PandoraPartyProject

SS詳細

それは、まるで君のように

登場人物一覧

アレン・ローゼンバーグ(p3p010096)
茨の棘
アレン・ローゼンバーグの関係者
→ イラスト

 家から見た切り取られた世界が真っ白に染まる。リリアは眠るアレンの髪をゆっくりと撫でて微笑んだ。しんしん、と静かに降る雪に溶けてしまうような声で何かを呟いて、自らもまた視界を闇へと閉じ込める。こんな静かな夜は嫌いではなかった。
「姉さん、おはよう」
 他者から見れば、虚空に話し掛けているように見えるアレンだろうが、彼の目にはしっかりと映っている。眠そうに瞳を擦る愛おしい人の姿が。
「おはよう、アレン。ふふっ、今日はアレンの方が早かったわね」
 大人びた雰囲気のリリアだが、今日は眠たげで少しだけ幼い印象を受ける。
「姉さんが寝坊するなんて、珍しいね」
「昨日、少し夜更かしをしてしまったの」
「そうなんだ」
 ふわぁと小さく欠伸を漏らす彼女の隣に座り、長い白髪が跳ねた場所にアレンは触れた。柔らかな髪は彼の手を喜んで受け入れ、リリアは嬉しそうに目を細める。
「今日はまるでアレンがお兄さんね」
「よしてくれよ。僕は姉さんの弟だよ」
「たまにはいいじゃない」
 冗談交じりだと声で分かっていても、アレンはリリアの弟だ。そう、彼女はたった一人のかけがえのない姉で、自分だけが友に居ると誓った存在。誰に何と言われても、それが覆ることはないのだから。
「雪がね、降っていたの」
「雪? ああ、もうそんな季節だっけ」
「真っ白な世界を見ていたら、寝坊しちゃうなんて。ダメなお姉ちゃんね」
 そんなことない、と言おうとした唇にリリアの人差し指が当てられる。そして片目を閉じる彼女にからかわれたのだと気付いたアレンは仕返しとばかりにリリアの白い頬を包み込んだ。

 もう一度寝てしまいそうになっている姉の言葉が気になり、アレンは家の外へ出ると確かに彼女が言っていたように白の結晶が灰色の空を舞っていた。
「姉さんみたいだ」
 手のひらに乗った雪が熱で溶けて消えていく。その姿に何故か姉の横顔を思い出した。世界は彼女に冷たいのに、儚くも美しく舞う姿は人々を——僕を魅了して離さない。それは、まるで雪のようだ。
 どうして、世界は姉を受け入れてくれないのか。
 何度も自問自答を繰り返した問いがまた頭をよぎる。大切な片割れ、愛しい人。いや、世界が姉さんを忘れても、僕だけは隣に居ると誓ったじゃないか。自戒するように色違いの両目を閉じる。
(姉さんはここにいる。ずっと、僕と一緒だ)
 ゆっくりと目を開けると、そこには自分を覗き込む姉の整った顔があった。
「ね、姉さん? どうしたの、びっくりしたよ」
「アレン、ずっと帰って来ないんだもの」
 扉を開けてその場で立ち尽くしていた自分を待ち疲れたのか、頬を膨らませてこちらを見上げる彼女はやはり、今日は普段よりも幼く感じる。雪に興奮しているのだろうか。でも、雪なんてそんな珍しいものでもない。そんなアレンの心の見透かしたようにリリアは彼の手を取ると、指を絡めて手を繋いだ。
「雪はアレンみたいで好きなの」
「僕? 僕は雪は姉さんみたいだと思ったけど」
「私たち、同じことを考えていたのね」
 くすくすと笑うリリアに冷えるからと部屋の中に入るように促す。繋いだ手はそのままで。伝わるぬくもりは僕だけが知っているもの。これまでも、これからも。
 ああ、雪のように消えてしまいそうだ。
 繋いだ手の温もりに、触れた優しさに溺れていたかった。

 部屋に入ると、アレンはリリアをソファーに座らせる。当たり前のように隣をぽんぽんと叩く彼女に愛おしさが込み上げた。
「ブランケットを持って来るよ。今日も寒いし、また雪が降るかもしれないね」
「ありがとう、アレン。そうね、また雪が降ったら……一緒に見たいわ」
「雪なんて、寒ければいつでも降るよ」
 持って来たブランケットをリリアの膝に掛けながら、アレンはさっきリリアが叩いた隣へ腰を下ろす。すると、彼女はアレンの肩に頭を乗せて再び手を繋いだ。
「今日は姉さんがあまえんぼ、だね」
「たまにはいいでしょ?」
「僕はいつだって甘えて欲しいな」
「たまに、だけよ。だって、私はアレンのお姉ちゃんだもの」
 触れ合った肩から、繋いだ手から伝わるぬくもりに何かが満たされていく。微笑んだアレンは繋いだ手に力を込めて、よりかかった彼女の頭に自分のそれを乗せた。
「姉さん、好きだよ」
「なあに? 突然」
「言いたくなったんだ。姉さんが好きだって」
「私もアレンが大好きよ」
 互いに笑みを零す二人を見守るように窓の外では雪が降り始める。起きてから何も食べていないことを思い出したかのように小さく鳴いたリリアの腹の虫に、アレンは思わず吹き出して笑った。
「そんなに笑わないで!」
「ごめんごめん。お腹空いたんだね」
「むぅ……スープが飲みたいわ」
「スープと暖かいものを持って来るよ」
 立ち上がった時に離れる手と手に寂しさを感じながらも、アレンはまたすぐに戻って来ればいいと余韻を振り払うようにキッチンへと向かう。
 コンソメスープかコーンスープが残っていたはずだから、それを温めたものとバケットを焼いてバターを一緒に持って来よう。そうだ、一緒に雪が見たいと言っていたから、ココアとコーヒーを食後に飲みながら、話すのも悪くない。そんなことを思いながら、リリアが待つ部屋へと急ぐのだった。

おまけSS『おまけSS:それは、まるであなたのように』

 アレンが部屋を出て行くと、リリアは冷たい窓から外を見る。白く染まっていく大地に再び積もる新雪はまるで自分と彼の想いのようで。
『雪は姉さんみたいだと思ったけど』
 同じことを考えていた喜びと少しの羞恥心。雪は暖かくなれば溶けて消えてしまうけれど、私とアレンはずっと一緒に——。
 そう思い、彼が持って来てくれたブランケットを羽織るとソファーに座り直して昨夜の呟きを反芻する。
「ねえ、アレン。溶けて、消えてしまわないでね」
 まるで雪のようなアレンに届かない言の葉を紡いでリリアはまた小さく鳴いた腹の虫に返事をした。
「アレン、早く帰って来て」
 そして、この冷たい手にぬくもりをちょうだい。
 雪のような姉と弟は互いのぬくもりを求め合いながら、降る雪を見つめていた。


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