PandoraPartyProject

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Laudes

登場人物一覧

シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて

 膝を付き手を組み合わせ、頭を垂れよ。主は常に我らを見守って下さっている、救いを賜ろうというならば、真実を曝け出すべきである。
 そんな言葉を思い出したのは、夜明けの頃だった。隙間風に凍える夜を過ごし、薄くペラペラになった毛布に包まった時間は過ぎ去った。
 暖炉に火が焼べられる時間がやってきただろうか。シュテルンはぼんやりと太陽の位置を確認してからベッドから降りた。
 ローレットからの依頼を受けて、天義の北方にやってきたのだ。聖都を行く事はどうにも気疲れをする。それ故に、迂回するルートを使ったは良いが寂れた宿場町では大した歓待を受けることは出来ずに寒さに凍えることになってしまったのである。
 それでも、ローレットとして、それから『天義の聖騎士の協力者』として宿場町の者達はシュテルンを歓迎してくれていた。
 最初に騎士様と呼ばれたのはシュテルンが純粋なる黒衣を身に纏っていたからだ。着用しやすいようにとカスタムをした黒は騎士と言うよりも聖職者を思わせる。
 それは神の代行者である事を示しているとコンフィズリー卿が口にしていたことを思い出し宿場町の住民達の言葉を甘んじて受け止めた。
 着替えを終えてから、ぎしぎしと音を鳴らす階段を降りて行けばダイニングフロアの暖炉で薪を投げ入れる宿場のオーナーが居た。
 その背中はずんぐりとしていて堪える寒さにも何ら感じていないようにも思える。腕まくりをし、エプロンを着けたその大きな背中は物音に気付いてからのんびりと起き上がる。
「お早うございます、シュテルン様」
「おはようございます」
 辿々しく話していた癖は抜け、年相応に振る舞うようになったシュテルンはオーナーに作った笑みを向けた。
 それだけでもオーナーは嬉しそうに笑うのだ。この地は聖都より幾分も離れており騎士は愚か、旅人さえも立ち寄ることは少ないのだという。
 特に冬の季節になれば隣接する鉄帝国の厳しい冬の煽りを受けるためにめっきりと客足が途絶えると彼は朝食の準備を妻に頼んでから告げた。
 シュテルンをテーブルに誘うオーナーは「寒かったでしょう」と不憫そうにシュテルンへとアンゴラの毛で出来たショールを差し出した。それも随分と使い古されているが、ないよりは良いだろう。
「ありがとうございます」
「いいえ。客足が少なく、隙間風のことを知っていても修理費用が出ませんで。
 ゆっくりお眠りになられましたか? 目的地は個々よりもう少し北方だと仰って居ましたが……」
「大丈夫です。ありがとう」
 シュテルンは寒さの対策も出来る限りしてきているのだと客室に置き去りにしたトランクケースの中身を思い出した。
 ストールに、防寒具の類い。それから簡単な非常食も用意した。乗合馬車でのんびりと向かうのは依頼人の意向だ。転々と村々を見て回って報告して欲しいという。
「お忙しいでしょうに、大変な仕事ですね」
「きっと、国を良くしようという思し召しでしょう」
「そうであるといいんですけれど……此の辺りは色々と風習も残っていたりしますし、どうぞ気をつけて下さい」
 温かなひよこ豆のスープを用意したオーナーの妻は少しばかり硬くなったパンを浸して食べて下さいと差し出した。シュテルンにとってはそれだけでも有り難い事だ。
 幼少期の境遇に比べれば、こうして温かな食事を食べられるだけでも随分な待遇だと身に沁みて思えるのだから。
「風習……」
「人種の差別もありましょう。それに、やはり天義と言えども、点在する集落では異邦の神を讃える者も居りますから」
「そうですね……」
 シュテルンは目を伏せた。何も最初から全ての民族が一つの神を信仰していたわけでは無いはずだ。
 現在では異教と呼ばれるそれを今でも信奉する者が居たって可笑しくは無い。聖都より離れればそうやって異なる存在を信じる者は増えるのだ。
 最も、聖都でとて、異なる信奉を胸にしながらも過ごす者は居る。
も――)
 己だって、その一員だったのだ。歌を捧げよと、小鳥を無理に囀らせる鳥籠の中は隙間風は無かったがしんと静まり返った冷たい空間であった。
 あの時は人のぬくもりも、何もかもが存在しない空虚な場所だった。
 思い出せば煮えたぎる何かを感じるが、それをひた隠してからシュテルンは息を吐いた。
「どうかなさいましたか?」
「いえ。ご飯有り難うございました。おいしかったです」
 穏やかに微笑むシュテルンはゆっくりと立ち上がった。そろそろ出立の用意をしなくてはならない。
 手袋を嵌め、黒を纏う。その上には厚手のケープコートを纏い雪を避けながら行動しなくては。
「それでは、これで失礼します。皆さんも気をつけて下さい。冬はまだ厳しくなるでしょうし」
 シュテルンは穏やかに微笑んでからその場を辞した。
 己が中に燻る感情にはまだ答えが見出せないまま。もしも、自身の中に花が見えたならば、それはどんな色をしているだろう――?


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