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蜂蜜みたいに
蜂蜜みたいに
登場人物一覧
小さな溜息が石室の中に響く。
無限廻廊の座、封印の扉に背を預けた紫桜は、仄かに光る術式陣を見つめた。
「不満げだな。浮かない顔をしている」
「そんなことは無いんだけど……」
隣に現れた繰切の分体へ紫桜は顔を上げる。布で覆い隠された繰切の表情は読めない。
けれど、追い出される気配も無いから此処に居ていいのだと紫桜は安堵した。
先の見えぬ闇。繰切に訪れるであろう『変化』に不安が募るのだ。
繰切が邪悪な闇へと変じれば、こうして語り合う時間も無くなってしまうかもしれない。
「どうした」
「……ねえ、少しだけ頭を撫でて欲しいんだ」
不安げな顔を隠そうともせず、紫桜は繰切を見つめる。
「構わぬ。紫桜が気の済むまで撫でてやろう」
言いながらそっと紫桜の頭に乗せられた大きな手。決して優しい撫で方では無いけれど其れが逆に心地よかった。
紫桜は浮かんで来る涙をぐっと堪えて、繰切の手の温もりに身を委ねる。
「いつまでもこうして居られればいいのに……」
「頭ぐらい何時でも撫でてやるが?」
「そう、だね」
足下から這い寄る不安を消し去るように、繰切の手に意識を集中させた。
――どうか、どうか。繰切が無事でありますように。
儚き願いを祈りながら紫桜は目を閉じた。