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雨音は幸福のベルに似ている
登場人物一覧
雨が窓を強かに打ち付ける。アーリア・スピリッツ (p3p004400) は首を傾け、窓を見つめる。弾けた滴が誰かの涙のように落ち、流れる。クラシックなアパルトマンの一室。アーリアは嘆息する。大きな窓から差し込むはずの光は消え、グレイの空ばかりが広がる。
(やぁねぇ、雨わぁ。髪も濡れちゃうし何より、出歩けないのが憂鬱よねぇ)
湿り気を含んだ風が吹き荒れる。雨は今日で五日目。晴れていれば、サツキやアジサイが見ごろの季節。だが、この雨では花は散ってしまうかもしれない。
(止まないかしら。そろそろ、お出かけしたい頃だわぁ。体調も悪くなりそうだしねぇ)
「あらぁ」
雨音を弾くようにドアが凛と鳴る。ドアノッカーが叩かれたのだ。
「はぁい!」
アーリアは目を細める。約束の時間。アーリアは玄関へと急ぐ。
「ミディーくん、いらっしゃい」
微笑むアーリア。招き入れたのは、誰よりも愛しい人。
「お邪魔します、アーリアさん」
ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク (p3p003593)がアーリアを見上げ、笑みを浮かべる。今日はアーリアの部屋で飲むのだ。
キッチンに立つ、アーリアとミディーセラ。作るのはキール。アーリアは冷えたグラスを取り出す。フルート型のシャンパングラスともう片方は──
「ふふ、勿論、グラスはこれよぉ。このグラスを使うとぐっと美味しくなるのよねぇ」
(だって、だいすきな人から貰ったグラスだもの)
アーリアは笑う。ラベンダー色のラインが美しい。アーリアは嬉しそうにグラスをミディーセラに手渡す。ミディーセラにアーリアが飲むキールを作ってもらうのだ。そわそわしてしまうアーリア。飲むのが待ち遠しい。
「まあ、まあ、それは嬉しいですわね」
ミディーセラは言う。金色の瞳に幸せが溢れている。
(ん~……ミディーくんがとっても、愛おしいわぁ)
アーリアはミディーセラの横顔を眺めながら息を長く吐き出す。頬が緩んでいく。
(本当はずっと眺めていたいけれども……)
「ええとぉ、まずはこれよぉ」
アーリアはフルート型のシャンパングラスにカシス・リキュールを多めに注ぎ、辛口の白ワインを入れ、ステアする。
(ミディーくんは甘い方が好きなのよねぇ)
アーリアは髪を耳にかけ、バースプーンで手の甲にキールを数滴落とし、味を確かめる。
「うん、完璧ねぇ」
一方、ミディーセラはアーリアの仕草に見惚れながら、白ワインの比重を多めにする。
「あらあら」
ふと、漏れる声。ミディーセラはうっとりと目を細める。キールを注がれたグラスはアーリアの髪色に変わり、パールグレイのラインが浮かぶ。
床に並んで座るミディーセラとアーリア。キールで乾杯し、息を吐く。ローテーブルにはサーモンのマリネと数種類のチーズ、アルコールのボトルが置かれている。
「美味しいです、想像以上に甘いですわ」
キールの味に驚くミディーセラ。アーリアが嬉しそうに笑う。幸福で穏やかな時間。雨音が心地よいリズムに変わり出す。
「良かったわぁ。ミディーくんの為に作ったんだもの」
アーリアは笑い、ミディーセラにそっと近づきながら、グラスに手を伸ばす。愛おしそうにキールを飲み、「ミディーくんがお隣に来て、雨でも濡れずに飲みに行けるようになったのは嬉しいわぁ」
アーリアは近くなった肩に自らの肩をちょんとぶつける。
「ええ。近いだけあって、飲みすぎてしまう事も増えてしまいましたけどね」
お返しにミディーセラもアーリアの肩に自らの肩を軽くぶつける。
「そうねぇ」
アーリアは照れたように笑い、ミディーセラとの日々を思い出し、未来を思う。
(ああ、これからずっと一緒にお酒を飲むのねぇ)
同じ幸福を夢見た、あの日から──
「ああ、美味しいわぁ。幸せねぇ」
杯を重ねたアーリアが笑う。ローテーブルには空のボトルが並んでいる。
「ええ、アーリアさん。わたしもですの」
ミディーセラはロングアイランド・アイスティーを飲み、にこにこと笑う。
「ふふ、思えばミディーくんと色んな所に行ったわねぇ」
アーリアの言葉に頷くミディーセラ。チーズを摘み、アーリアの言葉に耳を傾けている。
「懐かしいわぁ。どんどん、思い出が増えていくのねぇ」
赤ワインを飲み、アーリアは目を細める。
「うふふ、アーリアさんの寝顔を見る機会もしかり、ですわ」
ミディーセラの言葉と不意に手を重ねられ、アーリアは途端に耳を真っ赤にする。
「もう、ミディーくんたら……あっ」
アーリアはぱっと立ち上がる。きょとんとするミディーセラ。
「どうしたのかしら?」
「グラスが空だったわぁ」
視線の先には空いたグラスが二つ。それにボトルも全て、空。
「あらあら、いつの間に」
「何か作ってくるわねぇ。それにボトルも持ってくるわぁ」
グラスを掴み、キッチンに向かう。高鳴ったままの心臓。本当はあのまま、ずっと。
(でも、まだ、少しだけ恥ずかしいのよねぇ)
アーリアは思う。
「あった、あったわぁ」
戸棚からウイスキーの瓶を取り出す。
「ミディーくんには甘いカクテルをっと」
アーリアは慣れた手つきで、ピンクスクアーレルを作る。
「よし、出来たわぁ」
バースプーンでピンクスクアーレルを味見し、ナッツが入った袋に手を伸ばす。感じる気配。伸びた腕がアーリアを強く抱き締める。
「アーリアさん」
込められた腕の力。囁かれる声が僅かに震えていた。
いかないで──
「……ミディーくん?」
狼狽え、瞬く間に熱くなっていく身体。リキュールで溶かされるには、早過ぎる。
(どうしてこんなにも……)
苦しくなる。
「あ……」
跳ねる、アーリアの身体。ミディーセラはアルコールに染まった髪にそっと口づけ、音を鳴らす。俯くアーリア。グラデーションの髪が揺れる。
「……お手伝いしますわ」
離れていくミディーセラ。アーリアは振り向き、指先でミディーセラの服を摘まむ。グラスに伸ばしかけた、ミディーセラの手が止まる。
「アーリアさん?」
「……みでぃーくん。やだ、もっと」
いかないで──
ミディーセラの瞳が大きくなる。子供のようにアーリアはミディーセラを見つめる。
(どうしてこんなにも……)
魅了される。
「まあ、まあ……仕方のない人ですこと。気が済むまで、お付き合いしますとも」
ミディーセラは目を細める。
甘く濡れる、互いの瞳。服に伸ばされた指。ミディーセラは伸ばし、指を絡ませる。
「みでぃーくん……して」
甘く擦れた声。アーリアの視線がグラスに絡まる。
「ああ……」
ミディーセラは喉を鳴らす。甘い息を漏らし、ミディーセラはグラスを掴んだ。冷えたグラスを傾け、ピンクスクアーレルを含む。舌に感じる甘さ。ミディーセラは微笑み、背伸びをする。
(アーリアさん、貴女のお蔭でもう、寒くはないのです……)
傍にいながら、温まることのなかった、身体。
でも、今は──
寒がりだったわたしは、リキュールのような貴女に温められています。
揺れる髪。閉じられる、アーリアの瞳。触れた唇がしっとりと濡れていく。
「んっ……」
僅かに開いた、ミディーセラの唇から流れていくカクテル。瞬く間にアーリアの口内を甘く満たし、僅かに零れ落ちる。痺れていく、何もかも。同時に誘うように動く、ミディーセラの熱い舌。
(あっ……み、みでぃーくんっ……)
アーリアは驚きながら舌を絡ませ、震え上がる。繋いだままの手と唇が、隙間を嫌うようにきつくなる。