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大地・赤羽と青刃の話~彼だけが知らない~

登場人物一覧

赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
赤羽・大地の関係者
→ イラスト

 なんてこった。どんな顔すりゃいいんだ。なんて説明しよう、弟に。
 頭が割れるように痛い。赤羽はしゃがみこんだまま深いため息をついた。自分の体はすっかり元へ戻っていて、首の傷跡だけがピリついている。チョーカーみたいに残った傷跡、触れてみるとわずかな違和感。肉と肉を無理に繋げたような。
「あんまり触るもんじゃない。俺の消えかけの力と、きみの莫大な霊力をむりやり憑り合わせたんだからいじっちゃだめだ。好奇心は猫をも殺す」
 とうとうと口から流れ出るのは赤羽の声、ではない。落ち着いた、やさしい、文学青年といったところか。赤羽はハンカチで喉元を抑え、唸り声を上げる。
「へえ、そりゃあお優しいこって。たしかになんもかんもお前のおかげだ。礼は言っておくけど、当然のように体を借りるなよ」
「すまないな、俺も肉体の感触は久しぶりすぎて」
 ぐりんと目が動く。視界に看板が写る。
「モスドナルド、25m先」
 また視線が動く。少し遠い看板へ。
「自転車さいくる、現金買取なら当店へ」
 またも視界がジャックされ、口が勝手に動いていく。
「まぜのっけラーメン、飯田、ぎょうざ、チャーハン、昼飲み」「本場の味、ガインポラージュ、OPEN17時」「パブチャチャッチャセクシー、ワールドカップ今晩生中継、賃貸月極、24時間借りられます、ISIシステムサービス、居酒屋さだめ、コロンビアン、マスモトピヨシ、一粒600メートル、ぐぼらや、地下街8番入り口……」
「いいかげんにしろっ!」
 赤羽は自分で自分の頭をげんこつでぽかぽか叩いた。
「すまなかった。この、脳に情報が流れ込んでくる快感、たまらないな」
 叱られた相手は、うきうきした声だった。赤羽は舌打ちをした。道行く看板をかたっぱしから読み上げるなんて奇行は控えてほしい。
「とりあえず、寮へ帰る」
「えっ。古書店に戻らないのか?」
「行かない。疲れた」
 ただでさえ体が重い。頭はもっと重い。首の傷口が痛んで、いらいらする。重い体を引きずり赤羽は高校の寮へ戻った。乱暴に鍵を開けると、扉が内側から開かれた。
「おかえり兄さん!」
 飛び出したのは双子の弟、幽家青刃かすがあおば。赤羽にそっくりで、瞳の輝きだけが違う。抱きついてきた青刃から、石鹸の香りがした。シャワーでも浴びていたらしい。
「無事だったんだね、通り魔事件をニュース速報でやってて心配しちゃって……あれ? 兄さん? その首の傷、どうしたの?」
 真っ青になった青刃に、赤羽は乾いた笑いをみせた。
「だ、大丈夫だ。これは、その、今流行りのファッション……!」
「ダメだよ兄さん、もっと自分を大事にしてよ。もちろんどんな兄さんだって僕は素敵だと思うけれど、首は重要な神経が通ってるところだし、そんな軽い理由で傷つけちゃダメだよ」
 もっともだ。もっともなので何も言えない。それに、言ったところで信じてもらえるだろうか、真実を。
 バイトの帰りに、兎耳フードの女に襲われたこと。首をちょん切られたこと。薄れゆく意識の中で、呼びかける声を聞いたこと。その声にすがりついて、気がつけば元の姿に戻っていたこと。そして、声の主、三船大地は、ずいぶんと変わり者らしい、ということ。
(命を助ける代償に、読書を迫ってくる霊って、どうなの?)
 とりあえず今日はもう疲れたと言い残し、赤羽はベッドへ倒れた。
「わかったよ、おやすみ兄さん」
 いつもどおり接してくれる弟がなによりいとしく感じられる。ああ、どうか、悪い夢でありますように。赤羽はそれだけを願いながら眠りに落ちた。

「ねえ」
 ぞっとするほど冷たい声が、眠る赤羽の耳へ届いた。
「聞いてる? お前だよ、お前」
 シャキン。ハサミを鳴らす音。
「僕の兄さんに何してくれてるの? 言っておくけれど、こんな結果望んでなかったよ? 早いところ出て行ってくれる?」
「ああ、やはりきみだったのか、赤羽を襲ったのは」
 赤羽の口から、大地の声が放たれる。
「フードの奥にのぞく顔が赤羽と同じだったから、ただごとではないと感じたんだ。だから助けた」
「よけいなことしないで。僕と兄さんは一つに溶け合うはずだったのに」
「ザジ、あんまり殺しちゃダメだよ?」
「……なにそれ、黙っててくれるわけ?」
「まあね。理由はご想像におまかせする」
「混ぜ物のお前がいるせいで、兄さんを手に入れられなくなった。恨むよ」
「恨んでいい、好きにしな。ただ言っておくけれど、俺は手強いよ」
 そうみたいだね、と青刃はハサミをおさめた。大地の気配が去り、赤羽からはおだやかな寝息が続いている。

 翌朝、赤羽は軽く絶望した。首筋の傷が夢ではなかったのだと教えてくる。
「おはよう兄さん。朝ごはんどうする?」
 こんな時でも弟はかわいい。赤羽はこくりとうなずくと、シャワーを浴びた。昨日の疲れが流れていく。体があたたまると、すこしはマシな気分になってきた。ホワイトシチューとバケットに、弟手作りサラダの朝食も気分をあげてくれた。
 青刃と連れ立って登校すると、今朝も黄色い悲鳴が飛んでくる。青刃の所属するアーチェリー部が、全国大会で準決勝に食い込んで以来、いわゆる取り巻きというやつができた。青刃はにっこりと笑顔を返し、王子様みたいに手を振ってみせる。これも恒例行事。いつもどおりの朝すぎて、赤羽はつい首元を撫でた。口が勝手に動く。
「図書室はあるのかな?」
「バッカ、てめ、大地……」
「失敬、人前だった」
 片手で顔を隠しながら、赤羽は青刃とわかれて教室へ潜り込む。ついたが早いか、ロッカーから教科書と参考書をぜんぶ抜き出し、机の上へぶちまける。ぎょっとしているクラスメイトの前で、赤羽は恍惚とした笑みを浮かべて現国の教科書を広げた。
「Mよ、昨日のひややかな青空が、剃刀の刃にいつまでも残っているね」
 突然の朗読劇に、誰もが度肝を抜かれている。だが赤羽から発せられる声は、あまやかでやさしく、耳を傾けたくなるような魅力があった。誰もが聴き惚れている中、赤羽はうっとりと吐息をこぼす。
「すばらしい。峻厳さとニヒリズムの甘美なことといったら……」
 そこまでつぶやいた赤羽は、ばっと手で口をふさぎ、教室から飛び出した。学校付属の図書館へ駆け込み、肩で息をしながらへたりこむ。
「あんまり目立つことするなよ。頼むわ、ほんと頼むわ!」
「すまない、最近の教科書の豪華さに驚いてしまったんだ」
「へーそうか! 事情はわかった。でもさァ、幾ら文字が恋しいからってさあ」
「だって仕方ないじゃないか、今の俺はパンフレットの一頁でさえ自分の手で捲れないんだぞ。なのに、あんなハイセンスな文章があれば声に出して読みたくもなる」
「音読すんじゃねェ! 俺は静かに読みたい派なんだよ〜!! あーもう! ほんとどんな顔で戻りゃいいんだ、わかんねェよ!」
「青鯖が宙に浮いたような顔したってどうにもならないぞ赤羽。恥の多い人生でした、と省みるにはまだ早いんじゃないか? きみはまだまだ若いだろう」
「うぐぎぐぐぐ!」
 何を言っても立て板に水のごとく返され、赤羽は言葉に詰まった。
「合図」
「ん?」
「合図だ。俺の体を借りる時は、合図をよこせ、大地」
「いいだろう、でもその前に」
「なんだ」
「あそこの『司書おすすめ十選』を読破してもいいだろうか」
「お前、俺へ取り憑いたこと、おもいっきり楽しむ気だろう」

 これは幽家赤羽の、平凡を希求する物語である。

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