PandoraPartyProject

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大人になるキミに

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ニルの関係者
→ イラスト

「ニルくん」
 ひょこりと顔を覗かせたエーリクはくりくりとしたその眸を輝かせていた。
 ナヴァンの研究所にて研究助手として過ごす少年はアドラステイアでニルが保護をした経歴がある。まだ幼く、紫色の眸の少年はびくびくとニルの後ろに隠れるばかりだった。
 余り動かすことの出来ない左腕には傷があり、騎士の家系であったという少年は二度とは剣を握れぬだろう。
 それでも懸命に生きて、ナヴァンの助手として成長するエーリクはニルが訪れる度に「構って欲しい」と強請るのだ。その様子はまるで子猫が母猫を見付けたときに擦り寄る様にも良く似ていた。
「ナヴァンお兄さんですか?」
「はい。『おいしい』をもってきたのです。練達で流行っているらしいです。エーリク様は食べたことがありますか?」
「んー……わからないです!」
 バスケットを覗き込むエーリクにニルはふと、少しだけ背が伸びたと感じた。10歳と聞いていたが丁度成長期だったのだろうか。ナヴァンのぶかぶかの白衣を着ていたと思ったが幾分か背丈が伸びてニルより小さかった彼も視線が交わるようになった。
 ニルくんと呼ぶ声も少しだけ低くなっただろうか。ナヴァンの元に食事を持って行ったエーリクが「忙しいそうです」とがっくりとした事に気付いてからニルは「良ければ、少しお出かけしませんか?」と問うた。
「おでかけ、しましょう!」
「はい。丁度、ナヴァン様がエーリク様のお着替えが少なくなったと言って居ました。お洋服を買いに行きましょう」
 冬服が必要だとナヴァンは嘆いていた。アドラステイア時代は劣悪な環境下で過ごしていたため屋せっぽっちだったエーリクも練達で過ごすようになってから肉が付き成長が見て取れたからだ。
 それなりのコートを着せて早速、街に繰り出した。衣服ならば安全なども考えても再現性東京の方が良いかと、希望ヶ浜の市街に向けて歩き出す。
 周囲を嬉しそうに眺めたエーリクは「冒険ですね!」と微笑んだ。
「ニルくん、手を繋ぎましょう。ナヴァンお兄さんもそう言っていました」
「ナヴァン様が?」
「はい。ぼくはいつもびっくりすることがあるとそっちを見てしまうから、迷子になりそうだから手を繋ぎなさいって」
 にまりと笑ったエーリクはニルの手をぎゅっと握り締めた。その掌のぬくもりが心地良い。楽しげな歩調のエーリクを見て居るだけでニルの心もほかほかと温かになる。
 ナヴァンから渡された『お金』はエーリクの冬の衣服を買う物だが、少しだけ大きめに成長を見越してと言われていた。そのついでに、ニルはこっそりと『お小遣い』を渡されている。
 ――これで何か美味しい物でも食べれば良い。エーリクはあまりそういうものに馴染みが無いから。
 ナヴァンの言葉を思い出してからニルは「エーリク様、何か食べたいものはありますか?」と問うた。
「ニルくん、街がきらきらしていますね」
「はい。クリスマスです。クリスマスもたくさんの『おいしい』があります。エーリク様はクリスマスマーケットは知っていますか?」
「知りません! ナヴァンお兄さんが、美味しいものがあると言ってたと思います」
 ならば、サンタクロースも知らないだろうか。ニルは「サンタさんという方が、良い子にはプレゼントをくれるそうです」とエーリクに声を潜めて教えた。
「そ、そうなんですか……? ぼくにも……?」
「はい。きっと。でも、今日はエーリク様のサンタさんはニルです。あったかいお洋服を買いましょう。
 それからクリスマスマーケットでシュトーレンという物を買いましょう。クリスマスまで、ナヴァンさまとゆっくり食べることで楽しめますよ」
「わあ、たのしみ!」
 エーリクが頬を緩めて微笑んだ。握り締めた手に少しだけ力がこもった気がしてニルはぱちくりと瞬く。
 やっぱり、エーリクは大きくなった。助けたときのあの小さな掌も、少しだけ男の子のものになった。まだ幼くて、子供のようにまろい掌が少しだけ骨張ってきた気がしたのだ。
 冬は寒いからとナヴァンが適当に買い与えたズボンは十分丈なのだろうが、背丈も伸びた事でソックスが覗いている。ニルは早速冬服を買わなければ夜になれば冷え切ってしまう事に気付いた。
「エーリク様は、好きなお洋服はありますか?」
「余り分からないです。ニルくんとおそろい、でも嬉しいと思います。
 天義に居た頃は、動きやすい服ばっかりでした。ぼく、騎士のおうちに産まれたから沢山練習してたんです。
 ……あ、あと、長袖が良いです。できれば、左の腕が隠せると嬉しいと思います! 見えると、皆さん心配するから……」
 辿々しくも希望を告げるエーリクにニルはうんうんと頷いた。相づちを打ってやればエーリクは楽しそうに頷き笑うのだ。
 そんな姿は実に愛らしい。ニルは「じゃあ、早速行きましょうか」とエーリクの手を引いた――が。
「くしゅ」
 小さな嚔が聞こえてから振り向く。「寒いですか?」とニルは問うた。「すこしだけ」と告げるエーリクにニルは今まで教わったお店を思い浮かべてから「少しだけ、いいですか」とその手を引いた。
 向かったのは友人達に教わったカフェだ。ホットココアを飲んでから少し暖まって、ショッピングモール内の店舗を廻ることにした。ココアを目にして「ほかほかだあ」と喜ぶエーリクを見ていれば微笑ましくもなる。
「お洋服を買ったらクリスマスマーケットに行こうと思います。その前に何か食べますか?」
「ニルくんは物知りだね」
「はい。ニルも沢山教えて貰いました」
 にこりと笑ったニルはパンケーキやハンバーガー、おそばにお好み焼きと指折り数える。季節は外れてしまったけれどかき氷やアイスクリームも美味しいお店を教えて貰った。
 何処も屹度、エーリクを喜ばせることが出来るだろう。それから、こうして嬉しそうに笑ってくれることだろう。
 ニルはそんなエーリクの表情を見るだけで『おいしい』が『うれしい』になる。幸せいっぱいであたたかな気持ちになるのだ。
「ぼくも沢山知りたいなあ。ナヴァンお兄さんはあんまり食べないから、教えてあげたいです」
「はい。ナヴァン様に美味しいをプレゼントしましょう。その前に、お洋服です。
 くしゃみをして、風邪を引いてしまったら美味しいが分からなくなるとナヴァン様が言って居ました」
 鼻が詰って味が分からないと嘆いていた研究者を思い出してからエーリクは「本当だ!」と笑った。
 ワンサイズ大きめのアウターと、今の身長にも合うズボンを購入する。成長期である事を見越せば、少しばかりサイズは大きくて良いのかもしれない。
「ニルくん、ニルくん」
「はい」
 店舗で何処かに向かって行ってしまっていたエーリクがひょこりと顔を出した。ニルはエーリクが手にしていた温かそうな手袋に「手袋ですか?」と首を捻った。
「はい。マフラーもおそろいでありました。ニルくんとおそろいがしたいです」
「はい。しましょう。ナヴァン様にもしましょう」
 にこりと笑ったニルにエーリクが「わあ、嬉しいです!」と笑う。店員が微笑ましそうに兄弟かと問うた声に何方が兄に見えたのだろうとニルはふと思った。
 エーリクはこれからも大きくなる。その成長が見られることはきっとニルにとって『うれしい』なのだ。
 全く背丈の変わらないニルと、これから大人になって行くエーリクでは変化もあるだろう。けれど、それも大切にしたいと、そう思った。


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