PandoraPartyProject

SS詳細

陽の下に影ふたつ

登場人物一覧

アラーイス・アル・ニール(p3n000321)
恋華
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら


 冬のある日、アラーイス・アル・ニール (p3n000321)はに気が付き、驚いた。
 気の所為ではないだろうかと何度も何度も確認し、それから困惑した。
 何故、どうして? いつから? わからない。
 いつもは陽が沈むまで締め切っている窓を開け、恐る恐る手を翳し……そこに不快や苦しさを感じなかったから、アラーイスは呆然とした。聡い方であると自身のことを思ってはいたが、大きな驚きの前では思考が停止するのかと頭の片隅の冷静な自分が観測していた。
(……これが奇跡というものなのでしょうか)
 イレギュラーズたちは奇跡を起こす力があるのだと聞いた覚えがある。この突然の、奇跡としか言いようのない出来事。自身の体質が唐突に改善するものでもないと知っている彼女は、これこそが奇跡なのだと理解した。
(喜んで良いのでしょうか)
 わからない。
(他の子たちは……)
 これが奇跡によるものならば、恩恵は己のみであろう。
 それなのに、伝えてもよいものだろうか。
 きっと喜んでくれるだろうけれど、少し心苦しい。
 考えた。
 考えて、考えて、考えて。
(…………何だか腹がたって参りましたわ)
 自分だけが悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。
(何の説明もなく勝手に奇跡を起こしておいて! どうしてわたくしだけがこんなにも悩まなくてはならないの!?)
 そうだ。その通りだ。幼い頃の彼女は小さな王国かぞくのお姫様だったのだ。その気質は絶望の底で一度失われたが、吸血鬼ヴァンピーアとなってからは少しずつ戻ってきている。
(これは灸を据える必要がありますわ!)
 頬を膨らませた彼女はこうしてはいられないと文机へ向かいかけ……もう一度、そろりと窓へと手を出してみる。
 そこにはやはりぬくもりだけがあり、寄せていた眉間からふと力が抜けていく。
 ああ、陽の光があたたかなものであることを思い出したのは、いつぶりだろうか――。


 アラーイスから手紙が届いた。
 甘い香りがふわりと香るそれは手にするだけで送り主がわかり、ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は心が浮き立つのを感じながら封を開いたものだ。
(速達? 何かしら。急ぎで伝えたいことがあったのかしら。お出掛けのお誘いかしら。だったらとても嬉し……)
 にこにこ、いそいそ。沢山の香草たちに見守られながら封筒から手紙を取り出し、整った文字を追っていたジルーシャの笑みが固まる。彼の楽しげな気配に寄ってきていた精霊たちも、きっとどうしたのだろうと思ったに違いない。
 内容を要約すると『会いたい』ではあるが、これは。
(これはもしかして……すごく怒ってる!? やだアタシ、何かしちゃった!?)
 会うのが怖いような気もするが、会わないという選択肢はなかった。自分に対して怒っている女の子を放置するなんてこと、ジルーシャには出来ないから。

 迎えた、日時指定をされていたその日。
「いらっしゃいませ、ジルーシャ様」
「ハァイ、アラーイスちゃん♪ 体調はどう?」
 出来るだけ普通に、いつも通りに挨拶をして。
 けれども内心では女の子を怒らせてしまうだなんて! と焦っていた。いつも手土産を「これ最近嵌っていて」なんて何だかんだと持参してはいるものの、今日はちょっと……いやかなり気合を入れた。口溶けなめらかでいて繊細。薄紅色の薄い花弁型チョコを幾重にも重ねて蓮となる、オートクチュールチョコレート。鼻が良いアラーイスがふと何かに気付いたように三角耳をピンと立てたが、彼女はにっこりと微笑んだ圧を感じる笑みを浮かべた
「お陰様で好調です。ええ、本っ当ーに、お陰様で」
「そ、そう? よかったわぁ……」
 笑みに引きつった笑みを返して、ニコニコと笑みを交わす。
 時刻は、彼女にしては珍しく昼過ぎ。締め切られた窓は陽の光を室内に入れぬよう分厚いものであることをジルーシャは知った。
「ジルーシャ様」
 どう切り出そうかと悩むジルーシャの眼前で、アラーイスが彼の名を呼びながら窓へと向かっていく。
 今日はよく晴れている日だから、窓の向こうは冬の中でもぬくもりを感じられる程にあたたかい。つまりは燦々と煌めく太陽が、外に――
「アラーイスちゃん」
 もしかして。陽を克服したの?
 でも違ったら。何かあったの?
 止めるべきだろうか。危ないわ。
 名を呼ぶくらいしか言葉が出ない中、アラーイスが窓へと手をかけた。
 室内を照らす陽光の眩しさに目を眩ませるジルーシャへ、白と黄色の光の中、アラーイスが振り返る。
「わたくし、太陽を克服しました」
 微笑むその顔は『あなた様のせいですね』と告げている。
 ――ああ、だから怒っているのね。
 すとんと腑に落ちた。
 彼女は怒っている。
 勝手をしたことを。
 命を失う可能性があったのに奇跡を願ったことを。
 彼女ひとり自分だけが陽を克服してしまったことを。
「ごめんなさい、アラーイスちゃん」
「何に対して謝っていらっしゃるのでしょう?」
 理解をしていない言葉だけの謝罪はいらない。微笑はそのままにピシャリと言葉を放つアラーイスへひとつずつジルーシャは謝り、彼女はそれを静かに聞いていた。
「……わたくしは正直、困っております」
「そうよね」
「喜んで良いのかどうか、わかりません」
 やはり考えるのは『他の子』たちのこと。
「わたくしに相談もなく勝手をして」
「ええ……」
「相手の望みを聞いてからでないと、嫌われますわよ!?」
 微笑みから眉を上げた表情へと転じさせ、アラーイスは「意中のお相手にはせいぜい気をつけることです!」とジルーシャを睨みつけた。
「わたくしだから良かったものの」
「……アタシのこと、嫌ってはいないの?」
「憎たらしいことをお聞きになりますのね。そうです、嫌っておりません。ですからわたくしは今こうして怒ってあげているのです。おわかり?」
 奇跡を行使して一方的に叶えたとしても、相手にはそれを元に戻すことも出来ない、強制的な奇跡の押しつけ。望んでいない奇跡を押し付けられたら、それこそ不幸でしかないだろう。その危険性がある行いでもあるのだと、アラーイスは他の人にそうすることがないようにと、怒っていた。……相手に望まれてもいないことで命を落とされでもしたら……命を捧げられた相手は罪悪感で潰されてしまうだろう、と。
 ごめんなさいと再度口にするジルーシャに、アラーイスが背を向ける。揺れるカーテンを少し不安そうにぎゅうと握って窓の外を見て――それから、振り返る。
「……ありがとうございます、ジルーシャ様」
 光をくれたかったのでしょう?
 揺れるカーテンと陽光を背にして、アラーイスが少し困ったような泣き出しそうな笑みを浮かべた。
「アラーイスちゃん……」
「で・す・が! こういったことはコレっきりにしてくださいな! 次は嫌いになりますから! この馬鹿、絶交です! って引っ掻きますわよ?」
 表情は一転。吸血鬼である上に狼の獣種なのだ。牙も爪も強いですわよと勝ち気な表情となったアラーイスが近寄ってきて、ジルーシャの手を両手で掬った。
「あなた様の気持ちはとても嬉しいです。わたくしに心を分けてくださってありがとうございます」
「勝手をしてごめんなさい。それでもアタシはアンタに――」
「もういいですわ」
 これは貸し借りゼロですから。
 そう笑った彼女は光指す窓辺から離れ、彼をお茶へと誘ったのだった。


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