PandoraPartyProject

SS詳細

世界を救う英雄となった

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
キドー・ルンペルシュティルツの関係者
→ イラスト

 始まりは真夜中だった。雪のない冷たい夜。スキンクはその日、風俗嬢に付きまとっていた小太りの男を静かに殴りつけている。馬乗りになり、返り血と男の粘着いた唾を顔に浴びながら、スキンクは無感情に拳を振るう。カジノの時とは違い、スキンクはいつもの服を身に纏い、男の肉と骨を打った。拳に伝わる反動。打つ度に男は悲鳴を上げ、祈るようにスキンクを見上げ、泣いている。女には罵声を浴びせ、男の前では泣き顔を見せるこの男が何を考えているか知りたかった。観察するように男をジッと見つめ、目を丸くする。男が消えていた。
 いや、消えたのはスキンクの方だった。見知らぬ場所に立ち、呆然とする。大陸を俯瞰する上空。『空中庭園』──そこは神託の少女の神殿であった。

 苦笑いを浮かべる。混沌に選ばれたのだ。特別な人間であるはずもない特別は、キドー・ルンペルシュティルツ (p3p000244)だ。だが、選ばれた。選ばれてしまった。それは言うまでもなく『居るべきだから』に他ならない。
「イレギュラーズ」
 空を見上げ、目を細める。どうしてだろう、天女の刺青生き方の始まりを思い出していた。そして、キドーを、ルンペルシュティルツ社のスタッフ達を。スキンクは顎先を掻き、「早く、おれがいないことに気づいてくださいよ、社長……土地勘なんて無いんですから」
 煙草に火をつけるのだ。遅刻も無断欠勤すら殆どない。そんな男が消えた。きっとすぐに迎えが来ることだろう。スキンクは見知らぬ幻想の大地――<無辜なる混沌(フーリッシュ・ケイオス)>を見下ろし、煙草をふかす。ただ、キドーを想う

 何かが変わるような気がしたし、変わらないような気がする。

 地上に降り、ギルド・ローレットの酒場の扉を開いた。この空間を満たしているのは、イレギュラーズだろうか。分からない。見ただけでは何も分からなかった。酒場独特のノイズが流れている。
「失礼」
 男の声がした。肩が軽く触れたようだ。
「いえ、すみません」
 反射的に声を発し、どきりとした。双眸に映ったのは──刺青。すれ違った大男の頬に素晴らしいデザインが浮かんでいたのである一輪の白薔薇が咲いている。動けなかった。男の背を見つめる。ぬらぬらと欲望が触手のように伸び、スキンクを立ち止まらせる。
「座らないのかい?」
「え? あ、はい……」
 生返事をし、目を見開く。それはきっと、スキンクだからだろう。他の者は、当たり前のように椅子に座るのだ。
(だけれど……! おれは、無視なんかできない……!)
 スキンクは震える。不思議そうにスキンクを見上げる老人の逞しい腕にジオメトリックタトゥーが見えた。

 手を伸ばし、触れてみたいと思った。駄目だ。下を向き、息を苦しげに吐く。スキンクは学習している。彼らの刺青を剥ぐ目立つわけにはいかないことを。犬の涎のように汗が止まらなかった。欲しい。濁った思考嗜好が欲望に膨れ上がった。だけれど、目の前にあるものはいつだって手に入らない。笑う。スキンクは、繋がれた犬のような気分になる。
「お兄さん。何、飲むの?」
 明るい声にハッとする。顔を上げ、店員だろう。男の大きな瞳を見つめ返せば、僅かに冷静になれた。
「豊穣の酒はありますか?」
 曖昧な笑みを浮かべるのだ。気が付けば、この笑みを覚えていた。
「あるよ、オッケー! 席はそこね!」
 男は笑い、すぐさま、豊穣の酒をこれでもかと注ぐのだ。懐かしい味がする。酒を飲み、煙草を天井に吹き付ける。酒場の明かりが暗くなったように思えた。目を擦り、スキンクは灰皿に煙草を押し付け、また、煙草に火をつけた。
「ああ〜! あいつ、むかつくワ! 偉そうにオレに指図しやがって」
 後方から聞こえる男の声。それは大きく、熱を帯びていた。酒に酔い、気が大きくなったのだろう。スキンクはあんな風に酒場で叫ぶ男を何度も見たことがある。楽しそうだ、スキンクはただ、そう思った。
「ああ、上司だっけ?」
 返事をする女もまた酔っているのだろう、鈍い反応をみせる。
「そうそう! 面倒なことはすぐオレに押し付けるんだワ。あ~、オレもお前みたいにフリーランスだったらナ~」
 ビールジョッキをテーブルに叩きつけたのだろう。鈍い音が聞こえた。
「いやぁ……どうかなぁ、独立も大変よ、実際。金とかさ……」
 冷静に女が言葉を返す。そこからきっと、男は何度も同じ話をしているのだと感じた。
「ま、そうだよナ……あ〜、じゃあ、飼ってる猫の話でもするか!」
 男はげらげらと笑うのだ。スキンクは聞くのを止め、酒をゆっくりと舐める。
 
 何か大切なことを、忘れているような気がした。イレギュラーズ。社長。ルンペルシュティルツ社。キドー。刺青。上司。。「……独立?」
 ぼやけているはずの脳みそが、パッと閃いた。
「おれは……社長と……?」
 思えば、キドーと同等の立場おれはイレギュラーズになっていた。途端に心臓が脈打ち、自由を感じるのだ。今日からキドーの部下ではなく、個人としてキドー刺青を狙うことが出来る。それこそ、元部下としての信頼を使って。
 そんなことを妄想しながら、酒を煽った。殺せるだろうか。苦笑する。いや、どんなにシミュレーションをしても、キドーを殺すことなど出来やしない。何もかも泡沫だろう。それでも、夢を見たいと思った。
 何も食べずに酒を飲み続ける。酔ってしまいたいのだと思った。酩酊する。スキンクは手の甲で濡れた唇を擦った。キドーのことばかり考えていることが少しだけ

 本当に独立してやろうか。スキンクはフッと笑った。気に入られている自覚はある。手放すのが惜しいと思ってはくれるだろう。
 ただ、それだけだ。すぐに認めてくれるはずだ。キドーは執着などしない。あの時のように無条件で、スキンクを求めてはくれないのだ。だが、それによって眼球は消えた。奪われてしまった。苛立ち、酒を飲み干す。
(そう思いながら、おれは弱い……)
 息を吐く。キドーが恐れるほどの強さもなく、スキンクが抜けた穴はいつか埋まる。埋まってしまうのだ。記憶としては残る。きっと比較はされるのだろう。だが、それだけだ。世界は廻り、やがて、想い出となる。
「嫌だ」
 呟く。そんなことは許されない。
「社長……」
 テーブルをゆっくりとなぞり、キドーの皮膚を思い出す。独特の肌──青黒い血液。たまらなくなって、スキンクは青いカクテルを頼んだ。

 他のものじゃ駄目なのだ。あれが欲しい。これは本能だ。遠くで見ていることは出来ない。何もかも把握していたいのだ。
「まるで恋じゃないか……」
 カクテルを舌で転がし、スキンクは笑った。キドーの血液を口に含んでいる気がして、どうしてだろう。嬉しかった。

「社長……?」
 ぼんやりと小首を傾げる。欲しくて仕方がない──その人が気が付けば、眼の前に立っていた。
「よォ、スキンク?」
 口角を上げ、キドーは笑うのだ。
「社長、おれは待ちくたびれました」
「そりゃあ、悪かったなァ」
 正面に座り、キドーは煙草に火をつける。
「社長」
 呼ばれ、キドーはスキンクを見た。紫煙がスキンクに吹きかかった。
「ずっと社長の傍にいますから」
「お? 酔ってンのか?」
「酔ってますけどおれはマジです……社長がクソジジイになっても傍にいます……から……」
 スキンクは目を擦り、キドーの冷たい手に触れるのだ。

おまけSS『スタッフとキドー』

「社長!」
「ん? どうした?」
「スキンクがいねぇんですわ!」
「いねェ? 部屋にもか?」
「そーみたいっス。ただ……」
「ただ? なんだよ、言ってみろ」
「えと……例の男をどうにか見つけて接触したんすけど、変なコトいうんですよ。急にスキンクが消えたとか……」
「急に消えたァ……? フハッ! そりゃあ……吉兆じゃねェか!」

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