PandoraPartyProject

SS詳細

ひとつずつの約束

登場人物一覧

劉・雨泽(p3n000218)
浮草
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ


 外を歩けば吐息が白くなる12月。シャイネンナハトに向けて街には楽しげな飾りや明かりが増え、歩むだけでも心を弾ませてくれる。そんな通りを白い息を弾ませながら足早に進んだニルは、いつも通り手伝える事はないかとローレットの扉を開けた。
 カランとドアベルが鳴れば、すぐに視線を向けてくるのはローレットの受付や情報屋だろう。
「やあ、ニル」
「雨泽様!」
 掛けられた声に素早く顔を動かし、ニル(p3p009185)は駆け寄った。先日豊穣までお見舞いに行った劉・雨泽 (p3n000218)がモップを片手にそこに居たから。
「雨泽様、もう大丈夫なのですか?」
「心配いらないよ、大丈夫。ほら、今は元気なら~って掃除までさせられてる」
 見てコレ! 片手にはモップ、片手にはちりとり。ちりとりには割れたグラスが納まっている。
 ギルド・ローレットは仕事の斡旋だけではなく、寄り合い所であったり酒場や宿屋も兼ねている。人の出入りもあるものだから、ぶつかった拍子に誰かが落としてしまったものを片付けていたのだとチラとカウンター奥へと視線を向ければ、ベルディグリの彩持つ美女に微笑まれた。
「ニルは今日はどうしたの? お仕事?」
「ええっと」
「未定な感じ? だったら良かったら僕とお茶しない? 仕事復帰前にブラブラと幻想を歩いたらさ、シャイネンナハトまでの限定スイーツの提供がもう始まっていて……」
 ファントムナイトのお菓子を逃してしまったせいか、甘味に飢えていた。ニルを相手にペラペラと喋っていたが、後方からの笑顔の圧力に屈してか言葉がフェードアウトすると「また後で!」と雨泽は離れていく。
(雨泽様が元気で、ニルはとってもとってもうれしいのです)
 よく喋るのも、モップを手に駆けていけるのも、彼が元気な証拠だ。
 そっとコアの上に手をかざせばポカポカするような心地で、そこにはきゅうと苦しくなるような悲しみはなかった。


 お待たせしてごめんね。ぜんぜん待っていないですよ。そんなやり取りをしたふたりは、幻想の大通りから少し外れた洋菓子店へと来ていた。
「この時期は苺のものが多いんだよね」
 聖夜までの限定パフェを「ご馳走するね」とふたり分頼んだ雨泽は、眼前にあるパフェをスプーンで掬って機嫌良く笑った。
 宝石みたいな苺が詰まった赤いジュレには隠し味のローズヒップが優雅に香り、降り積もった雪のような生クリームはたっぷりと。生クリームの上にちょこんと乗ったクッキーのリスが雪に隠した、砕いたアーモンドやピスタチオに胡桃。苺のツリーにはアラザンのオーナメント。ツリーの根本にはカットフルーツのプレゼントボックス。パフェグラスを乗せた皿には星型のクッキーと、味変用のチョコレートソースと甘めのベリーソース。それからオーナメントを増やしたい人用にアラザンも輝いている。
「雨泽様、アドベントカレンダーは楽しんでいますか?」
「うん、ニルがくれたやつ。すごく楽しいし美味しいよ」
 ニル手作りのアドベントカレンダーの中身は殆どがお菓子だ。雨泽と一緒に食べたお菓子とそれに似たお菓子。それから雨泽が『おいしい』になりそうなお菓子と、オーナメントを少し。雨泽は猫が好きだから猫モチーフのものも入れたし、ニルと雨泽イメージの人形だって入っている。ひとつひとつ開けてはどんな笑顔おいしいになるのかと考えながら選んだものばかりだ。
「美味しかったから3個ずつくらい開けて、お休みして開けてーってしているよ」
「えっ」
「えっ」
「一気に開けたらだめなのですよ! アドベントカレンダーは一日にひとつ、なのです」
 そういえば、手紙にも『毎日ひとつずつ』とあったようなと雨泽の視線がそろりと逸れた。
「でもね、ニル」
「はい」
 ニルは優しい良い子なので言い訳を聞いてくれる――だろうと雨泽も思っているから言い訳をする。
「ニルが選んでくれたお菓子は美味しいし、次のお菓子は何かなって気になるし」
 そう思ってくれることが嬉しくて、ニルはうんうんと頷く。
 けれども、でもねと雨泽が続けた。
「僕が小さなお菓子ひとつで我慢できる訳がないんだ……」
 それはそう。小さな菓子を食べれば、もうちょっと食べたいなと思ってしまう。特に雨泽は普段から沢山食べるタイプだから、下手に少し腹に入れてしまうと食欲を刺激されてしまい――。
「……ニルも、本当は雨泽様と一気に開けていっしょに食べられたら……ってきもちはあります」
 ひとつひとつのお菓子への反応を見たい。どの『おいしい』が返ってくるのか、ひとつひとつ知りたい。けれどそうではなく、雨泽が療養中に暇にならないように、毎日おいしいを感じてほしくて、毎日たのしい気持ちになってほしくて、アドベントカレンダーにしたのだ。
(それと……毎日ひとつずつ開けなきゃいけないなら、開けきるまでは……どこにもいかないでしょう?
 ひとつひとつが、雨泽様がここにいる理由に……帰ってくる理由になればいいと、ニルは願うのです)
 不安な気持ちは隠して、ニルは「だから」と続けた。
「ひとつひとつ、一日一日、雨泽様には開けてもらいたいのです」
 じっと雨泽を見つめて素直に伝えれば、雨泽もパフェを食べる手を止めてニルの言葉を聞いていた。少しだけ言葉を選ぼうとしているのか白い睫毛が何度か頬に影を落とし、それから小さく「ごめんね」と口にした。
「我慢ができなくて。でもニルのお菓子選びの腕がすごくよくて、僕がどれも嬉しくなっちゃうからなんだ」
 でも次の分からはちゃんとひとつずつにするね、指切りしてもいいよと小指を差し出した。
 ニルは小指と雨泽を交互に見てから少し笑み、指を絡めて約束をした。
「僕ね、今ほど練達暮らしだったら良かったのにって思ったことないかも」
「どうして、ですか?」
「『aPhone』が使えるじゃない? そうしたら毎日ニルに報告できるのになって」
 希望ヶ浜以外では機能しないが――他国での一般的な連絡手段の手紙よりもずっと早くて便利だ。
「雨泽様は普段は豊穣……でしたか?」
「豊穣に部屋を借りてはいるけど、寝る場所はバラバラかな」
 雨泽はローレットの冒険者であり、情報屋だ。仕事で様々な国に行くし、情報を集めるために何日もその地に居る事も多い。そのため寝るのは大抵借宿だ。
「お家ではないのですか?」
「どちらかと言うと衣装部屋? 買った服とか色々置いてるよ。けど寝具とか生活に必要なものは置いてないんだ」
 寝に帰る場所ではないから、家ではなく塒と呼んでいる。
「ニルは……」
 言いかけて、言い淀む。どうしたのと雨泽は続きを待った。
「雨泽様といっぱい連絡を取れたら、とってもとってもうれしいです」
 aPhoneで連絡が取れると言うことは、遠くじゃなくて近くに居る。何処か遠くに行っていないと、安心できる。
 雨泽は僕もと零しながら苺を掬って食べた。けれどやっぱり、ずっとは同じ場所に居られないから難しい。
「毎日連絡はできないんだけど、ニルが暇な時は僕が一気に開けないように手伝いをしてほしいかな」
「ニルができるお手伝いですか?」
「うん、簡単でいつも通りだよ」
 一個じゃ物足りなくなるのなら、物足りないと感じないように甘味を食べればいい。
 だからさと『また今度』を雨泽が誘って、ニルは満面な笑みを浮かべて大きく頷いた。
「はい! ニルは雨泽様といっぱいいっぱい甘いものを食べます!」


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