SS詳細
疑惑のタルトはヒミツの香り
登場人物一覧
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突如カフェに現れた店主の死体! 犯行が可能だったのは店内にいた客とスタッフ。果たして事件の結末は!?
「困ったね。私は見ての通り何もしていないが」
ルブラットが零すなり、いやいやいやとその場にいるイーハトーヴ以外の人々がドリルするチワワばりに
「あの~、ルブラットさんでしたっけ? どう見てもエプロンが血まみれなのですが……」
「これは苺タルトという物を作った時に付着したジャムだよ。顔を近づけてみるといい、甘い匂いがする筈だ」
「ぎゃー! 分かりました!分かりましたからその不吉なエプロンとケーキナイフを近づけないでっ!」
「……ふ、くく!」
ルブラットと
「ちょっと、駄目ですよ死体役が笑い出しちゃ」
「ごめんごめん。あんまりにもルブラットさんと皆のやり取りが面白くて。イーハトーヴ君もそう思わない?」
「え?」
突然白羽の矢が立って、イーハトーヴは目を見開いた。上手い返しが思い浮かばず、どうしようと視線でオフィーリアに訴えてみる。
「『ノルデとネネムに頼ったら?』って、それじゃ"推理ゲーム"の意味がないよ」
推理ゲームーーそう。二人は今、花蘭商店街の謎喫茶『Q.E.D.』を訪れていた。テーブルには芳しく
居合わせたお客さんに声をかけられ
「私は事件が起こった時刻にアリバイがあるのだが、ここまで疑われているのは何故だろうね?」
不思議だと言わんばかりにルブラットはペストマスクの上からティーカップを傾け――えっ、飲めてるんですかソレ?
「ルブラットが、それだけミステリアスで放っておけない雰囲気を持っているから……じゃないかな」
「成る程。私は見ての通り『通りすがりの製菓趣味のコック』役なのだが。疑いを晴らしてくれると期待してるよ、『探偵役』のイーハトーヴ君」
「俺が、ルブラットを……」
イーハトーヴは目を見開いた。
そうだ。アリバイだトリックだと、情報の渦にのまれて自分は戸惑ってばかりいた。その全てが友達を助ける為の手段になるなら、何を迷う事があるだろうか。
カップに満ちた赤い水面に自分の顔を映し、恐れてを跳ね除けるように一口飲む。強い酸味で頭をリフレッシュさせてから、よし、とイーハトーヴは席を立った。
「うん、やってみるよ。みんな俺の推理を聞いて! まず死体の状況を見るとーー」
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「一軒目から疲れたね。知恵熱で額がアツアツだ……」
「しかし見事だったよ、イーハトーヴ君。理論立てた推理。犯人の心の傷への配慮。君には探偵の才もあったのだね」
「俺はただ、ルブラットが疑われたままは嫌だったから弁明しただけだよ」
「推理中に顔色が優れないようだったから、途中で
「わぁ…あの状況でメス出てきちゃったら流石に僕でも弁護しきれなかったと思うな」
何処からともなく私物のメスを取り出したルブラットに、イーハトーヴは思わず糸目になる。
ツキトジ広場を横切って、次のマルシェの打ち合わせをしている人達に軽い挨拶を返し。二人は街を歩きながら、ゲームの余韻に浸っていた。
正直に言ってしまえば、イーハトーヴは緊張しすぎて、どんな説明をして場を切り抜けたかは記憶があやふやだ。
彼が照れ混じりにはにかむと、ルブラットの空気もふわりと和らぐ。
ペストマスクに隠された素顔を、イーハトーヴは見た事がない。それでも一緒に過ごしてみると、纏う空気や気配、声の起伏で、なんとなくどんな表情をしているのか察せる様になってきた。
(……って、本当は俺の妄想だったらどうしよう。いまルブラット、笑ってくれてた…よね?)
「あのさ…」
確認しようと声をかけた瞬間だった。突然ルブラットがイーハトーヴを守るような姿勢を取る。刹那ーースコン! と小気味よい音を立てて、ルブラットの肩に何かが当たった。
「いっ、今なんか当たったよね!? 大丈夫?」
「怪我をするほど硬質な物ではなかったよ。これは……」
ぶつかった後に足元でぽーんと跳ねたソレを、ルブラットが拾い上げる。星空をぎゅっと濃縮した様な、群青色のスーパーボールだ。陽の光にかざすと、中に入った星型のラメがきらきらと金色に輝く。
「綺麗だね」
「今日はイーハトーヴ君と町巡り記念日に加えて、星空と衝突した記念日も追加しておくべきかね」
「ああぁ、ごごごめんなさい!」
二人がボールに気を取られているうちに、背後の方から慌てた様な声が近づいて来る。振り向けばそこには少女がいて、申し訳なさそうに長耳をしょげさせていた。
「お怪我はありませんか?」
「嗚呼、大した事はない。それより、貴方にそんな悲しい
どうぞと少女と目線を合わせる様に、少し屈んでスーパーボールを差し出すルブラット。優しい気遣いに少女は藍色の瞳をぱちぱちさせてから、こう答えた。
「あのっ……それ、ご迷惑のお詫びに差し上げます。だから、その…私のお店を見て行っていただけませんか?」
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お店へ向かう道中、彼女は名を
花蘭商店街に店を構えたのはつい最近。お店に荷物を運ぶ途中で、商品のボールを落としてしまったらしい。
広間から西南へ歩むと砂岩の地面が赤レンガへと切り替わり、緩やかな坂を上る。やがて見えてきたのは青い屋根の小さなお店だ。
「今日は迷わず着いたぁ…」
「ここまで一本道だったよ?!」
「私おっちょこちょいで……。あちらの建物が、私の『夜空屋』です」
「夜空屋とは、また不思議な名前の店だ」
「お星様の形をしたランタンから、夜空に虹をかける魔法道具まで、夜にまつわる物を沢山集めて作ったんです」
「そっか、だから青とか金の小物が多いんだね」
ショーケースに飾られていたのは、異世界の星座をあしらった青い食器や古めかしい天球儀。
星見の占星術が使うのだというスクロールは魔法がかかっているらしい。イーハトーヴが試しに開いてみると、紙の上で小さな流星が流れていった。
「はじめて見る物も沢山あるよ。ルブラットは何か見つけた?」
イーハトーヴが声をかけると、ルブラットは店の奥にある棚の前で何かを読んでいる最中だった。
「星星君が旅人から買い取ったという、『眠りの医学』の書だ。非常に興味深い」
「ルブラットは本当に医学が好きなんだね」
「最近、めっきり冷え込んだだろう。不眠を訴える患者も多くてね」
「そっかぁ。確かにここ最近は寒いよね。もうすぐシャイネンナハトだし……、あっ」
何気なく視線をずらした先で、イーハトーヴは雪を見た。窓の外に舞いはじめた白い色はやがてこの街を覆うだろう。
共に景色を眺めていたルブラットは、本に栞を挟んでレジへと向かう。
「地面が滑りやすくなる前に帰宅しよう」
「うん。でもひとつだけ……帰り道に『
「無論だ。イーハトーヴ君となら、何処ででも素晴らしい発見があるからね」
おまけSS『推理ゲームの裏側で』
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「みんな俺の推理を聞いて! まず死体の状況を見ると、直接的な死因は頭を正面から殴られての撲殺。直前に争った形跡がない事から、犯人は店主さんと親しい人物だと思う」
「つまり私の様に、偶然この店に立ち寄っただけの『通りすがりの製菓趣味のコック』である私には、犯行が難しいという訳だね。
他の人も、事件前の事を思い出して欲しい。私の顔を見た時に、店主君は私を見て「見かけない顔だね」と言っていたはずだ」
「ルブラットの顔は一度見たら忘れられないくらい印象的だし、まず犯人からは外れるよね」
「しかし、現場には疑惑の苺ジャムが転がっていて……」
「それは犯人の偽装工作で――」
真っ正面から、違う意見を持つ相手へ意見をぶつけるという行為は、イーハトーヴにとって苦手な部類に入るだろう。
それでも彼は、誰かの為に一歩踏み出す勇気をもっている。いつだって素直で、努力家で。
(そういう所がとても好ましいよ、イーハトーヴ君)
一生懸命な弁明に、いつの間にかギスギスしていた場の空気も、彼の声を聴いてあげようという雰囲気が漂いはじめる。
自分の為に頑張る彼をもう少しだけ眺めていたいと、ルブラットはマスクの奥で微笑んだ。
(ところで緊張からか、顔色がいつも以上に優れないな。あの症状には――瀉血だ!)