていた。

おまけSS『見送る背に、思う』

 雪の精霊種である私は豊穣で生まれ育った。
 比較的温暖な時期が長い国で、私は肩身の狭い存在。
 流れ着いた里で心優しき鬼人達と過ごす日々に、温もりを知った。

 召喚により豊穣から混沌に流れ着いた折、授かった贈り物を使い振袖に宿った。
 選ばれることの少ない、大きすぎる晴れ着。
 毎年袖を通すのは、複雑な事情を持った者ばかり。
 国では神の遣いと称されようと。
 混沌という広い世界では、無力な何かに過ぎなくて。
 お参りを通じて少しでも寄り添いたくて。
 だから数多の身を温めた。

 初めましての貴女からは、懐かしき鬼人の気配が垣間見えて。
 そんな貴女は不思議な球を持っていた。
 覗いてみれば、記録のように見せつけられる記憶。
 今の貴女もまた、こうして己を見つめていたのでしょうか。

 温かく、熱く、焦がれるほどの想い。
 偶然とも、運命とも言える、不思議な縁の結びつきに生まれた願い。

 それはどちらも貴女だった。

 過去を尊ぶべきか。
 今に生きるべきか。
 私にはどうすれば貴女が温まるのか、分からなくて。

 けれどもう貴女は知っているのでしょうね。

 出会いに堪えきれない別れと悲しみを感じた貴女でも。
 出会いに進歩と約束を芽吹かせた今の貴女なら。

 きっと、記録にも記憶にもない未来のぬくもりを感じているのでしょうから。

 ならばその未来への道程が、どうか明るきものでありますようにと。
 儚い願いへ命を懸けて。遠き過去の恩に報いるがため。
 細雪の幻を見せましょう。

 所詮は幻。
 今だけを背負い、その過去を捨てるも自由。
 敢えて過去に向き合い、可能性を試すも自由。

 でもどうか覚えていてください。
 未来に保証はできないけれど、願わなければ何も叶いはしないから。

 でもどうか覚えていてください。
 過去からの友が、約束の君を待つ今の貴女はもう。
 卑しき鬼と扱われる世界の理に、注ぐべき愛の行方に。
 囚われてなど――いないのですよ。


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