PandoraPartyProject

SS詳細

あなたと紡ぐ愛しき日々よ

登場人物一覧

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜


 年の瀬も年の瀬、大晦日。
 朝になったら、新しい年。
 暫く前から十夜 蜻蛉(p3p002599)がゆっくりと仕込んでいたお節を囲んで新年の挨拶をしあったら、しっかりとおめかしをして神様への新年の挨拶をしようと約束をした。
 ……そのはずなのだ、が。
(…………眠れねぇなぁ)
 布団に入ったものの、冬の空気のせいか、寒月の眩さのせいか……例年ならばないはずの布団が一式、傍らにあるせいかもしれないが――十夜 縁(p3p000099)は 目が冴えて。もぞりと身動げば、しん静けさが降りた室内には思ったよりも大きく響いたよう。「ねえ」と傍らから吐息のような声がかかった。
「寝ぇへんの?」
「嬢ちゃんも」
「うちはね、色々と思い起こしてしもうて」
 くすりと零れる声は悪戯めいたものではなく、思い出し笑いに近いもの。大晦日という夜だから、どうしたってこの一年を振り返ってしまったのだと蜻蛉が零した。
「ね、縁さん。少しお話せえへん?」
 眠気が来るまでの寝物語の主役は、縁と蜻蛉のふたり。
 ため息に掠れた声がそうだなと響く響いたものだから、蜻蛉は決まりやねとんふふと微笑った。

 まずは……と思い浮かべると、矢張り色濃く思い浮かんでしまうのは祝言ではあるが、折角だから順を追おうかということになった。
「今年の最初の方って言うたら……あ、そや。『椿屋』さん」
「ああ、グラオ・クローネだったか?」
「そうそう、前に依頼で泊まったお宿に縁さんと泊まれるって聞いて、うち嬉しかったんよ」
「……依頼で?」
「言うてませんでした? 以前泊まった、と」
 誰と? と思っていたことを飲み込んだままの縁はバツが悪そうに咳払い。
「あら? もしかして妬いてくれはった?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取らせていただきます」
「……甘味が美味かったな」
「あ、こら。すぐ話題を変えようとして。……でも、そうやね」
 あの日は、椿チョコと抹茶フォンダンを頂いた。食べさせてとねだり、食べさせてもらった。
「あの時の縁さんのお顔ったら」
「おい……っ」
 これ以上からかっては、またの機会が減ってしまうかも知れない。
 はいはいと笑った蜻蛉は次は……と話題を変えることにした。

「梅雨時期には……傘をさして小間物屋巡りもしたんよね」
「ああ。あれか……」
 ただの遊びではなく、雨泽からの依頼で『ちゃんとしたデートに見えるように』という特殊な条件で。
「余計なお人もおりましたけど、あれも楽しい一日でしたね」
 ひとつの傘の中で肩を寄せ合い、小間物屋で化粧品を見て回った。
 触れる肩の熱と――貰ったばかりの真新しい婚約指輪をして、沢山の化粧品と簪なんかも選んでもらった。『おじゃま虫』から意味ありげな視線を受けたものの、少し縁が妬いているように見えたのも良かった。
「恋梅そぉだもおいしくて」
 氷砂糖にしっかりと漬け込んだ甘い梅を縁の口へころりと転がしてやったのも楽しかった。
 恋のような味だと称した甘酸っぱさを思い出したのだろう。縁がふと吐息を零す。
「嬢ちゃんが気に入ったのなら、来年も行くか?」
「ええの?」
「お前さんとひとつ傘の下で過ごすのも悪くはねぇ」
「あら。言うようになりましたね」
 成長したのかしら、なんて悪戯猫の笑み。

 傘をさしてともに歩いたと言えば――ああ、そうだ。
「七夕の日に『雨蓮観音』に行ったな」
「ええ。午前中は雨でしたけど、夜には晴れて天の川見られたあの日やね」
 雨蓮観音は、昨年『花むすび』に訪った『天兎天神』のすぐ近くにある紫陽花寺だ。紫陽花の葉を打つ雨音と、七変化の紫陽花、それから蓮が見たくて午前中にふたりは訪れた。
 参拝をし、ひとつ傘の下でお庭の散策。
 あの時はまた、変わっていった距離感や変化に思いを馳せたものだ。
 昨年の花むすびへの願い事の話をし、そうしてこれからもと願った。
 互いの幸せには互いが必要であることを自惚れでないと知り、これからも寄り添い歩いていけるのだと幸せに満たされた日であった。

 ――おかげで、夏まではとても忙しかった。
「雨泽にも沢山世話になったな」
「そうやね。良い式場も手配してもろうて」
 自分たちの成婚のための、嬉しい忙しさだ。
 たくさんのことを調べ、式場を選びをし、やれ参列客は、やれお食事は、やれ様式は、やれ招待状は――とてんやわんや。
「大変やったけど、あっという間やったね」
 やることが多すぎるくらいにあったけれど、そんな日々も楽しかった。
 まだ先だと思っていた当日も、あっという間にやってきてしまった。
「んふふ」
「どうした」
「いえね、あの日も傘さしたなぁ思うて」
「ああ、確かに言われてみれば」
 行きは付添人からの魔除けの朱傘で護られて。
 庭園神殿『紫雲殿』での厳かな雰囲気の中での神前式を終えた後は、縁がさしてくれる傘の下で庭園を少し散策し、お色直しへと向かった。
 あの日、縁が言ってくれた言葉を、生涯蜻蛉は忘れないだろう。
 ――隣に並ぶのが俺で良かった。
 違う未来への分岐はいくつもあり、口下手でもある縁がそう思ってくれたこと。
 ようやっとこのお人がうちのもんになったと、笑みを咲かせた気持ちをはっきりと覚えている。
「お庭の風も、爽やかで」
 さやさやと緑を揺らすそれは、誰かの祝福の声にも似て。ついつい風の後を視線が追いかけてしまったものだ。
 それから、祝いに来てくれた参列者の面々。
 海洋王国の女王が忙しい政務の合間を縫って来てくれたことは縁にとって大変嬉しいことで、蜻蛉もまたそんな彼の心の内をしっかりと感じ取りながらも上座へと急かした。そんなふたりの姿を見守るイレギュラーズたちも、やれ早速……なんてくすくすと笑って見守ったものだ。
「お料理も美味しくて、皆さんとても賑やかで」
「準備の大変さも忘れるくらいいい時間だったなぁ」
「ええ、ほんまに」
 披露宴では、神殿では無かった万雷の拍手。そして沢山の笑顔と寿ぎの声。
 幸せをと願ってくれる人々は、ふたりが大切にえんを紡いでいった証であった。
「ほんまに、好いお式でした」
 瞳を閉ざせば、あの日覚えた幸せが胸を満たす。
 けれども今こうして寝室でふたつの布団を並べて過ごせる幸せも、そこからの地続きだ。これまでがあったから、あの日があったから、今ふたりはこうして大晦日の夜を迎えているのだから

「今年の中秋の名月も良かったな」
 挙式後のふたりの生活をひとつひとつ思い起こしていた蜻蛉の耳へ、ぽつりと小さな呟きが届いた。
 グラオ・クローネの日にも行った椿屋での芋名月。秋咲きの椿と芋掘り、それから温泉へ是非どうぞと誘いがかかったのだ。
「ああ、温泉? よいお湯でしたね」
 お湯、だけではない。シチュエーションも蜻蛉好みであった。
 温泉宿の露天風呂となれば大抵は男女に別れねばならないため、ふたりは一緒に湯に浸かることが叶わない。けれども椿屋には離れの家族風呂があり、ふたりでも露天風呂で温まりながら椿を愛でることができるのだった。
「……そんなよい湯をかけられたがな」
「あら。それは縁さんが悪いんとちゃう?」
 隣に最愛の妻が湯に浸かっているというのに、眼鏡なんてかけてきて曇らせているのだから。
「うちら、もう結婚してるんよ? ね、旦那さん?」
「……っ、そ……れはそう、だが……」
 結局は月見酒に釣られてしまったところまで思い出し、蜻蛉はくすくすと楽しげに笑った。

「そいえば、可愛かいらし姿にもなりはったね」
「……ああ」
 少し苦々しい響きが返ってきて、蜻蛉がんふふと笑った。
 ファントムナイトの『なりたい姿』を揃えて魔法にかかったというのに、まさか上書きされて犬になるだなんて……ポンと変わる瞬間までふたりは思いもしなかった。
「あの縁さんときたら」
「……人のことばっかり言いなさんな」
「縁さんのことだからやよ」
 可愛らしい狆とポーティの姿でも、ふたりは互いの姿が他の犬よりも素敵だと思えた。……勿論縁はそこまであけすけには口にはせぬが。
「首を噛まれるのも新鮮で……」
「…………」
「悪い意味ではないんよ?」
「ああ」
 蜻蛉はあの日、縁が何かを躊躇ったことを知っている。
 そして縁はそれを思い出したのだろう。僅かに身を固くした気配を暗闇に感じた。

「ねえ、縁さん」
「なんだ」
 しんと僅かに降りた、静寂の帳。
 そろそろ眠気も来たのだろうかと縁が思い始めた頃、蜻蛉が名を呼んだ。
「寒いし、そっち行ってもええ?」
 随分と長いこと話していたから蜻蛉の布団は温かだし、夫婦だから常にぬくもりを分け合っても良いのだけれど。
 けれどもこの人には『口実』がいるんよね。
 理由をつければ、何だかんだと折れてくれることを知っている。これまでの付き合いで、蜻蛉はいつだってそうだった。ねえと声を掛けて、見上げて、ねだる。じいと見つめていれば、何とも言えぬ表情で葛藤しながらも折れてくれる可愛いらしい人。
「しょうがねぇなぁ」
 悪戯っぽい笑みと『寒い』という口実に気付いていても、苦笑しながらも十夜は布団を捲って迎え入れてくれる。
 三日月に瞳を細めた猫はするりと潜り込み、腕枕もちゃっかりと得て……
「お、おい」
「なぁに?」
 十夜の胸に身を預けた蜻蛉は三日月の瞳のまま見上げた。
「だって、寒いんやもん」
 足を絡めてきている蜻蛉に、十夜は深い溜め息を吐いた。
「初詣、行くんだろ」
「そうやねぇ」
 すぐにやってくる来年もきっとこうして魚は猫に振り回される。
 けれどもそれを悪いものだとは思わない、この関係が気に入っていた。
 来年も、再来年も。
 こうしてふたりで過ごしていくのだ。

 ――よいお年を。


PAGETOPPAGEBOTTOM