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疑惑と至福の一時
登場人物一覧
●疑惑の炬燵さん
リディア・ヴァイス・フォーマルハウトはじっと目の前にある炬燵を見ていた。いや、目の前に居る炬燵を見ていた。
一見冬の練達ならどこにでもありそうな炬燵。だけどその正体は、ヤドカリの突然変異である万能炬燵だ。
今は誰も入っていない炬燵。そこに近づくと、リディアは炬燵テーブルの上にそっとみかんを置いた。
まったりとした雰囲気の漂う炬燵とその上に置かれたみかん。絵になる……。
(炬燵さんの口はどこにあるのでしょうか……)
ふかふかの炬燵布団を撫でていると、別の場所からぴょこりと一本の触手が出てきてみかんを突く。
「これは食べて良いのか?」
どこからともなく聞こえてきた声に驚きを隠せないリディアだが、目の前の炬燵はみかんを突きながら返事を待っている。
「は、はい! 良かったらどうぞ!」
「有難う」
嬉しそうな声音でみかんを触手で持ち上げると、さっと炬燵布団の中に持ち込む。
一体どこから声を出していて、どうやってみかんを食べるのか気になったリディアは、一言断ってからそっと炬燵布団を持ち上げた。
ごく一般的な四角いテーブルと炬燵布団の下には、ピンクと青紫が入り混じり合った、植物と動物が混ざったようなぬるぬるとした触手がみっちりと詰まっていた。その中の一本がみかんを抱え込んでいる。
「こ、これは……!」
うねうねとうごめき合う触手たちに、リディアはごくりと唾を飲み込む。
「入るのか? 大歓迎だ」
触手で自ら炬燵布団を持ち上げると、どうぞとリディアを誘う。
それと言うのも、炬燵の食事方法は特殊な一本の触手が獲物を溶かして栄養を接種するが、それ以外にも炬燵に誰かが入ってくれることで満たされるからだ。
「……入って、大丈夫なんですか……?」
触手と言えば、捕まったら色々溶かされて悲惨な目に遭うのがある意味お約束だ。そのせいか、リディアも炬燵の中に入ったら最後、色々な意味で食べられてしまうのではないかと心配している。
「大丈夫。中はいつも快適に保たれているし、入った人には寛げると評判だ」
暑い時期はひんやり心地良く、寒い時期はほっとする温かさ。そしてさり気ない触手によるおもてなしのマッサージ。
「食べたり、しません……?」
「自分は誰かが入ってくれることで満たされるので、人を食べるわけがない」
どこかキリッとした様子で言う炬燵の言葉に、リディアは決意した。
「お、お邪魔しまーす」
恐る恐る炬燵の中に足を入れると、快適としか言いようのない温度にほぅっと吐息が零れる。
「凄くほっとします……」
入る前の緊張は何だったのか、すっかりリラックスして炬燵に身を委ねるリディア。
これが炬燵の魔力……!
しかしそれだけでは終わらないのがこの万能炬燵!
「んっ」
すらりと伸びたリディアの脚に触手が触れる。
ぬるりと感触にびくりと震えるが、触手はえっちなことをするわけでもなくリディアの脚をマッサージしていく。
「ふ、ぁ……」
場所に応じて緩急をつけてリディアの脚をマッサージしていく触手。その腕前は、リディアの表情と零れる声で分かる。
「あ、そこ……!」
耳まで赤くなって蕩けた表情は普段から想像出来ないほど色気があり、鼻から抜ける艶やかな声音は甘く蕩けるよう。
マッサージと共にリディアの体が弛緩して、くったりとその身を炬燵に委ねていく。
「これは……んっ。気持ち良すぎて駄目です……!」
赤く蕩けた表情のまま恍惚の表情で呟くと、心配になった炬燵が声をかける。
「大丈夫かい?」
「炬燵さんの中が気持ち良すぎて、駄目ですぅ」
こんなに気持ちいいと出られなくなってしまうと危機感を覚えるが、今出るかと聞かれたら答えはNOだ。
「喜んで貰えたなら幸いだな」
うっとりとした様子のリディアに炬燵の声も嬉しそうだ。
つま先から太ももまで、炬燵に入っている下半身をしっかり揉み解すとその後はリンパマッサージ。リンパマッサージすることによって体内に溜まった余計な水分や溜まった老廃物を流し、むくみや疲れなどを取り、脚痩せにも繋がるのだ。
「ここに溜まっているようだな」
「あ、そこはっ!」
ぐいぐいとリンパを刺激しながらマッサージを進めると、リディアは痛いけど気持ちいい。そんな感覚に悶えるのだった。
●至福の炬燵さん
一通りマッサージが終わると、リディアは心地良い疲労感に息を吐いた。
「こんなにも気持ちの良い時間は初めてです……」
「喜んで貰えて何よりだ」
疲れているけれどすっきりとした様子のリディアに、炬燵は炬燵の中でリディアが過ごしやすいように触手で色々調える。足置きとか、中のクッション的な意味で。
「私も炬燵さんにお返ししたいんですけど、炬燵さんは何か欲しい物とかあります?」
「そうだな……。ならまた今度、こうやって自分の中に入ってくれないか?」
少し考え込んだ様子の炬燵の言葉に、リディアはきょとんと眼を丸くする。
「そんなことで良いんですか?」
「勿論だ。自分は自分の中に、誰かが入ってくれることで満たされるのだから」
「でも、それじゃ私が気持ちいい思いをするばかりだと思いますよ?」
心地良い温度に最高のマッサージ。その対価がまた中に入るだけで良いのだろうか。
「自分も満たされるからwin winだ」
リディアは至福の一時を過ごせて、炬燵も人が入ってくれることで満たされる。まさにwin win。
「勿論リディア以外にも入ってくれる人を連れてきてくれるのは大歓迎だ。人以外でも入ってくれるなら歓迎する」
「じゃぁ、今度興味ある子がいたら紹介しますね」
くすくすと笑うと、リディアは約束するのだった。
「あ、でも人以外って動物連れてきても食べたりしませんよね……?」
食料と勘違いされたら大参事どころではない。
「生きている物は溶かさないから大丈夫だ」
服は脱がしはしても生きている物は溶かさない。ここ大事。
「なら安心ですね」
和やかに笑って話していると、マッサージによる心地良い疲労感と快適過ぎる状況に睡魔が襲ってくる。
うとうとし始めたリディアを見て、炬燵はそっと触手でブランケットをかける。
「炬燵で寝ると風邪をひいてしまうよ」
穏やかな表情で眠ったリディアを起こさないようにそっと呟くと、炬燵は触手を伸ばして布団を整える。
掛布団を退けて枕の位置を整え、眠ったリディアを起こさないようにそっと炬燵から布団に移動させる。その際寒くないようにブランケットをかけ直すのも忘れない。
「お休みリディア。今日はゆっくり寛いでくれて有難う」
掛布団をかけて風邪をひかないようにすると、そっとリディアの髪を撫でる。
幸せそうに眠るリディア。彼女が見る夢は、きっと先ほどまでの続きで楽しく炬燵とおしゃべりする夢。
『炬燵さーん! 友達いっぱい連れてきましたよー!』
沢山の友達を連れて炬燵に会いに来たリディア。その腕の中には猫を抱きかかえている。
『それは?』
『猫です! 可愛いでしょう?』
ずい! と差し出された猫は不服そうに一鳴きするけど、炬燵から伸びた触手を怖がる様子はない。
『入ってくれるかなー?』
わくわくしながら炬燵布団を捲って猫に見せると、みっちり詰まった触手に猫は逃げてしまう。
『大丈夫だと思ったのに……!』
ショックを受けるリディアに炬燵は笑ってリディアたちが入るように促す。
落ち込みつつも炬燵の中に入れば至福の一時で、幸せな時間。