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リスティア・ヴァークライト

登場人物一覧

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

 ぷつり、と花を摘んだ。俯いてからリスティアは息を吐き出した。その足取りは重たい。
 普段世話になる騎士団宿舎からヴァークライト邸に向かう最中なのだ。
 リスティアは齢20になったばかりの聖騎士。ヴァークライトの家門を背負う訳ではない。咎ある己があの歴史ある家門を汚すわけには行かないからとその座を早々に辞した。
 リスティアは8つの頃に父を喪っている。それも、由緒正しき聖騎士の家門にしては辱めと呼ぶ方法で、だ。
 リスティアの父はアシュレイという。母の名はエイル。二人の間に生まれたリスティアは幻想種であった母エイルの血が濃く、幻想種として生れ落ちた。
 長耳を持った天義貴族。伝統を重んじ、信仰者が集まる天義では人間種が多く、幻想種は稀に見る程度だ。故に、幼少期からリスティアは奇異の視線に晒され続けた。
 父母は恋愛結婚であったと聞いている。冒険者であったエイルが思う存分に暴れ回った後、偶然であった父と恋に落ちて結婚したのだそうだ。そんな恋愛結婚にもリスティアは憧れたこともある――その夢も早々に何処かに遣ってしまったのだけれど。
「リスティアちゃん」
 道行くリスティアに声を掛けたのはオウカ・ロウライトであった。聖職者であるオウカはリスティアにとっての神学校での同窓である。また、幼馴染みでもありリスティアにとっては馴染み深い相手でもある。
「何処かに行くの? 珍しいね。騎士服じゃないなんて」
「オウカちゃんはお祈りの帰り?」
「はい。祈祷を終えて今から帰ります」
 にこやかなオウカは三代続くロウライトの家門の『正義』に寄り添った強い正義感を有する存在だった。リスティアにとってはその在り方は眩く、そして憧れたものでもある。
 彼女とリスティアの間にあるのは打算的な関係性だ。聖職者を志した幼馴染みは騎士となるべき存在だったのだろう。だが、彼女はその道を諦めた。騎士である祖父を支える為には正教会の中にパイプを得ておきたかったという。詰まり、オウカは騎士となるだけの実力があれども聖職者を志したのだ。
 正しくロウライトの在り方である。喩え幼子であれども不正義であれば斬り伏せ、断罪してみせると心に決めていたのだ。
 リスティアはそんな彼女の正義感に支えられ騎士として生きていた。『罪過の騎士』と呼ばれる彼女が斯うして市中を歩くことが出来るのもオウカが居るからこそである。
(そんなこと、オウカちゃんは気にしないんだろうな)
 ふと、リスティアはそんなことを思った。オウカとリスティアの間柄は幼馴染みだ。それ以上はない。口先では親友だと言えど実際の関係性はそれ程深いものではない。
 強いて言うならば都合の良い打算的な友人関係でもある。だからこそ、リスティアにとっては居心地が良かった。己の在り方に何らかの否定的見解を述べず、ただ、当たり前の様に側に居てくれるのだから。
「今日は、アリスティの誕生会があるんだ。それでね、少しは帰っていらっしゃいって……お母様が」
「そっか。アリスティくんも17歳になるんだっけ?」
「うん。ヴァークライトの当主として、若輩ながら、だけれど皆に並び立てるようになるかな。
 私が帰るのはあんまりなあって思うよ。やっぱり、穢れた騎士は踏み入れない方が良い。縁を切った方が良いとも思うから」
「……そっか。うん、私からは何も言わないけれどリスティアちゃんの好きにすると良いと思いますよ。
 私にとってはリスティアちゃんはリスティアちゃんですし。聖騎士だという認識しかありませんから」
「うん」
 それでいい。聖騎士リスティア・ヴァークライトとして見て居てくれれば良い。ヴァークライトの令嬢リスティアとして見られることを酷く怖れているのだから。
 ――そう、リスティア・ヴァークライトは8つの頃に父を喪った。
 それは幼い娘を見て断罪することを厭うという聖騎士に有り得ぬ所業だったそうだ。父アシュレイは怖れ首を振った。幼子が娘であるリスティアに被ったのだ。
 断罪を拒絶したアシュレイは当然ながら不正義として糾弾された。由緒あるヴァークライトの歴史に泥を塗ったと祖父は怒り狂い、不正義の烙印を背負うこととなった家族は地の底に堕ちた心地だっただろう。
 断罪せよと最初に命じられたのはリスティアの叔母のエミリアであった。聖騎士となったばかりの彼女は氷の騎士として怖れられていたが当然ながら肉親の処刑など受け入れる事が出来なかった。恐れ戦く彼女を庇い立てたのは彼女の婚約者である。
 早々にエミリアを娶り、ヴァークライトとは関連しないと言い張ったのだ。ならば、誰がアシュレイを断罪するか。ゲツガ・ロウライトか、と、囁かれ始めた頃に8つになったばかりのリスティアは自らが処刑を執行すると申し入れた。
 その代り、ヴァークライトの汚名は雪ぎ、己を除名して欲しいと嘆願した。しかし、騎士として正義を執行する娘をどうして家門より排斥するか。
 長子であったが女であったリスティアは『父殺し』という悍ましき咎を背負いながらもヴァークライト家の娘として過ごす事になった。
 唯一、叶えられたのはヴァークライト家を担うのは自らではなく弟であるアリスティだという旨だ。当時5歳の少年を当主に据えることになったが、致し方がなかった。
 それがヴァークライトにとって丸く収まる事であったからだ。それ以来リスティアはヴァークライトの名を名乗ることも怖れた。
 堂々と『オウカ・ロウライト』と名乗る幼馴染みが羨ましくなるほどに、リスティア自身は自らの家門の名を恐怖の象徴のように感じていたのだ。
「……リスティアちゃん?」
「ううん、それじゃあ、またね」
「はい。また」
 ――全てが幸福であるわけではない。
 精巧に作られた遂行者として、この咎は当然のことだった。何せ、『スティア・エイル・ヴァークライト』と違ってリスティアの母は生きている。産まれた弟も居る。
 本来のスティアは生れ落ちて直ぐに母を失っている。当然ながら弟も産まれて居らず、父は『ゲツガ・ロウライト』によって断罪された。
 そんな二人の関係性が鏡映しになった。ただ伸びやかに家門を背負い聖職者となったオウカ、家門を背負うことを否定し自分の足で歩いて行こうとするリスティア。
 まるで対照的で、本来の歴史と違う二人の間にあったのは歪な依存関係であったがリスティアにとってはこれこそが一番の形だった。
 母と弟。今を生きている二人が嘘などと言ってくれるな。二人が幸せになる世界線がリスティアにとっては本物だったのだ。
(オウカちゃんにとっては、正義が執行され、当たり前の様に神を信ずる世界が一番なんだ。
 だからこそ、私はオウカちゃんの剱になる。オウカちゃんは私に道を示し、最も良い場所に導いてくれる――)
 二人ならば、大丈夫だとリスティアは信じていた。何処かに無くてはならない心のよすがはオウカになりつつあったのだ。
「ただいま」
 リスティアはそっと扉を開いた。よく手入れされたヴァークライトのタウンハウスでアリスティは「姉様」と呼び飛び付いてくる。
 リスティアにも良く似たかんばせ、されど髪の色は父譲りの金色だった。天真爛漫な弟は姉の期間を心から喜んでくれる。
「お帰りなさい、姉様」
「ただいま、アリス。元気だったかな?」
「はい、元気です。姉様は? 元気でしたか?」
 にこやかに微笑む弟に「勿論だよ」とリスティアは微笑んだ。彼は存在だ。それでも、斯うして生きている。
(守らなくっちゃなあ)
 リスティアは抱き締めながらもそう思った。久方振りにあった弟は随分と背丈が伸びて立派に成長していた。17歳になっても幼い頃からの癖で直ぐに姉に抱き着く。
 怖がりなところだけは変わらないのだ。この世界が嘘だと知れば彼はどんな顔をするだろう。
(本当の世界には貴方はいないんだよって。私だって……作られた存在だよって、教えたらアリスはきっと恐くなっちゃうだろうな)
 だからこそ、この理想郷は外の世界なんて無かった。当たり前の様に天義が作られ、当たり前の様に生きている。
 アリアやオウカも、同じように『作り上げた天義』の中で生活をして居る。そこまでの歴史は喩えねつ造であったとしても確かに存在して居たように取り扱えるのだから。
「さあ、お誕生日のお祝いをしよう」
「はい。プレゼントを下さいますか?」
「ふふ、またそんなこと言って。私が何も持ってなかったらアリスは拗ねちゃうの?」
「そうですよ。姉様が何を下さるのかずっとずっと楽しみにしていました」
 甘えん坊の弟だ。これも都合の良い夢なのだろう。リスティアはそう思いながら「凄いものを用意したんだからね」と笑った。
 眩い夢の様にそれは存在して居た。リスティア・ヴァークライトは遂行者だ。だからこそ、こんなの『都合の良い夢』でしかないと知っているから――

 罅割れた音がした。
 ぱらぱらと砕けたのは『本物』の聖刀と『偽物』の指輪だった。
 引き攣った声が漏れたのは仕方が無い事だったのかもしれない。リスティアの前で『オウカ』が死んだ。
「……次は私かなあ」
 リスティアは俯いた。己は遂行者で、イレギュラーズから見れば悪であることは確かだ。
 そんなこと疾うに承知で、生きている。生きていなくては護れないものがあるからだ。
「スティアが言っていた事、今の私には良く分かるんだよ。『誰もが笑っていられる幸せな世界にしたい』って。
 ――けどね、それでも。過去は捨てられないんだ。忘れられないから、私達は藻掻いている。いっそ、何の柵もなく笑っていられたらいいのに」
 スティアが言うとおり、リスティアは『迷っている』。己の在り方にさえ惑ったのは、その性質が限りなく遂行者らしくなかったからだ。
 リスティア・ヴァークライトはスティアの鏡写しの存在だ。だからこそ、同じ思想を胸に抱いてしまっていた。
「戦おっか」
 リスティアは俯いてから、顔を上げた。その双眸には『彼女と同じ顔の女』が映る。
「どちらかしか生き残れないんだ。何方が正しいかじゃないよ。何方が、強く信じられるか」
 喪うものなんてなかった。リスティアは知っている。オウカには言いやしないが正義なんて立場で変わってしまうと知っていた。
 リスティアにとってあの時の父はヒーローだった。何の罪も犯していやしない幼い娘を、家族の連名で断罪しろと言われ否定したのは人間的には当たり前の感情だった。
 その選択を求めた父は、正義や不正義という代名詞よりも最も素晴らしい存在であった筈だ。その時ばかりは天義の在り方を呪ったのも確かだ。
 ――もしも、この歴史を書き換えることが出来るならばどうしたい。
 神様ルストはそう言った。リスティアは「父が死なずに済むならば」とそう声を振り絞ったのだ。
 彼はそれを了承した。全てが終わったならば、父が救われる世界線を作り上げよう。両親と幸せに暮らすのだ。
 休日にはホットパイを焼いて作りすぎたと笑い合うような、そんな朗らかな日常を求めていたのだ。もしも、全てが終わってそれが手に入るのならば――
 リスティアは息を吐いた。聖刀を構える。それが紛い物であることくらい分かっている。
 所詮は聖遺物と言えども作り上げられたものだ。だからこそ、いざともなればその本領を発揮できるとは限らない。
 自らが潰える可能性だってある。だけれど――のだ。
「私とオウカちゃんは互いが大事だったから、何方かを倒せば崩れるのと同じだ」
 それだけ大切だともっと声に出して言えば良かったのに。
 弱かったのだ。あの人にとって、己がそうだと言い切れなかった。親友だと、言葉にすることさえも恐ろしかった。
 打算関係で繋がった、惰性的な幼馴染みだ。アリアに揶揄われようとも根底では互いを値踏みし続けていたのに。
 大切になってしまった。死してから漸く分かるだなんて、バカらしい。
 神霊の淵が壊れてしまったならば、もう二度とはあの人と同じ姿を見ることは出来ない。
 けれど、もしも勝利したならばもう一度があるかも知れない。リスティアの望んだ誰もが幸せで笑っている未来に辿り着けるかも知れない。
「私は今、崖っぷちに立ってる。後は飛び降りるか、皆殺しにして生き延びるか。どちらかだけ。
 ……ただの意地の張り合いなんだ。私は、それでも生きていたいと思えたから!」

  • リスティア・ヴァークライト完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2023年12月12日
  • ・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034

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