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登場人物一覧
サラサラと紙の上にペンが走る。
机の木目に少し引っかかるのか、何度も繰り返すようにペン先は紙の上を往復した。
リビングに置かれたソファに座ったヨハンナは真剣な表情で何かを書いているようである。
小難しそうな表情を浮かべたかと思えば、少し嬉しそうな笑みも見せる。
大人になってからは、怒りと憎悪に満ちた激しい表情しか見ていなかったから。
まるで子供の頃のような、自然な表情を見られるのは新鮮だった。
紙を持ち上げたり、また書き直したりと忙しそなヨハンナはこちらを気にする様子も無い。
それよりも興味は目の前の紙にあるようだった。
「先程から何をしているのです?」
「……え、いや……、ちょっと練習をしててだな」
横目で視線を寄越したヨハンナは何処か照れくさそうな顔で紙をテーブルの上に置いた。
その紙を覗き込むと、何行にも渡ってサインが記されていた。
「これは……?」
「ローレットに申請しなおしたんだよ。これからはきちんと自分の名前で行くって」
もう妹の名を記す必要もなくなったからとヨハンナは目を細める。
「そうですか。では、今日はお祝いをしないといけませんね」
「え?」
一瞬不安げな顔を見せるヨハンナにくすりと微笑んで。
「今日はお誕生日です。ヨハンナとレイチェルが本当の意味で個になった、初めての」
ヨハネは『ヨハンナ=ベルンシュタイン』と記された紙を手に、幼き日に見た父親の顔で微笑んだ。