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ケサランパサラン。或いは、浪漫に駆けろ…。
登場人物一覧
●静かに降りしきる雨の中で
静かに雨が降っていた。
冬の雨だ。
その冷たさが骨身に染みる。
雨が。
静かに降る雨が。
しとしと、しとしと。
降り止まぬ雨が。
火照った身体から、急速に熱を奪っていく。
「本当にこれで良かったのか?」
『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)がそう呟いた。
蛇腹の剣が、地面にだらりと垂れている。
アーマデルの足元には、一刀のもとに両断された石の塚。苔むした古い塚だ。石には文字が刻まれているが、長年、風雨にさらされ続けていたせいかすっかり掠れて読み取れない。
ただ一文字だけ。
“首”という文字だけを除いて。
「……いや、良くは無いと思うが?」
破壊された塚を……塚だった物の残骸を見下ろし、『終音』冬越 弾正(p3p007105)はそう言った。その声は僅かに震えているし、顔色は少し青ざめている。
アーマデルが両断した塚の正体は分からない。
だが、塚と言うからにはきっと何かを鎮めるために建てられたものであり、その表面に刻まれた文字から察するに、おそらくは誰かの“首”を納めていたのであろう。
つまりはまぁ、首塚であった。
首塚と言えば、弾正の知る“常識”に照らし合わせて見た時に、まぁ驚くほどよく“祟る”。
「なぜ……斬った?」
「……何故だか無性に腹が立ったからだ」
「そうか。腹が……いや」
そもそもの発端を思えば、きっと悪いのは自分なのだろう。
●UMAは男の浪漫
浪漫。
その一言には、全世界の男を熱狂させる魅力が秘められている。
時には黄金。
時には未知の大陸。
時には命を賭けた大冒険。
そして、時には未だ誰も見ぬ不思議な生き物。
それらは全て“浪漫”であり、全世界の男たちを奮い立たせ、旅へと誘う。
彼……冬越 弾正もまた、浪漫に魅せられた男の1人だ。
「旅に出ないか? ケサランパサランを探す旅に」
ある冬の寒い日のことだ。
読んでいた本の頁を閉じて、弾正は言った。
「あぁ、貴方が行くならどこにでも」
アーマデルは二つ返事で、弾正の提案を受け入れた。元より断るという選択肢は無かったし、ついでに言うならケサランパサランとやらにも興味は無かった。
弾正が呼んでいる本のタイトルが『月刊“ヌー”』と言うラサで有名なオカルト雑誌であったことさえどうだっていい。
弾正が旅に出かけようと言ったのだ。
それはもう、すぐにでも旅に出るに決まっている。
そのような経緯でもって、アーマデルと弾正は旅に出た。
月刊“ヌー”に記されていた僅かな情報を頼りに2人は世界各地を旅した。そうして辿り着いたのが豊穣のある辺境の寒村であった。
薄暗く、じっとりとした、いかにも陰気な村である。
村人たちは、2人が村に足を踏み入れるなり各々の家に帰ってしまった。あっという間に表通りから人の姿が消え失せる。
けれど、ひしひしと視線だけは感じていた。
好奇の視線ではない。当然、歓迎するような視線でも無い。悪意や憎悪が込められた視線でも無い。
だが、見ている。
ただただ、村人たちはアーマデルと弾正を観察している。
或いは、監視と言った方が正しいだろうか。
「こういう視線はあまり良くない」
「何? 敵意は感じないが」
「そうではない。悪意や敵意は無いだろうが……良くないことを、隠している者特有の視線だ。自分たちにとって“余計なこと”をしないかと監視している者の視線だ」
声を潜めてアーマデルはそう囁いた。
フードの下から覗く瞳で、民家の窓の方を一瞥。瞬間、ぴしゃりとほんの数センチだけ開いていた雨戸が閉じた。
村の住人たちはどうやら、視線に酷く敏感らしい。
「本当にここにケサランパサランがいるのか?」
弾正が辺りに視線を巡らす。
じっとりとした陰鬱で薄暗い村の風景。空気が淀んでいるのを感じる。
風の通りが悪いのだ。
じっとり湿った道を進んだ。
じめじめとした苔と黴に塗れた地面。その両脇には、季節外れの赤い薔薇が咲いている。
まるで血でも吸ったみたいな濡れた赤色。
見慣れた色だ。
「甘い香りはロマンチックかもしれない」
「うん? 何か言ったかな?」
「いや、何でもないんだ。薔薇園を散歩するのも良いものだと思ってな」
晴れていればなお良かったのかもしれないが。
残念ながら、季節は冬だ。
空の晴れ間など、そう言えばもう数日ほども見ていない。
薔薇園を抜けた先にあったのは、半ばほどが樹々に埋もれた奇妙な空き地である。
空き地を覆うように樹々が生い茂っており、昼間だと言うのに、まるで夜のように暗い。
空き地の真ん中には、ポツンと1つ、人の背丈ほどの石の塚がある。
「おぉ! アレじゃないか? 本にも書いてある。“樹々に覆われし暗い村。石の塚にケサランパサランは住んでいる”! まさにこんな場所のことだろう!」
弾正が歓喜の声を上げる。
思えば長い旅であった。
ワニに襲われ、大蛇に飲まれ、モスマンに追いかけ回されて、イエティに連れ去られそうになった。
大冒険である。
そして……。
「あれを」
石の塚をアーマデルが指差した。
ふわり、と。
身体の芯まで凍えさせるような冷たい風が吹き抜けて、何かが宙へと舞い上がる。
白く、ふわふわとした……それの名は。
「ケサランパサラン!」
弾正が叫ぶ。
「……いや?」
だが、アーマデルは疑問を感じた。
ケサランパサラン、だろうか? 弾正はその“白くてふわふわしたもの”をケサランパサランであると思っているようだが、アーマデルの目にはそうは見えない。
白く、ふわふわとしたそれは……所謂、人魂と言うものではないか?
それが現れた瞬間、周囲の温度が何度か低下したように感じる。辺りの暗さが一段増したように思う。
『あぁははははははは』
そして極めつけがこの笑い声。
脳裏に響く、不気味な誰かの哄笑である。
「これは……弾正! これは良くない!」
強い怨念を感じた。
慌ててアーマデルは弾正の肩を掴む。だが、弾正はアーマデルの手を払い退けた。
「だ、弾正……?」
「声が聞こえる。呼んでいる。幸せになれると、誰かが俺を」
弾正の瞳は虚ろであった。
明らかに正気を失っていた。
見えない何かを見つめるように、虚空を……否、ケサランパサランの方を凝視している。それ以外の何もかもが視界に入らぬ風である。
蕩けた笑みを浮かべ、弾正が石の塚へ近づいた。
恋焦がれるかのように虚空へ手を伸ばす。
「……あぁ」
それを見て、アーマデルは剣を抜いた。
そして、一閃。
ケサランパサランごと、石の塚を斬り裂いた。
かくして話は冒頭へ戻る。
切断された石の塚……正しくはその真下から“白くてふわふわしたもの”が溢れ出していた。まるで泡のようにも見えた。
風や雨に流されるように“白くてふわふわしたもの”が、空き地から四方へ散っていく。
『出られた! やっと出られた! やっと、やっと、やっと!』
2人の脳裏に、不気味な男の声がした。
「お前ら! 塚を壊したんか!? その塚を斬ってしもうたんか!!」
2人の背後で声がした。
杖を突いた老爺……村の住人であろう。
「あぁ! 怖ろしいことが起こる! 怖ろしいことが!」
老爺が何を言っているのかは分からない。
ただ、1つ、確かなことがあるのなら。
「後始末をしなければならない、か?」
2人の旅は、まだ終わりそうにないということだけである。